光陰

ほりぞん

笑顔の威力

 高校生活もニ年目に突入して窓から見える景色にも馴れてきた。一年の頃から窓際のため、それくらいしか楽しみようがない。ただそれを観ることに飽きるのは当分先になりそうだ。

 小高い場所にある校舎から望む情景は田舎特有の木、山、川の非常にシンプルなものだが、そのすべてが四季折々の表情を魅せる。

巻いた種が芽吹いていく田畑も、栄枯盛衰を教えてくれる山間の木々も、命を運んでいく河川も、それぞれが喜びや寂しさとともにある景情だった。

校庭を見やれば、別れを惜しんで満開に咲いていた桜も、5月にもなれば新芽の鮮やかな緑が全盛を迎えている。

梅雨前の爽やかな風を感じながら視るそれは、授業中ということを忘れさせるには充分だった。

 ふと前に目を向ければ担任兼現文の女教師と目が合い

「授業、聞いてた?」

こちらの表情は穏やかじゃなさそうで、少し困った顔で近づいてきた彼女が片眉をつりあげながら聞いてきた。

綺麗な顔が台無しですよ

「余計なこと言ってないで教科書くらいだして!」

そう言って教壇に戻っていく後ろ姿からそのまま周りを見るとクラスメイトの殆どがこちらを据わった目で見てきていた。照れるじゃないかまったく

そう思いながらも、机の中から教科書を出して表紙に描いてあるジェニファーとボブに笑顔で会釈をしていると

「じゃあ、9ページの4段落目から読んで」

直々のご指名とあらば読まないわけにはいかない。起立しページをめくり咳払いをしつつ、声高らかに英文を読み始めたその刹那。


 音の速さを味わったことはあるだろうか。一秒で300m強進む、マッハとかいうあれを。今、その速度で放たれた純白の弾丸が自分の眉間に直撃している。

 その狙撃手は、左の足に体重を乗せ、左手に持った教科書の重さをチョークを掴んだ右手の甲で支えるようにして立ち、こちらを見ていた。そこからは一瞬だった。左足にあった重心を正中線にスウェーしながら右足を前に踏み込み、右手に持ったその弾丸チョークを振り上げることなく水平移動のまま、スナップの効いたペン持ちのまま放っていたのだった。(後日聞いた話である)

顔面に直撃し口を開けたまま後ろに仰け反り、頭の重さで後方に倒れた自分の顔は偉くマヌケであっただろう。

 数秒のあと。体を起こし、女教師スナイパーを見やると、放った態勢から身体を戻しながら、こちらを笑顔のまま見据えていた。微笑みを浮かべたまま怒るその姿は戦乙女か堕天した女神にも見える。

「私の聞き間違いかしら?」

聞く前に投げてくることないじゃない!それにこの英文なんて現代文ですよ。ほら!ボブもこんなに素敵な笑顔d

ニ発目が飛んできた

「後で職員室に来なさい」


 そして何事もなかったように授業が再開していくなか、制服に付いた粉塵を払いながらノソノソと着席した。ちなみにチョークは着弾の際に弾け飛んでいる。心配そうに何人か女子が見てるが、気にしないで 悪いのはこっちだから。生きているのが不思議なんだろうなうん

 窓に目をやり外界を見ると、まだ二時限目だというのに日は高く、校庭や木々を燦々と照らしている。遠くには田植えをしている老夫婦がいて、それに会釈をしながら走り抜ける郵便局員もいる。

少しの気怠さと満足感を得ながら、いつも通りに進んでいくこの時間を楽しんでいる。

とりあえず職員室での言い訳を考えておこう

 

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光陰 ほりぞん @horizon0114

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