ありふれたオチでした

 決して迷う事のない森の中。

 しかしそれはあくまで言葉の上での一般的常識による、一般的解釈。

 つまりその言葉は誰もがそこで迷うことのない保証とは全くなりえないのです。

 今までいろんな人をみてきましたが、皆違っていましたので、当然です。そして一番、迷う原因の一つがロープで区分された道を抜ける事です。

 雨で地面があっというまにぬかるんで、歩くたびベチャベチャという音がしている。少し視界も悪くなってきました。

「馬渡目さん!」

 自分がどこにいるのか、わかっていないのにビスはジュリエッタを探し始めたのです。いや順序が逆です。探し始めたから迷ったのです。そうビスは探すのに夢中になって、ロープで区分された道をいつの間にかに抜けてしまっていたのです。

「……」

 普段なら、馬鹿とかそういう罵倒の言葉を言いたいですが。

「僕のせいだ、僕のせいだ」

 とつぶやきながらなんの迷いもなく、彼女を探し始めたので、とても突っ込むような状況じゃなくなりました。そして無我夢中のご主人様はルートをどんどん逸脱していきます。

 100均で買ったビスの河童110円で買った割にはかなりの防御力で雨から彼を守ってくれますが、さすがに防寒の機能までは果たしてくれません。四月後半の山の雨は冷たく、長く浴びていたら確実に風邪をひいてしまいます。

 実はというとこの状況を簡単に打破する方法があります。スマホです。

 ここは樹海ではないですし、そこまで人里離れた山奥でもないですので、電波は微弱ながらも立つはずです。

 もちろんビスもほとんど電話とは使わず、目覚ましやゲームでしか使わないスマホを持っていますが、そのことに気づきません。

 いや、もしかしたら気付いているのかもしれない。でも彼の頭の中には自分が迷子なので、助けを呼ぼうという考えは全くなく、いやもしかしたら自分が迷子になっていることも気付いてないのかもしれない。

 どっちにせよ彼が皆の元に戻る時はジュリエッタと一緒だということを決めているようで、その考えは全くゆるがなく、ひたすら名前を呼びます。

「馬渡目さん!馬渡目さん」

 ぬかるんだ足元は倍以上の体力を消耗するとマンガで読んだことがありましたので、相当疲れているはずです。現にさっきからビスの呼吸は相当乱れ始めています。いくら足が速くてもこんな森の中ではあまり役に立ちません。しかも今日のビスは完徹。いつ倒れてもおかしくないぐらいに彼の体力はかなり限界まできていることは容易に想像できます。

 雨で悪くなった視界をよくしようと雨とも汗ともわからないものがびっしょりついた目元を腕で拭います。

「ま、まだらめさん!まだらめ!」

 さっきから必死で呼びかけますが、掠れて小さくなった声は雨音で無残に掻き消されます。

 それでもこれだけ叫べば、誰かの耳には届くものかと思われますが、さっきも言ったようにここはロープで区切られたフィールドの外。故にその声は誰にも届くことはありません。

