ヒーロー出撃、チャリティ・ロードに【ご注意】を。

渡貫とゐち

チャリティ・ロードに【ご注意】を。

「どうもありがとう、学生さん。

 この横断歩道、長いからいつも渡り切れなくて困っていたのよお」


「ばあちゃん、この横断歩道はしばらく使わない方がいいぜ――おれが報告しておいてやるから、青信号の時間を十秒ほど長くすれば、ばあちゃんも渡れるか?」



 杖をついて歩くばあちゃんが、ハチミツ味の『のど飴』をくれたので、それを口に放り込んでから再び走り出す。

 ……ったく、車で送迎でもしてくれれば、困っている人が目につくこともねえのによ!


 目に入ってしまえば、助けないわけにはいかなかった。親切心? 心優しい青年だなんて言われると否定したくなる。

 ただ単に、困っている人を見捨てたところを知り合いにでも見られたら、おれの評価に繋がるのだ――だっておれは、



『——ちょっと【レッド】!? 怪人が出たって言ったでしょ、早く現場に向かえっ!!』


「うるせえッ、いま向かってる途中なんだよ! つーか、現場までなんでこんなに遠いんだ!? 地図を見たらそこまで距離があると思わなかったのにっ!」


 電話の相手に吠えてやる……、なんで世界平和のために戦うおれが、汗水流して走って現場までいかなくちゃならねえんだ……。消防士でもサイレンを鳴らして車移動してるだろ!


『あんたそれ、だいぶ引いて見てたんじゃない? ズームしたら距離はすぐに分かったと思うけど……、まあそれでも、電車を使うほどじゃないわよね。

 歩いたら時間がかかるけど、走っていけば二十分もないわ――ほら、走る走る! 他のメンバーにも伝えているから、誰か一人くらいはすぐに駆け付けられると思うけど……』


「車で送迎してくれっ、頼むから! 怪人と戦う前に疲れていたんじゃ、いざ戦う時にハンデを背負っているようなもんじゃねえか!」


『費用が出ないの。消防車や救急車、パトカーと同じだと思っているみたいだけど、出撃する頻度が違うのよ。毎日のように駆け付けなきゃいけない事件・事故が多発している警察関係に費用が持っていかれてね……、数か月に一度、出てくる怪人に割く費用が軽視されているわけ。

 ……タクシーでも使って現場までいけないの? 領収書を切っておいてくれれば、あとで返すことくらいできるわよ……たぶん』


「たぶん!? まあいい、じゃあタクシーを……ってダメだ! 怪人が出てきた現場に向かって走ってくれなんて言って、従ってくれるタクシー運転手がいるか!?」


『ま、そうよねえ』


「じゃあ電車も止まってるじゃん!」


 結局、走るしかないわけだ。


 ……次からは自転車を利用することにしよう。


 だが、常日頃から自転車を持ち歩いているわけじゃない。駐輪場に停めたとしても、取りにいく手間はある……その分、走った方が早い場合もあるのだ。


 疲れない分、自転車の方がマシか? でも自転車だってペダルを漕ぐわけだから、のんびり向かうわけじゃない……。


 それに、急いで向かって、民間人を轢いてしまった、じゃあ、本末転倒である。


 民間人を守るためのヒーローが、民間人を傷つけてどうする。


「……対策はあとだ、とにかく今は自転車で安全に進める場所までいくしかねえ!」


 登録に手間がかかったものの、路上に設置されているレンタル自転車を利用して距離を稼ぐ。


 電動自転車だから、完全な人力の自転車よりは疲れない。


 赤信号で止まった時、視界の端に見えたのは、転がるボールと、道路に飛び出してくる小さな男の子、で――、


「うぉ、——あいつッッ!!」


 止まれッ、と反射的に叫ぶことができなかった。

 人間、いざって時はなかなか行動に移せないらしい。


 道路を走っていた車が小さな子供を撥ねる光景が浮かび上がり、反射的にぎゅっと目をつぶってしまってから――、


 騒ぎが起きていないことに気づいて目を開ける。


 奇跡的に車の下を通過して、ボールがおれの足下まで転がってきていた。対角線上で信号待ちをしているのは、さっきの男の子、と……そいつを羽交い絞めにしている、制服姿の少女だ。


