運命のオリエンテーリング開幕
野活当日。
天気は今のビスのように曇天模様。その中を皆を乗せた大型バスは野外活動の目的地である山の中にある『青少年憩いの里』に向かっています。
女子は禁制ですか?
「大丈夫かお前」
流石のキエフも俯き、ひたすら唸り声をあげているビスを気遣いますが、もぅ、その声も届かないぐらいにやばいです。
「いつもならもうちょっと我慢するのに」
車に乗る度に車酔いをするビスですが、いつも最初は大丈夫でドンドンひどくなっていくパターンなのに、今日は乗った瞬間からもぅ、すでにグロッキーモードです。
「寝不足と精神的疲労だな」
いつもなら寝てしまうビスなのに貫徹したのです。まぁ、無理もありません。今日は告白の日なのですから。誘うのにあの有様です。告白するとなると下手したら、命がけかもしれません。
「これじゃ、ジュリエッタとビスどっちが先に死ぬかという問題に」
「なんか、どんどん殺伐してきたな」
告白は決戦だと言いますしね。
「もう少しで着くから、こらえてくれよ!」
そう言ってキエフが何度も励ましています。
「男の友情っていいね!」
「お前、散々貶しといて」
「ジョバンニも早く男友達見つけなよ!」
「俺に男友達がいない言い方をするな!」
いるんだ。びっくりです。
バスは山道に入り、更に揺れる。これじゃ悪行をしようがありませんし、何より見ていたら私まで酔いそうなので、ジョバンニに押しつけて、バスの後方に座っているダイアナ先輩達の元に向かいます。
必死で耐えるビスとそれを励ますキエフを苦笑いを浮かべ、見ています。
「プレッシャーかけすぎたかな」
「大丈夫かな、森君」
心配そうにビスを見る。ジュリエッタ。恰好悪いったらありゃしないけど、まぁ、通常営業か。
ダイアナ先輩はニコリと笑って。
「走行中の席の移動は危ないから、向こうに着いたら声をかけてあげて」
「あ、はい!」
「さすが、ダイアナ先輩先輩!」
尊敬します。
「お前の方がどれだけ年上なんだ」
神様に年齢という概念はないので、その表現はどうなのでしょう。
人間を信仰する神様。なんか少し新しい。
「この後、オリエンテーリングあるけど、体調の方は大丈夫?」
「あ、はい、といっても体力ないですから、足を引っ張ると思います」
「清々しいね。あ、いいのよ。優勝が目的じゃないから」
その言葉に首を傾げるジュリエッタですが、追及するところまではいきませんでした。
「ところで聞きたいんだけど」
「はい?」
「朱里ちゃんは、森君のことどう思っているの?」
「森君ですか?う〜ん、あ、素敵なお友達です!!」
「……」
笑顔でかわされて、思わず呆気に取られたダイアナ先輩は小声で。
「これ、本当に告白さして大丈夫かな?」
まさか、ここまでビスの恋心が伝わってないことは予想外だったようです。
「ハハハ、ビスのへたれっぷりを、あなどってもらっては困りますよ。何せこの男は1ヶ月間ほぼ毎日病院に行って、入り口のところで止まりだったんですから!」
「なんで、お前誇らしげなんだよ。そしてさっさと帰ってこい」
ジョバンニの帰宅命令も無視して、私は二人の会話に耳を傾けます。
「私も聞いていいですか?」
「え?何?」
「どうして私をこの班に?」
「……」
また言葉を失う先輩。どうやらジュリエッタは相当手ごわいようです。
しかしダイアナ先輩先輩はこれぐらいじゃ、くじけませんよ。
「私と森君は友達。そして私は朱里ちゃんとも友達になりたい。それじゃ駄目かな?」
見事な切り返しにジュリエッタは微笑む。
「いいえ、ありがとうございます!」
そう破顔した顔が。
「ちなみに森君の隣に座っているのは私の彼氏で、森君と彼はいじめられっ子といじめっ子ね」
バスが落石を踏んだのか、大きく上下に揺れた。
「……」
絶句するジュリエッタ。まぁ、当然ですね。どこの人間の関係性にそんな説明をする人がいますか。しかも話しているのがいじめっ子の彼女。
「凄い班だね」
「今更気付いたのか」
呆れるジョバンニと呆気に取られるジュリエッタを置き去りにして、ダイアナ先輩先輩の一人語りは続きます。
「多分ね、原因は私なんだ」
「え?」
「ほら、私って結構可愛いでしょう」
そう言って自分を指差すダイアナ先輩。
「はい!可愛いと思います!」