「……」

 正直いうと助けてやりたいという気持ちでいっぱいですが、それはあくまで最悪な状況だけです。

 それに私達に異動指示が出てないところを鑑みたら、ここがビスの寿命ではないはずです。

 それを信じて私はじっとこらえました。

 何より一番の心配がジュリエッタのことです。

「ジョバンニに、まさかジュリエッタの死因って」

「何も言うな。ただ、黙って見てろ。そして正しく正確な記録をつけろ」

 インカムから聞こえるジョバンニの声に励まされながら、私はうつむいた顔を上げる。

 そうだ言ったじゃないか。私たちがいつでもいると。

 だけど状況は一向に良くなりません。

 雨は弱まることなく降り注ぎ、ビスは遂に立っているのもやっとの状態で、さっきとは違う理由で顔が青ざめてきました。

 木に手をかけながら前に進むビスでしたが、ぬかるんだ足元にすくわれて、その足から体が崩れて、

「うわぁぁぁぁ!!!」 

崖から滑り落ちました。

 といっても数メートルほどの崖で致命傷とまではいきませんが、それでも腕と足を落ちた時に強打してしまったようで上手く立ち上がれません。

産まれた瞬間の馬のように立ち上がろうとしますが、体を少し起こしては倒れて、それを二、三回繰り返した後のことです。

 ビスが動かなくなりました。

「ビス!」

 思わず力を使おうとしましたが、その腕をいつの間にか目の間にいたジョバンニが止めます。

「駄目だ」

 冷淡な声に私は勢いよく噛みつきます。

「なんで!」

「俺達は俱生神だ。運命に逆らう力は持っていない」

 こんな状況で何を。

「このままじゃビスが死んじゃう!」

 今日がビスの命日じゃないかもしれない。でも、私たちも万能じゃない。人が突然死ぬことなんて、十分にあり得る。現に前に取り憑いた子の寿命を私たちは知らなかった。

「もし、ここで死んでも、それが彼の運命だ!」

 衝動以外何物でもない、私の張り手が思いっきりジョバンニの頬を殴ります。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 ジョバンニはしばらく叩かれた方向に向いていましたが、すぐにこちらに目線を向けて、私を睨みつけました。

「お前がやっていることへは神への冒涜だ」

「私は神様!」

「違う、お前は単なるわがままいって、ごねている単なる子供だ。自分の思い通りにいかなかったら噛みついて、ただ目の前のことに衝動だけで動く、そんな神様がいたら、主人が迷惑だ」

「うるさい!」

 もう一度張り手をかまそうとする私の腕をジョバンニが掴みます。

 涙を流すグシャグシャの私の顔をジョバンニが睨みつけます。

「お前、一体主人の何を見て来たんだ!」

「なによ!」

「主人のことを大切に思っているなら、何故、もっと主人を信じてあげない!」

「!!!!!!!」

 その言葉に見事打ち抜かれました。

 何故なら、図星だったからです。

 そう、私はいくら考えを改めても、ジョバンニ説教されても、岩宿に閉じ込められても、結局のところ私は心のどこかで思ってしまっていたのです。

 私が教えてあげないと、ビスは気付けない。

 私が助けてあげないと、ビスは告白できない。

 私が助けてあげないと、ビスは死んでしまう。

 全て、ビスの可能性を否定する気持ちから産まれたものでした。

 ビスのことを誰よりも思っているのに、その身何もビスの事を信じてなかったのです。

 これじゃ昨今の単なる過保護の親です。

 人一倍、もとい神一倍、人に興味を持っていたのに、私はどうやら、人の可能性という奴を全く信用してなかったようです。

「……」

 言葉が出ずにただ立ち尽くし、もとい、飛んでいるのでその場で飛びつくしている時でした。

 後ろから物音が聞こえて、振り返りました。

 ビスが立ち上がったのです。

 地面に押し付けるような雨を真っ向に受け止めながら、痛めた左腕を右手で支えながら、ゆっくり立ち上がって。

「…まだらめさん」

 自分が精一杯、精一杯なのに、まだ彼女の名前を呼び続けるのです。

 言葉になりませんでした。

 久しぶりに、いや、もしかしたら初めて見るビスの姿に。

 しかし数歩歩いたところで、すぐによろけてビスは体勢を崩しました。

 だけどその体が地面に倒れることはありませんでした。


「良かった目が覚めた?」

 目を覚めたビスの視界に入ったのは、彼が呼び続けた人でした。

「!!!!」

 その瞬間、自分がジュリエッタの肩に寄りかかっていることに気付いてビスは思わず逆の方向に飛びつきましたが。

「イタッ!」

 思いっきり頭をぶつけてしまいました。

「大丈夫?」

「う、ううん」

 たんこぶが出来た頭を撫でながら辺りを見回しました。

 二人がいるのは洞穴というより横穴みたいな場所でした。二人が並んで座ったら頭上も幅もほぼいっぱいの小さな場所でした。それでも雨を凌ぐのには十分な場所です。

 ここにビスを運んできたのはもちろんジュリエッタです。

 皆を見失った彼女でしたが、ビスの倍以上落ち着いていて、持っていた地図を頼りにとりあえず戻ろうとしましたが、雨が降ってきたのと、突然走ったせいで立ちくらみがして、見つけたこの横穴で雨宿りをしていたところ、誰かが自分の呼ぶ声が聞こえて、声のする方向に向かったらビスがいて、倒れそうなところを受け止めたそうだと、リタが教えてくれました。