 彼女がこっちを見て、あ、目が合った。うげ、と嫌な顔をされたのは、まあ素顔で会うことは少ないもんな……、足下にあるボールを拾い上げ、ん、と相手に示す。


 少女がうん、と頷いたのを見届け、青信号に変わった横断歩道を渡り、合流する。


「ほら、ボール。もう赤信号を飛び出したりするなよ」

「うんっ、ありがとうお兄ちゃん――と、口うるさいお姉ちゃん」


「口うるさいってなに!? わたし、命の恩人なんだけど!?」


 抗議の声も聞かずに、子供がボールを抱えて横断歩道を渡っていく。遊んでいた公園まで戻っていったようだ……。

 少し高めの柵をつけた方がいいんじゃないか? それとも元々、ボール遊びは禁止されていたりしてな……子供が素直にそれを聞くわけもねえのに。


 公園に立っている看板なんて、親しか見ねえよ。


「…………で、なにしてんの、ピンク……。だよな?

 会ったのは数回くらいか……? マスクの下の素顔で会うことはないから――」


「ピンクで合ってる。レッドこそ、こんなところでモタモタして、なにやってんの?」


「なにやってんの、と言われても、怪人が出た現場へ――」


 赤信号に切り替わった時、横断歩道の真ん中で、買い物袋を落とした主婦の女性がいた。

 転がる果物を拾っている内に、苛立った運転手がクラクションを鳴らし……、連鎖して周囲が騒がしくなる。

 自分のせいでこうなった、と負い目に苦しむ主婦が、焦って集めた果物をまた落としてしまう……、悪循環だった。


「あーもうっ! なんで今日に限って足止めがこんなにあるんだよ!!」



「た、大変っ! 屋上に、人が……っっ」


 背後から悲鳴に似たような声……、野次馬が集まり、上を見上げ、六階建ての建物の屋上から飛び降りようとしている男性がいる……。


 今度は自殺志願者かよ!?


「と、とりあえずレッドはあの主婦の女性を! わたしは飛び降りを阻止してくるから!」

「あ、ああ……」


 前後に事件……ではないが、厄介な騒ぎが起こっているので対処する。ささっと、転がった果物をかき集めて袋に詰め込み、軽いパニックになっている主婦の手を引き横断歩道を渡らせる。


 飛び降りをしようとしている男性は、結果、飛び降りたが、説得している内に運んでいたクッションが間に合い、上手くそこへ着地した……。


 無事に解決したものの、おれとピンクはある異変に気付いた。


「さっきからずっと、こんな足止めばっかりなんだけど……レッドの方は?」


「似たようなものだな。まるで、怪人がいる現場へいかせないようにしているようで……」


 すると着信である。

 車も出してくれない上司からの、催促の電話だろうな。


『まだ現場にいけないの!? 地元のくせに道に迷うとかあるわけ!?』


 彼女が苛立っているのは、現場に辿り着いていないのがおれとピンクだけではないからだった……、ブルーもグリーンも、イエローもホワイトも、まだ道中で足踏みしている……。


 ここまで重なってくると、意図が見えてくるな……。



「現場の怪人の被害は? 民間人が怪我をした、施設が破壊された、人質を取られてなにか要求がある――とか。急を要する事件が起こっているのか?」


『……いえ、大きな事件は起こっていないわ』


「小さい事件もか? 怪人が出現して、なにもしていないことがあるのか?」


『どうなのかしら……成人男性サイズの亀、かしらね、容姿は……。

 特になにをするでもなく、ただ現場に居座り続けているだけなんだけど……、あまりにも堂々とそこにいるだけなものだから、こっちも、迂闊に手を出すこともできないというか……。

