第3話 人類の最終形態
空間移動した先で初めに目にしたのは、幾多の蔦が絡んでいる大木だった。
大木の周りには自然豊かな森が広がっていた。
葉が生い茂っていて太陽が照っているのに、森の中は薄暗かった。
聞こえてくるのは小川のせせらぎと鳥のさえずりだけで、人工物などひとつも見当たらなかった。
「場所を間違えて空間移動したんじぇね?」
他の3人は俺の言うことを無視して大木の方へ歩みを進めた。
「おいっ、まさかその大木の中に入るんじゃないだろうな」
3人は歩みを合わせたかのように大木の目の前で止まった。
まずクメイちゃんが大木の根の部分を眺めながらつぶやく。
「随分と地中深くに封印されているみたいね」
クメイちゃんはイヴの居場所が霊感でわかってしまうのだろうか?
芝居染みているようにも見えたが、霊能力があるだけにヘタにからかうことはできない。
次にKが大木の幹に片耳を当てて、静かに目を閉じた。
少し時間を置いてKはつぶやく。
「微かだが助けを呼ぶ声が聞こえる」
Kの耳はどういう原理で聞こえているんですかー?
お世話になっているリーダーじゃなかったら「んなわけねえよ!」と突っ込んでいたところだ。
半機械野郎も大木に手を当てて何かを言おうとしている。
「じゃ、空間移動粉末で空間を歪めて助けに行くか」
いやいやいやいや、そんなことできないでしょうよ!
流れに乗ろうとして適当に言ってんじゃねえよ!
でもこのままでは俺だけが取り残されてしまう。
何か言わなければ。ほら何かあるだろ、
早くみんなみたいに何か言うんだ、なんでもいいじゃないかそれっぽっかったら!
「うぉーー!」
俺は幹に胸を当てて両手を奥まで回し、思いっきり大木にハグをした。
「うおりゃああー! 今助けに行くぞー! 待ってろよイヴ!」
ここまで熱心なパフォーマンスを出せるのは俺だけだろう。
みんなどんな顔をして俺を見ているのだろうか。
ドヤ顔で後ろを振り返ると……誰もいないんかい! みんなどこ行った?
「何をしている。行くぞ令和人!」
大木の根に大きな空間の歪みができていて、そこから半機械野郎が顔を覗かせた。
「え、みんなが言ってたことは本当だったの?」
「早くこい! 歪みが閉じてしまうぞ!」
こんな森の奥深くに置いてけぼりにされるのはごめんだ。
迷子になって熊さんに出会ってしまいそうだ。
「すぐ行くから待ってくれ!」
俺は空間の歪みに飛び込んだ。するとすぐに地下ダンジョンが現れた。
「みんなすごいんだな。俺なんかハッキングしかできない」
俺のぼやきにリーダーのKが真っ先に反応する。
「ハッキングができるのは令和人だけだなのだ。
生身の人間のハッキング脳は、もう手に入らないかもしれないくらい貴重なんだ」
頼りにされると嬉しくなる。俺も捨てたもんじゃないって思えた。
「できないことはできないでいいじゃないの。あとは任せて。
私たちはチームよ」
それぞれができることで補い合えばいいってことか!
「お前は1番オイシイところを持っていけるんだから、黙って出番を待ってろ」
半機械野郎までもが俺を励ましてくれる。
じゃあ遠慮なくオイシイところを持ってくぜ!