 そこまで力はないジュリエッタですが、貧弱な体でしかも、ここ最近落ち込んでいて、まだ体重が戻ってないビスの体をなんとかひきずってここまで来たのです。

「とりあえず、助けを呼んだから、ここで待っておこう。その足も早く、みてもらわないと」

「え?」

 気付くと捻挫で腫れ上がった足に包帯が巻かれていました。

「持ってきといてよかった」

 何から何まで、ビスよりも冷静な立ち振る舞いに情けなくて、言葉が出ませんでしたが。

「ありがとう」

「……えっ」

 突然のお礼に目を丸くするビス。

「探してくれていたんだよね。声、聞こえたよ」

 その言葉にカーッと顔を赤くして、顔を隠しますが、ジュリエッタは気付いてないようです。

二人は三角座りをしてしばらく降りしきる雨をしばらくじっと見ていて、さっきまで襲いかかってきた雨が急に綺麗に見えるから不思議です。

「雨、止まないね」

「う、ううん」

 またもや肯定か否定かわからない返事。

 肩が触れ合いそうな距離感にビスは頭が真っ白で自分の胸の鼓動がジュリエッタに届かないかどうかでやっとです。

 雨は未だに降り続いています。しかも結構強く。ジュリエッタは助けを呼んでいると言っていましたが、恐らくそれも雨が弱くなるか、止むまでこないでしょう。

 つまり雨が弱くなるまでずっとこの状態のようです。ビスにとって、非常に嬉しいはずなのですが、さすがにこの距離はハードルが高いようでビスが心臓発作で倒れないかが心配です。

