第4話 イヴの力

 基地に戻った俺たちは、これからのことを話し合うことになった。いわゆる作戦会議のようなものだ。基地の中にある喫茶空間でハーブティーを飲みながら意見交換をする。

令和の時代ではあまり嗅いだことがないハーブの香りが部屋中に香った。


「令和人とイヴの加入で作戦の幅がグッと広がった。

今の戦力ならこの地域を事実上支配しているAIセンサーを潰すこともできる。

どうだろうイヴ?」


 Kはさっそくイヴを利用してやろうという感じだった。


「破壊するのはAIセンサーだけ? 狙うなら政治を司るAIたちもじゃない?」


 イヴは不満そうに、余っている椅子の上に両方の踵を乗せた。


「何度も言うが『カント』は政権の再移譲が目的だ。破壊が目的ではない」


「AIセンサーを破壊するのならやっていることは同じよ」


 イヴは不機嫌である。

そこへクメイちゃんが会話に入ってくる。


「試験的にこの地域だけAIからの支配を脱したいんでしょ。

人間が支配するようになると不具合も生じることもあるから、この一帯を実験地域にするのね」


 Kは力強くうなずく。


「解放されたこの地域を見て、世界中の人間たちにも奮起してもらわないとな!」


 半機械野郎は白い歯を光らせた。


「そうだ」


 Kは穏やかな目で半機械野郎に同意する。とても優しい目だ。

しかし、あの認知機能を潰すときの殺人犯のようなKの目つきが俺の脳裏から離れない。

何人殺したらあんな目ができるのだろうかってぐらい悪い目つきだった。


「令和人からは何かないか」


 急に話を振られても大丈夫なように俺は準備していた。


「俺も頭にチップを入れたい。

2070年のネットの世界をもっと知りたいんだ」


「そうだな、チップは入れておいて損はない」


 Kは棚の奥に置かれていた新品のチップを取り出した。


「あれか、頭蓋骨に穴を開けて入れるのか?」


「ばーか! お前は今までいったい何を見てきたのだ。

空間移動粉末でチップを頭の中に移動させるんだよ」


 そんな簡単に頭の中に物を入れられるって危なくねえか!


「私がチップを入れてやるわよ」


 イヴが椅子から足を下ろして立ち上がった。

俺は「怖いからちょっと待って!」とやんわり断ったのに「終わったよ」とイヴは言う。

Kが持っているはずのチップがなくなっているのを確認した。

そのチップがすでに俺の頭の中に入っているのか!


