私、倶生神

では、これより同生千二百番の処罰を決定する裁判を始める」

 同生一番のその声と共に始まった運命の裁判。

 裁判と言っても傍聴人も弁護士も検察もいない、ただ小さな空間に私とジョバンニは正座をさせられていて、目の前に同生の一番と同名の一番といるだけの空間。懺悔室と一緒です。

 そんな空間にいる私の心境は緊張の面持ちだと言いたいのですが。

「……おい、同名千百番」

「はい」

「何故、この娘は裁判が始まる前から廃神になっているのだ」

 同名の一番が何故か私の隣にいるジョバンニにそう尋ねる程、私は意気消沈していました。

 それもそのはず。今の私の心境は。

 果てしなくどうでもいいです。

 結局、私は単なる勘違いに振り回されて、自分の立場をどんどんあやうくしていったのです。自爆以外何物でもないです。そして迎えた裁判です。もぅ、こうなったらどうでもいいです。

 本当は英雄の様に去り際は恰好よくしたかったのに、それすらも叶わない。どうしたらいいんですか、私。

 散々、ビスに格好悪いとか言っていたくせに、一番格好悪いのは私とか、どんなオチですか。

「……」

 なんとも言えない空気が裁判所に流れますが、それでも私がやったことはたとえ無意味なことでも消えたりはしないのですから、裁判は続きます。

 罪状を読みあげて、弁論も何もないまま。

「では、これより判決を言い渡します」

 どこまでも形式上の一方的に行われる裁判と呼べるかどうかも怪しいまま、あっさりと判決は言い渡されます。

 後味最悪。何の名残もなく、私はこの物語を閉じるようです。

 そう思いながら、同生一番の判決をただ黙って待っていた私の耳に。

「待って下さい」

 ジョバンニの声が聞こえてきました。

 意気消沈した私は驚き、徐に隣のジョバンニを見た時でした。

 彼は立ち上がり、真っ直ぐ同性一番を見たまま。

「同生千二百番の度重なる行動は確かに目が余るものでした。しかし、彼女がやってきた全てのことが私は間違いだとは思えません」

 突然のジョバンニの声に目を見開き私はじっとその横顔を見ます。

 なんの迷いもなく、いつも私に突っ込んでくるような兄の姿はなく、とても凛々しく見えます。

「彼女は見守っている主人が後悔いしないように自分の立場を危ぶめてまで、主人に尽くそうとしました。それ自体に関しては、私は全く良い事だとは思えません。自己犠牲なぞただ単なる自己満足としか思えませんので。でも、もし彼女が何もしなかったら、もしかしたら彼は自殺をしたかもしれません。罪を犯したかもしれません」

「そんなことを言いだしたら」

 同名の当然のような反論。しかし、ジョバンニはたじろぎません。

「そんなことを言い始めたらきりがない。確かにそうかもしれません。しかし、彼女がやったこと=未然に起こるかもしれない悪行を防いだ。この二つの関係は誰にも、例え神であっても否定は出来ません」

 そしてジョバンニは一拍置いて。

「俱生神はおこった悪行と善行を記録します。しかし、その行い云々に対して体罰を与えることも許されています。それは悪行を繰り返さない為ではないのですか?私は彼女がやったことはそれに十分に値するものだと思います」

 そして今まで立っていたジョバンニが突如しゃがみこみ頭を下げました。

「ですから、どうか。もぅ、しばらく彼女に私と一緒に今の主人を見守る許可を下さい」

 その姿を見て、私の中にある何かが動きました。

 もぅ、とっくに沈んでしまっていた気持ちが動きだし、そしてそれはすぐに行動へと昇華されていきます。

「お願いします!彼と千百番ともぅ、しばらく今の主人の元でもう一度初めから俱生神についての勉強をさせてください。わがままなのはわかっています。今更だとも思います。それでも私は続けたいです。お願いします」

 おでこを地べたに擦り付ける勢いで行われた土下座は本当に私の紛れもなく本心だった。

 例えここでどれだけ無様な姿をさらしても、またビスの元に戻れるのなら。

 しばらくの沈黙。頭を下げている私にキャサリン達の顔は見えません。

 それでも私は頭を下げ続けます。

 その時でした。

「アハハハ」

 笑い声が聞こえました。

「「え?」」

 自分を疑うように私とジョバンニが顔をあげたら、そこには頭を抱える同名と腹をかかえて笑う同生がいました。

 全く状況が読めずに唖然とする私達にひとしきり笑った同生一番が罪状を読みあげた。

「主君。同名千二百番を執行猶予期間から普通業務に戻す。引き続き、森勇耐の同名として悪行を記録されたし』

「……」

 え、それってお咎めなしってこと?