大きな地下通路の奥の方から、女の子のうめき声が聞こえてくる。
これがイヴの声なのだろうか。
「気をつけて、ものすごく強いエネルギーを感じる」
前から2番目を歩くクメイちゃんは、怨霊を両腕に纏わせながら注意をうながした。
これでいきなりAI兵士が現れても一撃でやっつけられる。
先頭をゆくKがイケメンボイス全開でシャウトする。
「強いエネルギー反応はひとつだけじゃない!」
またしても嫌な流れだ。すぐに俺と半機械野郎と目が合った。
こいつも嫌な流れだと思っているのだろう。
どっちが先に口を開くか、先に話した方が楽になる。
俺は思い切って先に口を開く。
「気をつけろ! 強いエネルギー反応が3つもある!」
かなり適当に言ってしまったが流れには乗れただろう。
するとすぐに半機械野郎が続けて叫んだ。
「来るぞ!」
ドーンと左側の壁を破って現れたのは緑色に輝く巨大なトカゲだ。
トカゲは太いしっぽで次々に壁を破壊していく。
「こいつAIなんすか?」
「AI政府が仕込んだものだろうね」
クメイちゃんは腕に仕込んでいた怨念を蒸発させた。
「これは迷えし魂たちの集合体。
少なくとも私の技は通用しない」
さらに右側の壁を破って、茶色に輝く巨大なアンモナイト虫が現れた。
「二体目の出現を確認!」
俺は自分の予想が当たりそうでドキドキしていた。
あと一体出てきたら「ビンゴ!」って言ってしまうかもしれない。
「AI政府で霊についての研究が進んでいるようだ。
すくなくとも怨霊ホイホイのようなものは作れるようね」
「令和人とクメイは下がってろ。ここは俺たちの出番だ」
半機械野郎は機械部分の肩にあるスイッチを押した。
ブースト機能だろうか、右半身の金属が熱を帯びてくるのがわかる。
「要は怨霊ホイホイをぶっ潰したらいいんだろ。一撃で潰してやる」
やる気十分の半機械野郎の生身の方の肩をポンと叩くK。
「先に私が奴らの認知機能を潰してやろう」
物騒な発言をするリーダーだなと思う反面、心強かった。
「クメイと令和人は隙をみて先にイヴの救出を始めておいてくれ」
Kの目が考えられないくらい醜く歪んだ。
まるで人殺しのような目つきで巨大トカゲを睨む。
そして両手を前に伸ばし、硬いバルブをひねるように力を入れながら手首を回転させた。
すると巨大トカゲは頭を抱え、倒れてのたうち回った。
「トカゲ野郎の認知機能を潰した」
あのー普通に怖いんですけど……。
しかし巨大トカゲもただでは転ばない。しっぽが切り離されて、しっぽだけが暴れ始めた。
「動かない胴体と暴れるしっぽ、どっちに怨霊ホイホイがあるんだ?」
半機械野郎には判別がつかないようだった。
「もしかして複数仕込まれているのか?」
暴れ回っている切れたしっぽが俺の方までやってきた。
すぐにKが来て今度は左手をグーにして突き出し、トカゲのしっぽへ向けて手のひらを広げた。
するとしっぽは完全に動きを止める。
「まさか、本体と切り離して攻撃してくるとはな!」
Kはのたうち回るトカゲの胴体の方へ左手をかざした。
「腹だ。腹の真ん中に怨霊ホイホイがある」
「後は任せろ!」
半機械野郎が全速力で走って巨大トカゲのところまで行き、勢いそのまま三回転半ひねりを加えたドロップキックをかました。
何かが壊れる音がして巨大トカゲの腹から怨霊たちが逃げていった。
「トカゲの怨霊ちょっともらうね〜」
クメイちゃんはクラスメイトに飴ちゃんを貰うかのように、トカゲの怨霊をポケットに入れた。
いつかどこかで使うのだろうか。
「しっかり者だなあ」
危険な香りがするクメイちゃんに俺は惚れ直してしまう。
巨大アンモナイトの方はKを恐れてか、震えながら逃げていく。
「あいつも始末しておくか」
「アンモナイトの怨霊も欲しいなあ」
クメイちゃんは霊の収集でもしているのだろうか。
「任しときな!」
半機械野郎が生身の方の指関節を鳴らす。
「去る者追わずだ。放っておけ」
Kの命令には素直に従う半機械野郎。
俺の言うことなんて少しも聞かないくせに、上司の圧力には弱いヘタレ野郎め。
「なんか言ったか?」
「いや何も」
「っていうかお前ら先に行ってるんじゃなかったのかよ」
「戦闘が終わるのが早すぎなんだよ」
「俺たちはいつでもこれぐらいで終わらすからな。次回から気をつけろ」
半機械野郎に威張られるのは腹が立つ。
「気にするな、令和人。臨機応変にやっていこう。