 たぶん兵器を使って攻撃をしても、背中の甲羅で防がれると思うし……』


「悪意がないなら放置してもいい気もするけど……ダメなんだろうなあ……」


『地雷が埋まっているなら、除去するのが私たちヒーローの役目でしょ?』


 いいから向かいなさい、と言われたら、上司命令なのでいかないわけにもいかない。


「ねえ、たぶんだけど、辿り着けない気がする……」


 ピンクの指摘に、おれもそう感じていた。


 たぶん、これまであったように、似た足止めが繰り返されて……——



「おかーさーん……どこぉ……」



 と、道の真ん中で泣いている女の子を発見した……迷子、か?


 道の真ん中で、周囲の人間が見て見ぬ振りをしている光景に違和感を感じるものの、やはり、これを見捨てるわけにはいかない――。


 おれとピンクが互いに見合って……、溜息と共に笑みを見せてから。


『しょうがない、付き合ってやるか(やりますか)』


 ―― ――



『ヒーローってのは、民間人を助ける特別な存在なんだろ? その存在価値を歪めるには、信頼できない姿を見せればいい……、ククッ、分かりやすく堕ちたな、ブルー』


「怪人をぶち殺すのがヒーローの役目だ、これが最優先……オマエを始末することが民間人の平和と安全に繋がっている……。

 ちまちまと小さな障害を除去していたら、テメエという最悪を野放しにすることになる――それは結果的に脅威の放置に繋がるだろ? 怪人を見て見ぬ振りをする方が罪深い気もするがな」


『オレサマに近づけば近づくほど、見えている『困っている人』のレベルが上がっていくはずなんだが……、ここまでこれたってことは、お前、もしかして『人が死ぬ間際』の場面を、見て見ぬ振りをして素通りしてきたってことになるんだが、心は痛まねえのかい? ブルーさんよお』


「見て見ぬ振りなんてしてねえな。見ていなかった。気づかない以上、無視することもできねえんだが――、事件も事故も、見えてくれねえと助けようがねえ。いくらヒーローでも、地球の裏側で起こった子供同士の小さな喧嘩を仲裁できるわけじゃねえんだからな」


 ガチャリ、と金属音が響き、

 

 向けられた銃口に、怪人が目を細めた。


『なにもしてねえオレサマを殺すか、ヒーロー』


「してるだろ。困っている人を作ってる。ゼロからではなく、本来なら困るはずがなかった人間を洗脳して、困った状況へ誘導しているなら、討伐対象だ」


『……やめてくれ、助けてくれっ、オレサマは死にたくねえ……ッ!

 ――なんて言っても、お前は無視するわけか。困っている民間人にそうしたように』


「勘違いしているようだが、民間人だろうと、全員を助けるわけじゃねえ。中にはいるもんだ、ただヒーローを近くで見たいがために、自作自演をするバカがな。

 だからこっちで選別している……、本当に困っているかどうかは見れば分かるもんだ。だからテメエの策でなくとも、見捨てる民間人の一人や二人、いるんだよ……。

 分かったか、怪人ごときがヒーローを操作してんじゃねえ、殺すぞ」


 そして、引き金が引かれ、撃ち出された銃弾が怪人を撃ち抜いた。


 あまりにも呆気なく貫かれた甲羅は……どうやら見かけ倒しだったようだ。


 一切の防御性能を持たない、発泡スチロールほどの耐久性である。


「ヒーローを頼るのはどうしようもなくなった時だけだ。道に迷った、迷子の子供がいる、近所付き合いのトラブル……——その程度でヒーローを使ってんじゃねえよ。

 俺様が動くのは、核兵器も通用しねえような怪人退治の時だけだ――ヒーローってのは、奥の手のさらに最終手段ってことを覚えとけ」


 ヒーローは安売りしない。


 これまでも――これからも。



 ―― おわり ――

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ヒーロー出撃、チャリティ・ロードに【ご注意】を。 渡貫とゐち @josho

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