「イヴは時間と空間を自在に操る能力があるんだ。

イヴがいたら、時間移動粉末や空間移動粉末なんて必要なくなるかもな」


 Kはリアル世界で話しながら、ネット経由でも話しかけてきた。


「どうだ令和人。これが2070年のネットの世界だ。

24時間365日繋ぎ放題だ。

ミッション以外の時間は、ネット空間で何か楽しみを見つけるといい」


 なんだか不思議な感じだ。現実世界とネット世界を同時に体感することもできる。

試しに同時体感をしていたら、二重世界に不慣れなものだからなんだか酔ってきて気分が悪くなってきた。

「はは。チップ酔いだな。すぐ慣れるさ」と半機械野郎が笑う。


「みんなが通る道だ。少し横になったらいい」


 Kのうながしで俺は作戦会議を抜けることになった。

自分の部屋がどこなのかわからなかったので、扉が開いていた部屋に入る。

その部屋には俺好みのふかふかのベッドがあったので何も考えず横になった。

お布団の中はいい匂いがした。

もしかしたらクメイちゃんの部屋なのかもしれない。

布団がうっすらと湿っているのは……クメイちゃんに纏わりついている幽霊のせいではないだろうか。


 となるとここで寝ていたらまた悪霊に取り憑かれるかもしれない。

次に取り憑かれたら――クメイちゃんのキスが待っている。俺は口を尖らせながら眠りに堕ちた。


「おい! 勝手に俺のベッドで寝るな!」


 半機械野郎の怒鳴り声で俺は目を覚ます。


「ここがお前のベッドな訳がない。

こんなふかふかのベッドでいい香りがするベッドだぞ」


「ああ、昨日抱いた女の匂いが残っていたか」


「なんだとー!」


 遊び人の匂いがするとは思っていたが、ガチ遊び人だったとは酷い話だ。


「あ、お前俺のこと遊び人だと思ってるだろ。それは間違いだ。

令和の時代とは文化が違うんだ」


 なんやら言い訳が多い男だこと。


「このヤリチン野郎」


「悪いが俺には金属製の模倣生殖器しかついていない」


 なんかとんでもないことをさらっと言っている気がする。


「じゃあなんで女の人を部屋に入れたわけ?」


「肌と肌を合わせて、いちゃいちゃするためだ!」


目の前にいるのは完全なる女の敵。不純な半機械野郎を思いっきりぶん殴ってやりたい。

まあ言い訳くらいは聞いてやる。


「異性との肌のふれあいで人間の免疫力を高めるんだ」


「で?」


「俺は半分サイボーグだから自分で免疫を作る機能が弱くてな」


「で?」


「だから異性を使って免疫力を高めているんだ」


「で?」


「以上だ」


「はあ?」


「はあじゃねえよ。それがなかったら俺の左半身は朽ちてしまう」


「こんなとこに女の人を呼んでもいいのかよ?ここは秘密基地だろ?」


「リーダーの許可は取ってある」


「へー、じゃあいつも同じ人が来てるとかか?」


「いや、いつも違う人を連れてきている。そっちの方が免疫力が断然上がるんだ」


 やっぱり一発殴らないと気が済まない。

明らか言っていることがヤリチンだ。

この感じならクメイちゃんもこいつの餌食になっているかもしれない。


「お前、クメイちゃんに手を出していないだろうな!」


「あいつは仲間だからな」


「仲間だからなんだよ」


「俺はいろんなタイプの女性の力で免疫力を保っているんだ。クメイは関係ない」


「じゃあさ、布団の中が湿ってたのは?」


「俺の汗じゃね?」


おえー! ぜってークメイちゃんのふかふか布団だと思ったのに。

まさかサイボーグ野郎のヤリ部屋だったとは!


「俺も免疫力が下がってきているような気がする」


「じゃあさっそく実装したチップで出会いを求めてみな。過去人はモテるぞ」


 俺は首を思いっきり振る。


「いいや、俺はクメイちゃん一筋なんだ!」


「ハーレムを作るんじゃなかったのか?」


「クメイちゃんひとりで俺にとって十分ハーレムだ!」


 そこへドアを叩く音がした。扉を開けると無表情のイヴがいた。


「あら、あなたたち本格的に付き合うことになったの?」


「ちげーよ! 俺にはクメイちゃんがいる!」


「もうこいつもチップを入れたことだし、もうああいうことはしない」


 「ねえ、ふたりに相談したいんだけど」と言いながらイヴはベッドの上に登ってくる。

ベッド上にいた俺は、イヴのフェロモンのせいか顔が真っ赤になった。


「ま、待ってくれ!まだ心の準備ができていないんだ!」


「なーに赤くなってるの?」


 イヴの服の隙間から、小さな胸がちらりと見える。

そんな位置にたまたまいた俺は、罪悪感に潰されそうだった。


「どこみてるの?」


「いや、だから……」


「あなた天才ハッカーなのよね?」


「ハッキングしかできねえけどな」


「へえー」


 イヴは興味深そうに俺の頭を見つめる。


「なあ、相談ってなんだんだ?」


 半機械野郎がベッドの横から声をかけた。


「子供が欲しいの。子孫を残したいのよ」


「いやいやいやいや!」


 とか言いつつ俺はますます顔を赤くする。


「童貞捨てるチャンスじゃねえか。

イヴは可愛いし色気もある。

さらにロリフェイスで付き合って損はない。

おいしい話じゃね?」


「イヴちゃん12歳くらいでしょ! いろいろと無理だから!」


 俺は精一杯の拒否をした。


「見た目は12歳くらいだけど、実年齢は475歳なの」


 本当に意味がわからんやつばかりで困ってしまう。

それだけの長生きに耐えられる細胞を、AIが作ったってことなのだろうか。


「イヴはいつ生まれたんだ?」


 半機械野郎は興味深そうに質問をする。


「2060年」


「イヴちゃんまさかの10歳じゃねえかよ!

12歳ですら嘘だったのかよ!はめられるところだったわ!」


 イヴが俺に近づきながら話を続ける。

俺はロリとセクシーの挟み撃ちで、思わず生唾を飲み込んだ。


「生まれてすぐに私は任務で過去へ送り出されたの。そこでたくさん歳を取ったのよ」


 みんなウソかホントかわからんことばかり言いやがって。


「ねえ、あなたは令和の時代でどんな風に生きてきたの?」


 目と目が約10センチのところで視線を合わせてくるロリフェイスのイヴ。

俺にはクメイちゃんがいるんだ!気を確かにしないと!