「ちょっと待って下さい。同生一番。流石にお咎めなしは駄目です!」

「ちょっと、ジョバンニ!なんで寝返っているの」

 最後の最後の裏切り行為ですか。感動した私の心を返して下さい!

「ええい、やかましい!」

 同名一番はそう叫び、頭を抱えたまま。

「お前、何をした」

 そう言って睨みつけられましたが、

「何かしたから、ここで裁かれているんですけど。キャサリン」

「誰がキャサリンだ!」

 そのやり取りに同生一番は笑っていましたが、睨みつけられて素に戻りました。

「閻魔様からお前の罪を帳消しにしてやれと言われたんだ」

「……え?」

「ちょっと待って下さい。なんでこんなボンクラ妹に閻魔様が便宜を」

「だからジョバンニさっきからひどいよ!それに私が閻魔様と逢えるわけが……え」

 まさか。

「……モーガン?」

 いや、いやでも、あんなおじさんが閻魔様の訳が。

 しかし簡単に答えは出ました。裁判所の壁にはちゃんと貼られていましたのです。

そして私がモーガンと渾名をつけたおじさんの下にはちゃんと書いていました。

『現閻魔大王の肖像』

「……」

 どうやら私は相当しぶといようです。



 ゴールデンウィークも過ぎ去った5月。うららかな陽気で仕事なんてクソ喰らえと叫びたくなる5月。

「お前は年中そうじゃないか」

 あ〜聞こえない。

 本当に何も変わりません。

 ジョバンニは相変わらず口うるさいし、ビスはヘタレのままです。

 変わったということといえば、ジュリエッタはまた病院に戻ったらしいです。オリエンテーリングの後にすぐに倒れて、運ばれたのです。どうやら相当無理して行ったらしいです。

「検査入院らしくて、すぐに退院できるそうです。

 それでもしばらく自宅待機で登校は6月からになっちゃいますが」

 突然かかってきた電話越しにそう言われて、ビスはその場で倒れました。

 あいも変わらずヘタレです。

 それでも変わったことがあります。

 会っても日本語かどうかわからない口調で一言、二言喋るだけだったのに、今は電話越しに話せるようになったのですから、しかも今度は入り口じゃなくて、ちゃんと病室までお見舞いに行っています。まぁ、ほとんど隣にはダイアナ先輩かキエフか保健の先生がいるのですけど、それでもめざましい成長です。

