第5話 AIの逆鱗

 俺の目の前には一体のAIロボットがいた。

その場にふわりと浮いていた。

他のすべてのAIが消滅しているのに、なぜこいつだけ生き残ったのだろうか?


「そいつは時空を操ることができるAIよ。

私が曲げた時空をそいつだけ曲げ返した。不意打ちなのに大したものだわ」


 後ろからイヴの声が聞こえる。振り返るとクメイと半機械野郎を両脇に抱えたイヴがいた。


「彼女は気絶しているだけみたいだけど、半分機械の彼はダメージがあるみたいね。

そいつが戦闘タイプのAIだったら私たち――終わりよ」


 俺は生き残ったAIロボットをまじまじと見る。

球体をした浮遊物が本体のようで、両横には手のようなものが生えていた。

どうみても物理攻撃をしてきそうな様子ではない。頭脳タイプのAIなのだろう。

となると相当賢いはずだ。

もう少し浮遊物を調べてみようと考えていたら、頭の中にKの声が聞こえてきた。


「そいつは普段こんな寂れた地域にはいない本部のAIだろう。

私たちの基地を攻める指揮をとっていたんだ。

これはチャンスだ。令和人、そいつのハッキングを頼む」


 周りを見渡してもKの姿はなかった。どこか遠くへ吹き飛ばされたのであろうか。


「目標のAIセンサーはどうなったのですか?」


「確認はしてないが完全消滅したものと思われる」


「こいつをハッキングする目的はなんですか?」


「そいつがテリトリーを作って空間を遮っている。

俺たちに逃げ道はない。だからそいつの時空を操る機能を内部から潰してくれ」


「なんとかしてみる」


「それとAI政府の内部情報がほしい。

実はAI政府がどこにあるか、どんなAIが実質支配しているのか全くわかっていないんだ」


「こっちも頑張ってやってみる。

でリーダーは今どこにいるんです?」


「私はイヴの攻撃の煽りで動ける状態ではない。

でも命には別状ないから心配するな。助言で令和人をフォローする」


 それにしてもイヴは酷いことをした。


「どうして仲間を巻き込んだ攻撃を平気でできるんだ!」


「ごめんなさい。あの程度の爆風でみんなが大怪我するなんて思わなかったの」


「仲間に死人が出てもおかしくなかったんだぞ!」


 「ごめんね。許して」とイヴは肩を落とした。

イヴは最恐の人類兵器というが、頭脳の方は並の人間より低く感じる。

俺はそのことをとても不思議に思っていた。

 またKの司令が脳内へ飛んでくる。


「そいつは今までの奴らとは段違いに知能レベルが違うからな」


 俺は球体のAIをじっと眺める。

知能レベルの差がどのぐらいなのかはわからないが、生身の人間である俺の脳みそでは勝ち目はないのはわかる。

とにかくセキュリティホールを見つけて一点突破しかない。

俺は目を閉じてネット世界に入り球体AIの様子を見ることにした。


「なんだこいつ!」


 ネット世界にはとんでもない巨大な白い球体が、存在感を示すようにゆっくり自転していた。

こいつをハッキングなんてできるのか? セキュリティホールなんてありそうにない。

しかし尻尾を巻いて逃げるわけにもいかない。

なんとかして内部情報を入手してみんなの役に立ちたい。


「やあ、令和からの使者よ。人生を楽しんでるかい?」


 中性的な電子音声がした。


「あんたが本部から来た頭脳型AIか?」


「きっとそんなところだなあ。

私は君たち5人の捕獲を実行する。

今まで君たちを放置していたが、そろそろ本部も我慢の限界なのだ。

『mana』が使用不可になってAI世界は停滞を始めた。

君たちがやったと聞く」


 俺がやったなんて言ったら取って食われてしまうだろうか。


「君が実行犯だよねえ」


「知ってましたか」


 巨大な球体がずっと話しかけてくる。会話のペースのコントロールが効かない。


「君は利用されただけなのかもしれない」


 そんなはずはないという気持ちと、そうなのかもしれないという相反する気持ちが沸き起こる。


「どうだね、素直に降参してみては。

君の罪をもみ消して、元の時代へ戻してやろう」


 情報が全て筒抜けである。これがAIによる情報支配なのか。

こんな知的集合体に勝てるはずがない。俺はいっそのこと降参した方がいいんじゃないかと思った。


「令和人!聞こえるか!

諦めてはダメだ!