「俺は高校も行かずにひきこもって、仮想通貨を盗むためにハッキングの勉強ばかりしてた」


 言葉にするとなかなか哀れな人生に思えた。

周りがおかしいだけなのもあるが、なんだかパッとしない。


「純粋ね。

ハッキング脳で頭も良さそうだし、気に入ったわ。

あなたなんて名前なの?」


 俺はついに名乗る時が来たと意気込み、大きく息を吸って答えようとする。


「俺の名は……」


 うううううううううううううううううううー

もしかしてこのサイレン、俺に名乗らせないために発動しているんじゃねえだろうな……。


「AIセンサーが我々の作戦会議の内容を察知して攻撃をしてきた。

攻撃内容は不明だ」


 Kの言葉が脳内チップを通じて頭の中に入ってくる。


「ほら、いざとなったらAIは平気で人間たちを潰しにくるでしょ」


 ベッドから降りたイヴは得意そうに話す。


「基地内に不明物が大量に侵入している。みんな外へ!」


 壁に白い何かがカサカサと蠢いている。

まるで白いゴキブリの大群のようだった。

 俺と半機械野郎とイヴはすぐに基地を出た。と、そこへクメイとKが合流した。

元来た道を振り返ると、基地内部が白く溶けているのが確認できた。


「もうこの基地は諦めよう。AIセンサー本体を返り討ちにする。

イヴ、空間移動を頼めるか」


 Kの頼みをイヴは快く引き受ける。


「わかった。この地域のAIセンサーがある場所へ空間移動する」


「それがどこにあるのか、わかるか?」


「だいたい」


「さすがイヴだな。頼りになる」


 イヴは空間を歪めて、俺たち5人を一瞬のうちに移動させた。

着いた先は丘の上で、パノラマで見渡せる景色がとても綺麗だった。

自然豊かな緑がたくさんあってどこにAIセンサーがあるのかはわからなかった。

もしかしてまた地中にあるのもしれない。


「AIセンサーのみの破壊を行う。

見つけ次第報告し令和人にハッキングさせろ」


「そんなめんどくさいの嫌よ」


 イヴは赤い瞳で虚空を見つめながら、空間を歪め始めた。


「一体何を始めるんだ! 勝手な行動はやめろ!」


 Kの怒号を無視するようにイヴは何かをし始めている。

イヴは時間の流れを止めたようだった。

そして原型がわからないくらい空間を歪めてゆく。

 

 俺たちは丘の上にいるのか深い谷にいるのかまるでわからなかった。

時が止まり俺たち全員動けないし話もできない。見ていることしかできない。

 やがて空間の歪みに生じた黒いエネルギーたちが一箇所に集まり、漆黒のエネルギー体が生まれる。

そこまで用意してイヴは時間の流れを戻した。

暗黒のエネルギー体から吹きだす突風が強くて立っていられなかった。


「そんなもんぶち込んだらAIセンサーだけじゃなくて、この辺り一体が焼け野原になるぞ!」


 Kが激昂してイヴを止めに入る。


「この辺り一体全てがAIなのがわからないの?

AI植物なんか、全て燃え尽きたらいい」


 イヴは平然と答える。


「暴走するのはやめてくれ!俺たちはチームなんだ!」


 Kの必死の抗議も実りそうにはなかった。


「みんなに私の力を見せてあげる。

誰も私に指図できないことをわかって」


 クメイに憑いている怨霊たちも闇エネルギーに飲まれていき、

クメイ自身は地べたにお尻をついてへたり込んでいる。

 半機械野郎は大きなエラー音を鳴らして動きを止めていた。

Kは最後まで必死にイヴを説得していたが、イヴの近くにいたためかすでに暴風でどこかへ吹き飛ばされたようだった。

俺は目に涙を浮かべながら口を半開きにして涎を垂らし続ける。


――恐怖だけがその場を支配していた。


「AIが出す特有の電磁波を目印にして攻撃するよ。多少出ちゃう爆風は頑張って耐えて」


 漆黒のエネルギー体の中から光が漏れ始めた。


――闇から生まれし光が解き放たれる。


 眩い光が一瞬のうちに轟き、強烈な爆風が俺たちを襲う。

爆風に吹き飛ばされた俺は、強く打ちつけて全身に痛みが走った。

舞った埃がおさまっていくとともに、露わになる景色の変わりように愕然とする。

 緑色だった丘は、岩肌が剥き出しの谷になっていた。丘自体がAIでできていたとでもいうのか。


「みんな! 大丈夫か!」


 俺はとにかくみんなの無事を確認したかった。

しかし俺が最初に見つけたものはとんでもないものだった。

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