 しかしここで戻ってきたら、一緒に登校しようといえないところは、まだまだ減点ですね。

 そして私達はいつものように、相も変わらず、ビスが行った善行と悪行を正当かつ客観的な視線で記録していきます。

「空き缶を拾う、プラス1ポイント」

「……」

「中身を側溝に捨てるプラス1ポイント」

「……」

「ぎこちないながらも一生懸命道を教えるプラス1ポイント」

「何も悪行をしなくて腹が立つマイナス1ポイント」

「おい、コラ!」

「だって、つまんないんだもん」

 最近ビスの行うことはほとんどが善行で私の雑記帳は全然埋まって行きません。信号無視も、居眠りも、どっちかというと普通の生徒よりも優秀かも。

しかも、前よりどこか自信ありげに、立ち振る舞いも立派になってきました。

「そうしたのはお前じゃないのかよ」

「……さぁ、わかりません」

 そうクスクス笑う私にインカムから。

「やれやれ」

 というジョバンニの声が聞こえてきました。

 しかし悪行がなくても、今日のビスはダメダメです。壁にぶつかり、水撒きに水を引っ掛けられ、ボールを当てられ、自転車を避けようと生垣に突っ込み、既にボロボロです。

 だけど、緩み切った顔は全く持って崩れません。

「浮かれすぎマイナス1ポイント」

「許してやれよ。今日は」

 まぁ、確かに今日はビスにとって特別な日です。何せ。

「あっ」

 向こうの角。手を振っているジュリエッタの姿を見て、ビスは慌てて駆け出そうとした足が思わず止まります。

 フリーズしたのです。

 何せジュリエッタが長い髪をバッサリ切り捨てて、肩ぐらいまでのショートヘアーにしているじゃないですか。

 今まで髪で半面が隠れていた彼女の顔の全面が現れて。

「ここまでスペックが高かったとは」

 他の女にほとんど興味がない(シスコンだから)ジョバンニが称賛するほどに、同性の私が驚くほど、その顔立ちは可愛かったです。

 真っ白だった顔も今は血色がよくて少し色白のとても美人な女の子です。

 私でさえこの反応です。ビスなんて。

「固まっているし」

 そんなビスに気付いてジュリエッタはゆっくりこちらに寄ってきて。

「おはようございます」

 そうやって頭を下げたところで、ようやくビスの意識が戻りました。

「あ、ううん」

 ジュリエッタは自分の髪の毛をいじりながら申し訳なさそうに。

「ごめんなさい。綺麗に束ねようと思ったんだけど、上手くいかなくて。そしたらアイちゃんがいっそう切っちゃえばって言われて、その方が森君も喜ぶって言っていたんだけど…‥‥どうかな?」

 不安そうな顔つきでビスを見るジュリエッタの視線を彼は一心に受けながらも。

「と、とってもいい。すごくにあってる」

 必死でそう絞り出し、それを聞いてジュリエッタはニコリと笑いました。

 しかし、流石ダイアナ先輩。惚れ惚れする的確なアドバイスです。

 それと同時に急に不安になりました。

「やばいですね」

 このままじゃ、明らかに競争率があがります。そうなる前に。

「ビス!告白しろ!」

 そう言って私は学ランに袖を通して、ラッパを鳴らして応援します。

「だから、それはやめろ!」

 気合を入れるのはこれが一番なのですが。

 しかし、ビスは黙ったままです。

「やっぱりへたれです!マイナス1ポイント」

 人間そんなにすぐに変わりませんね。どうやら今までのはまぐれだったようです。

 そう思い雑記帳に記録し終わった後です。

「よかったら、一緒に学校に行かない!」

「……」

 それを聞いて私は今記録した文字の上にそっと二重線をひきました。

 いやこの状況で、別々に学校に行くの方がどうかしているのですが。

「うん、あ、よかったら、手を繋ぎませんか?」

「え!」

 目を開くビス。突然の急展開に私と恐らくジョバンニも困惑しているでしょう。向こうからなんの声も返ってこないのですから。

 驚くビスを他所目にジュリエッタはにこりと微笑む。

「森君、危なかっしいから」

「‥‥‥‥」

 どうやら恋人じゃなくて、母親としての提案でした。

 恋人繋ぎはまだまだ先のようです。

「友達に心配されるマイナス1ポイント(失笑)」

「お前、本当にひどいな」

 それでも、ビスにとっては嬉しいようで、必死で制服のズボンで汗を拭って。

「よ、よろしくお願いします」

 ジュリエッタに手を伸ばす。構図が飼い主にお手をする犬。笑いが止まらない。

 そうして二人は歩き出した。

 それを見て、私はインカムに語りかける。

「ねぇ、ジョバンニ」

「なんだ」

「手、繋ごっか」

「‥‥‥アホか。手を繋いで、どうやって記録をつけるんだよ。

 大体兄妹でなんで手を」

 私は知っています。ジョバンニには

緊張していると、早口になることを。

 私はしてやったりという顔で微笑む。

 私、倶生神の同生。

 人間の一生分の悪行を記録する神様です。

 でも、時には皆様に対してそっとアドバイスをしたり、お手伝いをしたりすることがあります。

 ですから、もしちょっとした良いことがありましたら、私のお陰だったり、違ったりするかもしれません。

 それでも時々自分の肩に向かってお礼を言ってくれたいいな〜

 肩肘張らず、生きてください。

 私たちはいつでもあなたのそばにいますので。

 そんな益体もないことを語りながら、私は今日も雑記帳を開きます。

「俯いて歩く。マイナス1ポイント」

「いや、それは悪行じゃないだろ!」

 何をおっしゃいますか。

 それはとんでもない悪行ですよ。

 


  


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両肩の守り神 倶生神アニーの日常 @esora-0304

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