 しかし異常過ぎて、どこかおかしいのか、それとも元からビスはここまでの勇気を持っていたのか、私にはわかりませんが、今日はその歩を止めません。

「あ、あの、話したいことが」

「ごめんね、迷惑かけて」

 ビスの声に重なるように、ジュリエッタが雨音で消え入りそうな声でそうつぶやきました。

 ジュリエッタは見上げていた視線をじっと自分の足元を見るように。

「私、体弱いのについはしゃぎすぎちゃった。こういうの初めてだったから、友達とこうやってオリエンテーリングしたりするのが、だからついはしゃぎすぎちゃって」

 笑顔を浮かべるその横顔に顔を赤くしながら、見とれるビス。しまりのない顔です。

「今回も主治医の先生に大分無理言ってもらったの」

 そのジュリエッタの言葉にようやく言葉を返す。

「そ、そんなことないよ。僕が無理して誘って、無理して走らせたから、こうなったんだから、むしろ僕が悪いというか、その」

 しどろもどろのビスの謝罪にジュリエッタは笑顔で首を振ります。

「ううん、誘ってくれて嬉しかった。特に君に誘ってもらったのは」

「……え?」

 目を丸くするビス。今の言葉をどう捉えたらいいのかわからないという顔で呆けていたら。

「ねぇ、この前私達が行ったあの場所覚えている?」

 その質問にビスは慌てて、首を縦に振ります。

「あの場所ね、私の思い出の場所なの」

「思い出の場所?」

「うん、といっても行くのはあれが数回目だったんだけどね。行く前から思い出の場所だったの」

「へぇ?」

 ただでさえ真っ白な頭に更に良く分からない言葉を重ねられて、このままじゃ心臓の前に頭がどうかなりそうです。

 しかし、意味がわかりません。

 行ってもいないのに、思い出の場所って。

 困惑する私達を尻目にジュリエッタはゆっくりと話しを進めます。

「あの場所ね、病院の私の病室から良く見えたの。あそこだけ木が生い茂ってないでしょう?だからあのステージが見えたの」

「……」

 なんか嫌な予感がビンビンしてきました。

「だからね、見えたの。あのステージに立つ森君の姿が」

「!!!!!!!!」

 ジュリエッタに誘われた時よりも、この二人きりの状況よりもはるかに凌ぐ羞恥心がビスに襲い掛かりました。

「いや、あれはその」

 必死で弁解するビス。そりゃそうです。

 もちろんあそこでビスがライブを開いたわけじゃ当然ないです。

 そうビスは中学の頃、夜な夜な、好きなアーティストに憧れて、まるでライブを行っているようにあのステージで立ち振る舞っていたのです。

 ヘッドホンを耳につけ、手をマイクに見たてて、ステージの上で歌って動き回っていたのです。

 時には顔を上げて大きく叫び俯いて、そこに客がいるように真っ直ぐ前を向いて、時にはエアギターも弾いていました。

 その様子は正に狂気。滑稽にしか見えなくて、通りかかった人にはそりゃ頭の可笑しい奇怪な人にしか見えなかったことでしょう。

 もちろんビスも馬鹿ではないですので、人目をはばかってやっていましたが、まさかそんな遠くに観客がいるとは到底思わなかったでしょう。

 俯いたまま顔をあげないビスを見て微笑むジュリエッタ。その微笑すら、今のビスにとっては凶器しかないです。もぅ、止めてあげてください。

「ごめんね。あの時言おうと思ったんだけど、中々切り出せなくて」

 なるほど。あの話の裏にはそういうことがあったんですね。

「ごめんね。あの時逃げ出しちゃって。なんか凄く恥ずかしくなったというか。

 自分がずっと見ていた人と一緒にステージに立って、そこから見える景色が凄くクリアに見えて、あ、私まだまだやれるんだ。まだまだこれからなんだって、不思議に思えて。だから、その」

 ジュリエッタはその頬をピンク色に染めて、ビスの方を見つめて。

「ありがとう。凄く元気になったから。だからこれからもまたよろしくね」

 あれで元気もらうってどんな性格をしているのでしょうこの子は。まぁ、でも結果オーライということで、一件落着……。

「あれ?」

 ビスも顔をあげました。どうやら、私と同じ疑問にぶち当たったようです。

「……馬渡目さん?」

「ん?何?」

「あの、その、病気は?」

「うん、あれで大分元気になって、今は少しずつ良くなっているの。とはいってもまだ、無理しちゃうと今日みたいになっちゃうから、気をつけないといけないんだけどね」


「「…………」」


「「えええええええええええええええええええええええ」」


 いや、いや、いや、一体どういうとことですか。これは、死ぬんじゃないの?

 パニックを起こしている私の耳にジョバンニの淡々とした声で。

「別に俱生神がその人から離れる理由に死ぬ以外もある。特にリタさんはお前と違って優秀だからきっと、もっと大変な人のもとに送られるんだろう」

「え、ジョバンニ知っていたの?」

「‥‥ああ」

「いつ?」

「お前が、キャサリンのところに殴り込みに行った時」

「なんで言ってくれなかったの!」

「お前が勝手に誤解していただけだろ。俺は色々止めたぞ。

 大体、来週死ぬ人がどうしてこんなに元気に野活をしているかっていう時点で気づけ」

 なんちゅうこっちゃ。これじゃ、私の今までの行動がほとんど無駄じゃないですか。

「お前、後悔しないんじゃなかったのか?」

「はぁ、この状況でそんなことが言える人がいたらここに連れてきてみんさいよ!」

「もはや口調も崩壊してるな。そして神様が人を呼びつけるな!」

 なんだったんですか、私が捧げたこの一ヶ月は。

「なんで、ジョバンニの悪行を私は記録できないんですか!」

「お前、最悪だな」

 空中で地団駄を踏む私は本当に神をもすがる思いで。

「私の罪、何とかならない?」

「なるわけないだろう」

「この世に神も仏もないの!」

「いや、お前が神だから」

 こんなありふれた神いますか。

 意気消沈。もぅ、何のやる気も起きません。

「お~い、大丈夫か」

 完全に魂が抜けた状態の私にジョバンニが呼びかけてきますが、どこか遠くのやまびこ程度の声にしか聞こえません。

 当然その後に。

「ところで話しって何かな?」

 というジュリエッタの質問にビスがしどろもどろで。

「髪、束ねたのもいいね」

 と返したそうですが、果てしなくどうでもいいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る