純粋にそう答える。
「……」
思わぬ切り返しに一瞬言葉を失うダイアナ先輩先輩。
「相性がいいのか、悪いのか」
何かを誤魔化すように咳払いをして、先輩は再び語り始めます。
「だ、だからね大抵の男の子は喜んで、私が頼むか、手伝ったら喜んで受け入れてくれるの。でも、彼は違っていたの。彼は私の手伝いを断ったの」
「?そんなことありましたっけ?」
「あっただろう。ほら、ご主人が日直の時に職員室にノート持っていく時に」
あ~ありましたね。そんなこと……え、もしかしてそれが原因で。
でも、あれって確か病院に行きたくて。しかも私も覚えてないってことは、多分相手がダイアナ先輩だと、ビスも気づいてない。
「それで、私、彼に森君のこと話し過ぎちゃって、嫉妬しちゃったみたい」
エヘヘと笑うダイアナ先輩だが、いや、それで我がご主人はいじめられたの。
バスが急カーブを曲がり大きく車内が揺れた。
「おい!そっちの俱生神、これは悪行だ!」
「やめろ。相手の俱生神に抗議する俱生神なんて前代未聞だ。というかお前、いい加減戻ってこい」
荒れ狂う私を必死で宥めるジョバンニ。その傍らで女子二人の話しは続きます。
「だから、きっと森君は」
「男の子が好きなんですか?」
「……」
今度こそ本当の絶句。どうしてそこに着地するのか。ジュリエッタの思考回路恐ろし過ぎ。
なんとか耐えた先輩はジュリエッタに耳打ちする。
「きっと森君の眼中にはある女の子しかいないのよ」
不敵な笑みを浮かべて、そう言ったけど、ジュリエッタはまるで気づいてないのか、首を傾げるだけ。
若干どころか、かなりの不安を残して、バスは目的地に辿り着きました。
オリエンテーリングをやっているところは何度も見たことがあります。
しかしその全てが元々の競技スポーツというオリエンテーリングとは少し違うものでした。クイズを出されて正解したら次のチェックポイントの場所を教えてもらうものや、それぞれの場所で一人ずつ与えられた試練にチャレンジし、それをクリアしたら次に進めるという、どっちかというとタイムを競うことが目的ではなく、皆で仲良く協力して何かを行わせるという教育の一環として行われるようです。
今回行われるオリエンテーリングも形式上はかなりスポーツとしてのオリエンテーリングに近いものです。
地図とコンパスが渡されて、チェックポイントを通過して、そのタイムを競うものでした。
ただ、いくつか条件があって、一つは走らないことと、そして班員全員がゴールして初めてゴールとみなされるようです。
まぁ、正直ゴールとかタイムとかどうでもいいことです。
さっきダイアナ先輩との取り決めで、チェックポイントの二カ所目で自然と二人きりになるようにすると言う約束が交わされたのです。
つまりこのオリエンテーリング中に我がご主人は一世一代の大勝負に出るのですから。
「なんか、告白する前に失神しそうだな」
ジョバンニが呆れたような顔でそういうぐらいに、ビスの顔は真っ青でした。
結局、着いてからはしばらく、ジュリエッタに励まされたこともあって、頑張っていたのですが、その後すぐに倒れて、救護所でずっと寝ていて、さっき合流したばっかりです。
来た時顔色は良かったのに、時間が近づけば近づくほど顔が青ざめて行きました。
「大丈夫か?」
キエフが本当にその言葉の意味通りに心配そうな表情で俯いているビスに声をかけてきました。
「う、ううん」
「どっちなんだよ!」
初めて突っ込まれた。
キエフはふっと溜息をついて、ビスの肩を抱いてひきつけました。
「アイから聞いた。頑張れよ」
耳打ちされて、青ざめた顔に少し赤みがおびました。
「うん」
そしてキエフに思いっきり背中を叩かれて咳き込み、涙を流しながらも少し微笑んでいました。その笑みを見て私もつられて笑います。
「なんか、あれを見ていたら結果が良ければ全て良し、という言葉の意味が少しわかります」
「結果が良いかはまだわからないけどな」
「……」
意地悪、ジョバンニ。
オリエンテーリングは順調に消化して行きます。空は相も変わらず、今にも雨が降りそうな曇天模様ですか、今から入る森は広いですが、小学生でもオリエンテーリングが出来るようにロープでかなり空間を縮小されている為、迷うことがないということもあり、予定通り消化されて行きます。ただ、全ての生徒が河童持参です。