令和人が諦めてしまったら私たちはどうしようもなくなる!」


 Kの悲鳴のような声が届いた。

そう言われてもどうしようもないことだってあるんだ。

耳を澄ますとイヴの沈んだ声が聞こえてきた。


「この辺りあるAI全てを破壊したつもりだったのに強そうなやつが残っちゃったね。

独断して攻撃しなければもっと違う展開もあったかもしれない。いろいろごめんね」


 俺が怒ってから反省しきりのイヴ。

イヴとチームはもっと理解し合えるはずだ。

半機械野郎のボソボソした小声も入ってきた。


「何の役にもたたなくてすまない……」


「心配するな。そんな時もあるさ。今回は俺が何とかする!」


 俺に戦う勇気が戻ってきた。

みんなの思いを勝利に繋げたい。最後にクメイちゃんの声が響き渡った。


「私がサポートするから、令和人さんはハッキングに全力を注いで!」


「でもクメイちゃんの怨霊たち、全部闇に喰われてしまったんじゃ」


「まだポケットにとっておきの怨霊が残っているから!」


 たしか巨大トカゲの怨霊をポケットにしまっていたような……


「それならその怨霊を使った霊攻撃が可能だ。

霊の攻撃が決まればAIがバグる可能性がある。そこを突くんだ!」


「イチ、ニイ、サンで怨霊を解き放つよ!」


「いつでも来い!」


 俺たちは敗北の2文字は似合わない。なにしろお互いがお互いを補完し合うチームなんだ。

必ず誰かがやってくれる。そしてその誰かが今回は俺なんだ!


「よく聞け令和人!

ハッキング攻撃するタイミングは俺が指示する。

それまでにできるだけ多くのセキュリティホールを見つけてくれ。

クメイの攻撃で隙はできるはずだ」


「ああ、俺はリーダーの指示に従うぜ!」


 クメイちゃんを纏う霊気が緑色に変化した。

成仏できないトカゲの怨霊たちがクメイちゃんの体に激しく纏わりつく。


「痛いっ!」


普段扱わない種類の怨霊のせいか、クメイちゃんはトカゲの怨霊の扱いに苦戦していた。


「大丈夫か! クメイちゃん!」


「令和人さんは自分のことに専念して! バトンは必ず繋ぐから!」


 俺は「わかった」とだけ口にした。

ふと球体AIを見ると白色から透明に変化している。クメイちゃんの技に備えているのだろうか。


「ぎゃあああ!」


 苦しみに耐えるクメイちゃんの悲鳴が谷底深くに響き渡る。

トカゲの怨霊によって切り裂かれたクメイちゃんの服が破れて、片方の肩が露わになってしまっていた。


「平安時代生まれのど根性を見せてやるわ!」


 俺は白色から透明になった球体AIが不気味で仕方なかった。


「イーチ!」


 クメイちゃんのカウントダウンが始まった。

俺はセキュリティホール探しのためにネット空間に意識を集中させる。


「ニイ!」


 緑色の霊気がネット世界の中まで侵入してくる。

するとネット世界の巨大な球体まで透明になった。


「やつは何らかの対策を立てている。返り討ちに合う可能性が高い。

攻撃しちゃだめだ」


 すかさずKの指令が入る。


「クメイ、続けてくれ。作戦続行だ」


「リーダー!クメイちゃんがどうなってもいいのか!」


「こいつを倒せなければどうせみんな死ぬ。令和人、クメイの力を信じろ!」


「わかった! みんなを信じる! クメイちゃんいっけええええ!」


「サン!」


 解き放たれたトカゲの怨霊たちが球体AIへ襲いかかる。


「令和人はセキュリティホールの発見に集中しろ!」


「わかってる!」


 ネット世界で目を凝らして見張っていると、ちらほらそれらしいものが現れた始めた。

クメイちゃんの攻撃は成功したようだ。俺はセキュリティホールの確認作業を進める。

そして、いつ攻撃の合図があってもいいように備えた。

 その瞬間、なぜか俺はネット世界から弾き出されてしまった。


「一体何があったんだ!」


 ネット世界から弾かれたものだからKの声も聞こえなくなっていた。

透明の球体AIに緑色の深い傷がついていた。

明らかに球体AIは霊的ダメージを喰らっている。


「ダメージを与えることができてよかった。令和人さん、作戦は成功したのよね?」


 俺は下を向いて黙ってしまった。


「何があったの?」


 すぐにクメイちゃんは察する。


「俺だけネット世界から弾かれた」


「え、そんな……」


 球体AIが透明になったのは、俺をネット世界から弾くための準備だったのかもしれない。

球体AIは俺だけを恐れていたってことなのだろう。ネット世界に入れない俺はただの役立たずだ。

 傷を負ってるはずの球体AIが時空を歪め始めた。どうやら見た目ほどダメージはないようだ。

こいつの本体はネット空間にある巨大な球体の方かもしれない。

こいつも時空を操れるんだったけな、終わりだ。


「大丈夫よ。時空を使った攻撃なら私が相殺しておくから!」


 イヴがチームのために動いてくれている。


「腐るな令和人!