4人で行けるのならそちらの方が心強い」
リーダーはいつも俺に優しい。
Kに聞こえないように舌打ちをする半機械野郎が可哀想でたまらない。
武力は半機械野郎が1番なのに、なぜかKは荒く扱う。まあそれだけの信頼関係があるんだろう。
なんて半機械野郎のことを小馬鹿にしながら走っていたら、俺にもわかる何かを感じた。
「すごく強いエネルギーを感じるね」
クメイちゃんが大量の汗をかいている。
「お前の言っていた3つ目のエネルギー体のお出ましだ」
今度は一体どんな化け物がいるんだってんだ。半機械野郎の視線の先を追う。
その先には、金髪の華奢な女の子が四肢を杭で打たれた状態で壁に張り付けられていた。
「イヴ! 今助けるからね!」
俺はクメイちゃんの方をチラッと見る。
「えっ、3つ目のエネルギー体ってイヴだったの? どうやって助けるの?」
半機械野郎が俺の正面に立った。
「そんなの決まっているだろう。ほ、ほら早く準備をするんだ」
「も、もしかしてパスワードで制御されているのか。
だとしたら……俺の出番だな」
「早く俺の胸に手を当てて彼女の制御を解き放ってくれ」
「わかった。機械の方の胸にやさしく触れるぞっ」
「めいいっぱいやさしくしてくれよな」
「ああ、もちろんだ」
Kが俺たちに聞く。
「お前ら、できていたのか」
「違うんです。これは……その、あの……」
「だから、不可抗力といいますか……」
俺たちはお互いに視線を外して顔を赤らめる。
「お前らの関係はいいから、早くハッキングしてくれ!」
Kは俺たちを急かした。
「こ、来い令和人!」
俺の大脳が半機械野郎を通じてネット空間に入っていくのがわかる。
俺はすぐに暗号解明に取り掛かる。
そしてイヴの拘束を解き放つための暗号をすぐに解明できた。
頭の中で操作すればいいだけなので簡単だった。
でも俺にしかできないことだから、大いに褒めて欲しかった。
「クソややこしいパスワード書きやがって! でもな、歴代トップの俺のハッキング力で瞬殺してやったわ」と俺は手柄を大きく見せる。
「令和人、ナイス!」とKはご機嫌に親指を立てた。今日はリーダーのポイントを稼ぎまくったな。
「解放が始まったね」
クメイちゃんの声で俺はハッとなって、半機械野郎の胸から手を離した。
「さっさと手を離せよな。みんなが誤解するだろうに」
「俺だってな、お前なんかと仲がいいって思われたくねえよ」
「早く令和人も頭にチップを入れてくれよ。
そうしたらお前ひとりでネット空間に繋がれるぞ」
興味深いことを聞いた。
俺もチップを入れることができるのだろうか。
しかし目の前ではもっとすごいことが起こっていた。
小さな体をしているイヴの手首足首に打ち込まれていた杭が朽ちていく。
穴が空いているはずの手首足首には傷ひとつない。
皮膚組織が再生したのだろうか?
「イヴって人間なんですか?」
俺の素朴な疑問にKが答える。
「イヴは人間の最終体系。
AIが人間の細胞を操作して作り出した最恐の人類兵器だ」
AIが作り出したキメラのようなものか。
「イヴは味方になってくれるかしら」
怪訝なことをいうクメイちゃんに俺は聞き返した。
「味方じゃないの?」
「味方だと信じてる。
イヴは自分自身を生み出したAIの全てを恨んでいる。
AI知能生命体の殲滅をイヴは望んでいる」
Kがすかさず会話に入ってくる。
「我々はAIの殲滅は望んでいない。政治的主権の再移譲が我々『カント』の望みだ」
閉じていたイヴが目が突然大きく見開き、赤い瞳が俺たちの前に立ちはだかった。
「甘いわね」
イヴは長い金髪ヘアをなびかせながらこちらの様子を伺っている。
黒を基調とした透明の線の入った服は少し透けているようにも見え、へそは丸出しである。
上の服と同じ素材の短いスカートを履いているが、サイズ違いか時折パンツが見えてしまっていた。パンツの柄がイチゴではなく、キウイなのが俺的には斬新だった。
「奴らの全てを叩き潰さないと、人類の復権なんてないわ」
「イヴ、君の力を貸してほしい」
Kはイブに頭を下げた。
「助けてくれたんだし、一緒に行動するくらいならいいよ」
AIが作り出した人類兵器イヴ。
彼女の圧倒的な力は俺たち「カント」の最終兵器となりえるのか。
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