そしてついにビス達の順番に回ってきました。地図はダイアナ先輩とジュリエッタが持って、先輩が先導を切ります。
ダイアナ先輩は友達からの人気も去ることながら、どうやら元々の能力は高いらしくて、地図とコンパスを頼りに迷うことなく、第一チェックポイントにつきました。
「案外簡単だね。タイムとかどうでも良いと思ったけど、これなら結構良いタイム切れそう。だから、森君よろしくね!」
笑顔でそう言われる。
「朱梨ちゃんみたいな子に遠回しは駄目。ストレートに告白すること。後、先に行けばいくほど、ドツボにはまるから、言いたいことはさっさということ」
先輩にそう言われたので恐らくその確認も込めてだと思われます。
「良い!ストレートよ。ストレート!わかった!」
最後の方は必死で鬼の形相で、何も知らないビスは完全に怯えていました。
「知らぬが仏」
「神様が違うと何か違う意味が」
「……仏なんて知らない」
「存在を抹消するな」
私達が相も変わらずのテンションでやり取りしている間もビスも相も変わらず今にも漏らしそうな雰囲気で顔を青ざめていました。そしての姿は飛散してキエフにも届いていたようで、彼もまたダイアナ先輩の横で顔を引きつらせています。
一方この中で唯一、今日のオリエンテーリングに特別な意味を持たせていることを知らないジュリエッタは首を傾げるだけでした。
そこから十分ぐらい山道を歩いたところで、二か所目のチェックポイントに付きました。他の皆が遠回りやグルグル回っているので、ここまでのタイムはトップランカーものです。
恐らく元からダイアナ先輩は優勝を狙える位置にいると思います。それでも、優勝を狙わないのは、彼女にとって優勝よりもビスの告白の方が大事だと言う事です。
「なんと慈悲深い」
ダイアナ先輩信仰の信者になりそうです。
「口調変わっているぞ」
「こんな人に大切に思われているなんて贅沢過ぎる。マイナス10ポイント」
「それはどう考えても悪行じゃなく、単なるお前の嫉妬だ」
「さっきからうるさいですね。あれですか、私がダイアナ先輩に夢中だから嫉妬しているんですか?」
「勝手にいってろ」
「残念ですが、私はジョバンニに対しては見ざる、聞かざる、突っ込まざるをモットーにしていますので、あまり話しかけないで下さい」
「え、お前、そんなに俺のこと嫌いだったの。え、ちょっと今日、最後なんだぞ」
本気で落ち込んでいますが無視です。
そうこうしているうちに二カ所目のチェックポイントを通過しました。
作戦では、そろそろダイアナ先輩とキエフが離脱するのですが、どのようなスマートな方法で。ワクワク。
「あ、キツネ!」
そう言って駆けだすダイアナ先輩。
「あ、おい、待てよ」
それを追いかけるキエフ。
「……」
え~~~~~~~~~。
どれだけ原始的なのですか、しかも今、明らかに単なる茂みを指差して言いましたよ。しかもキエフ。どれだけ演技下手なのですか、あなたは。
しかし、驚愕はまだ続きます。
「あ、待って!」
「……え?」
なんとその後ろをビスがついていくではないですか、え、まさか。
「全く気付いてないな」
ジョバンニのその言葉に開いた口がしまらないです。
簡単に状況を説明すると、この行動は十中八九、ビスとジュリエッタを自然に?二人にする作戦ということです。
ところが全然自然じゃなかったからか、それともうちの主人が底抜けの馬鹿なのかはわかりませんが、ビスもその後を追っかけて行きました。
「え、みんな」
もちろんジュリエッタの体力じゃ、当然その流れについていけず、その場に立ち尽くしました。
そこから3分ぐらいでしょうか、ようやくビスは立ち止りジュリエッタがついて来てないことに気づきました。
「あれ、馬渡目さん?」
しかも、前の二人も見失い、完全に孤立していました。
頭を抱える私。それでも、仕事はします。
「女の子を山に一人で放置、マイナス10ポイント」
その減点にはあきれかえっているのか、ジョバンニは何も突っ込んできませんでした。
滴が葉っぱを揺らしたと思ったら、ポツポツ降っていた雨が結構な勢いで降ってきた。
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