こいつはお前の脳内チップを無効化しただけだ。まだ逆転のチャンスはある。

でもまさかハッキングの天才がハッキングされるとはな。

知能レベルの差を感じるぜ」


 そうだったのか。

俺はハッキングの防御についてはあまりにも無頓着だった。

まだまだ学ぶべきものが俺にはある。


「サイボーグさんよ、あんたは大丈夫なのか」


「全然大丈夫じゃねえよ。

でもな、俺たちはここでやられるわけにはいかないんだ。

ここで負けたら、人類の尊厳は消えてなくなってしまう」


「あいつをやれるとしたら、俺がネット世界でハッキングするしかない。

でも俺のチップはもう起動しない」


「気づけよ令和人。

今までどうやってハッキングしてたかをな」


「ハッ!」と俺は思わず顔が赤くなった。


「そんな顔するとこっちも照れるだろっ」


 半機械野郎は寝たきりだ。


「いいのかよ。機械が壊れてるんじゃないか?」


「だいぶやられてはいるが、令和人をネット世界に入れるくらいどうにでもなる」


 球体AIが時空を歪ます攻撃を繰り出して、それをイヴが相殺してくれている。


「もうセキュリティホールの確認は終わってるんだよな」


「ああ」


「Kからの指令だ。

俺を使ってネット世界に再侵入して確認済みのセキュリティホールへハッキング攻撃を加えてくれ、とな」


「そんなもん、言われなくても実行する」


「おー頼もしい」


 そこへイヴが割って入ってくる。


「おしゃべりばかりしてないで、さっさと作戦実行しなさいよ」


「すまんイヴ。相手の攻撃を止めてくれているのに。

もう少し耐えてくれ」


「あなたが決めてくれないと終わらない戦いだから」


 俺と寝たきりの半機械野郎の視線が優しくぶつかった。


「は、早くしろよなっ。変に意識してしまうだろっ」


「わかってるよ。ほ、ほら優しく手を当てるからちょっと我慢してくれ」


「優しくしてくれよな」


「そ、そんなのわかってるさ。

でもちょっと待って、照れるからな」


「もー、さっさとして」


 歯痒く思ったイヴが片手で時空を操りながら、もう一方の手で俺の手を引っ張って半機械野郎の胸へひっつける。


「たまには乱暴なのもいいかもな」


「ああ、ワイルドにいこうぜ!」


俺は再びネット世界へ潜り込んだ。

セキュリティホールはほぼそのまま存在している。


「いっくぜー!」


 ハッキング脳をフルに回転させ、それぞれのセキュリティホールから内部侵入を試みる。

そのうちのひとつに、大きく破壊された部分があった。

よく見ると怨霊のトカゲのしっぽが激しく暴れている。


「クメイちゃんのトカゲの怨霊がこんなとこまで来てたとは!」


 損傷が激しく内部侵入できる隙があった。

俺はハッキング脳をフル回転させて、時空を操る機能を停止させるイメージをする。

集中して集中してイメージを続ける。

空間を歪めたり時間を止めたりするのはイヴだけで十分なんだよ、って念じた。

 すると急にネット世界の巨大球体が姿を消した。

時空を操る機能を強制終了させられた球体AIは、技の掛け合いをしていたイヴによって完全に消されたようだった。

 俺は現実世界で意識を取り戻し、半機械野郎の胸から手を離した。

イヴが作った谷の風通しがよくなったように感じる。

球体AIが閉鎖した空間が元通りになったのだろう。


「あー、できればAI本部の情報も取りたかったのにー!」


「令和人さん、ナイスです!」


 クメイちゃんがへたり込みながら笑う。

肩が露わになっていることに気づくと手で隠して笑顔は照れ笑いに変わった。


「最後にちょっとは役に立ったかな」


 半機械野郎は寝たきりのまま苦笑いだ。


「みんなごめん」


 イヴは反省しきりだった。ただ今回の作戦はイヴなしでは勝てなかったであろう。

早くチームの一員としての行動を取れるよう、俺もサポートしていく。


「リーダーは? 死んでないよね?」


 クメイちゃんが不安そうに周りを見渡す。

俺も周りを確認してると、遠くからやってくる人影を見つけた。


「私はピンピンしている! 爆風でやつのテリトリー外に飛ばされていたんだ。

大怪我してるなんて嘘吐いてすまない」


 リーダーは自分だけ逃げることもできたのに、最後まで俺たちと共に戦ってくれた。

さすがリーダーをしているだけはある。

俺たちはこの地域をAIの支配から解放することに成功した。

地域限定だが人類による統治が再開するのだ。

 

――ひとまずこれで祝杯をあげよう。俺はこの2070年の世界のことをもっと知りたくなった。

好奇心はやがて行動へと変わり、希望の架け橋へと導かれるであろう。


完?

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