第6話 創世の書「アルビオン」プロローグ

「おやおや……アル、人の記憶を覗き見なんて趣味が悪いじゃないか」


 目の前に僕がよく知るリーベの姿が現れた。


「リーベ!……これは、いったい?」


「あぁ、これはたぶんアルビオンが君に見せている世界の記録の一片……要するに私の過去さ」


「随分感じ変わったな……おまえ」


「ははは!!過去は振り返らないのが私の主義さ!……と言いたいところだが、流石に無理があるよね。だってあれは私の起源となる出来事で、あの日が私にとっての誕生日なのだから」


「誕生日」


「そう……あの日、あの時、あの場所で、吟遊詩人リーベが誕生したのさ」




 アルビオンを開いた瞬間、不思議な感覚が私を包んだ。

 唐突だがここで魔術の基本について説明しよう。

 一般的に魔術の行使には3つの過程を経る。

 第一段階、魔力の励起。

 全身に存在する魔力の始点……霊穴を開く工程だ。余談だがこの霊穴が多いほど一度に生成できる魔力量が一般的に高いとされる。

 第二段階、魔力の循転

 霊穴から溢れた魔力を全身に循環させ、支配下に置く。

 第三段階、魔力の変換

 いよいよ支配下に置いた魔力を術へと変換する工程である。魔力というエネルギーを術式という道具に注入することで様々な現象を引き起こす。またまた余談だが敢えて第二段階で止め、魔力の塊を相手にぶつける使い方をする魔術使いや、精霊という超常の存在に魔力を譲渡することで奇跡の一部を授かる魔術使いもいるという。


 アルビオンを開いた時、魔力の励起が同時に起こった。

 そして、強制的に魔力が循転される。

 まるで、私の霊穴から生まれた魔力が右手を通じてアルビオンへと流し込まれていく。


「ぐ……ぅ……!」


 変化は止まらない。

 私の魔力が引き金になったのか、本全体が光り輝き、そして


「あ……ぁ……あぁあがぁぁあ!?」


 頭の中に、何かが流れ込んでくる。

 それは原初の記憶

 世界創生から今日に至るまでの軌跡

 それは生命の結晶

 誕生と滅亡、その繰り返し

 それは無限の叡智

 人類による神々への反抗、その全て



 人形《わたし》は全てを理解した。

 何故自分が空っぽの人形なのか?

 決まっている。

 空っぽの器でなければ、アルビオンを受け入れることはできなかったのだ。



「ぁは」


 自然と口角が上がる。


「あは……ははっ……ふふっ……」


 こみあげる笑みが私に生を実感させる。


「あはははははははっ!!!!」


 ありったけの魔力を本に注ぐ。

 それに呼応し、該当する情報の検索が開始される。目指すべきは魔力の暴走を抑え、整える手段だ。過去に起こった全ての事象、人々を救った偉大な英雄たち、そして奇跡を扱う魔法使いの記録を探る。


「……違う……これじゃない……違う……違う……!!」


 記録が脳を駆け巡る。

 たった一つのやり方を探すため、私は過去へ旅に出る。


「……これだ……っ!!」


 ついに見つける。

 他者の魔力に干渉し、一時的に制御権を奪う。

 その後、作成した術式を埋め込むことで恒久的に魔力の暴走を抑制する。

 いずれも達成に障害は多い工程だ。しかし、今の私なら


「ギド……」


 アルビオンが見せるレシピを参考に、魔力の暴走を抑える術式を生成する。

 さて、あとはこいつをどうやってギドに移植するかだが……


「私の歌を……聞け……っ!!」


 他者の魔力に干渉する方法は数多く存在する。

 もちろん、力づくでギドの霊穴を塞いでしまうことで、魔力の発生自体を抑えることも可能だ。しかし、あくまでこれは対症療法にすぎず、私がいなくなれば魔力の暴走は再開してしまう。そして、ギドの魔力の暴走は並大抵のものではない。下手に干渉すればさらに魔力は暴走し、最悪即死する可能性もあるだろう。だから


「ーーーーーーーーーー」


 旋律に魔力を込める。

 今回、私は暴走したギドの魔力への干渉に「歌」という手段をとった。

 厳密に言えばこの行為は術式の移植ではなく、だ。

 歌のフレーズにのせたのは、魔力だけではなく術式自体である。

 つまり、術式をギドに歌って聞かせてやり、その構成を学習させる。仕組みを理解したギドは自身の体内に自ら術式を形成することで、魔力の暴走を抑えた。


「はあ……はっ……はぁ……ふ……ぅ」


 次第に、荒れていたギドの呼吸が整えられていく。

 嵐のような魔力の流れが、鎮まって落ち着きを取り戻していく様子が私の目に映った。




「ぅ〜……まだくらくらするなぁ……」


「死ぬよりマシだろう?我慢しろ」


「冷たいなぁリーベは」


「水を恵んだだけじゃなく命も救ってやったんだ。暖かさの化身だぞ私は……ていうかちょっと待て」


「……?どうしたの?」


「リーベって誰だ」


「君の名前だよ!さっき考えたんだ!!」


「おまえ勝手に……!!」


「素敵でしょ?君の歌が聞こえた時、こう思ったんだ」


「……何をだ」


「君の歌には愛がある。他者を慈しみ、癒し、救う力があると」


「そんなもの……人形の私には」


「あると言ったらあるの!!君はもう人形なんかじゃない、立派な1人の人間さ」


 私はひどく動揺した。

 生まれてから今まで傀儡として生きるしかなく、村人からは疎まれ、ずっと孤独だった。

 私を認めてくれる人間はいない。

 ずっとそう思っていた。けれど


「人間……私が」


「そうさ、リーベ。今日が君の人としての誕生日だ!!」


「魔物に言われてもな」


「ひ、ひどい……!!」


「でも、ありがとう。……ギド、一つお願いがあるんだがいいか?」


「何かな?」


「私に歌を教えてほしい」


「君にならお安い御用さ!!」


「君じゃない」


「え?」


「リーベと呼べ」


「ふふっ……」


「な、何がおかしい!?」


「いいや、そうだね……じゃあ……何から歌おうか?」



 再び、時は現在に戻る。


「これで終わり?」


「そう、そしてこれが始まりとも言えるね」


「ギドはどうなったの?」


「術式は彼が死ぬ時まで正常に作動した。ちゃんと天寿を全うし、私が最後を看取ったよ」


「そっか……なぁ、リーベ」


「どうしたかな、アル?」


 これを尋ねて良いか僕は悩んだ。

 けれど、たぶんもう


「リーベはもうこの世界にいないのかな?」


 村にリーベを連れてきた時、不思議に思った。

 まるで他の村人にはリーベが見えていないようだったのだ。

 少し歳がいっているクレンじいちゃんならともかく、あの好奇心の塊なニールやミルがリーベのような奇特人物を無視できるわけがない。そして、現在のこの状況


「あー……そうか……うん。そうとも言えるし、そうでないとも言えるね」


「……?それは、どういう」


「君と出会った時、私の肉体は崩壊しかけていた。私は基本争いは好まないんだけど……訳あってちょっとした戦争に参加していたのさ」


 意外だ。あのリーベが戦いを……それも戦争に参加していたなんて。


「戦いは無事に終わったけれど、私はそこで重傷を負った。そこから命からがら逃げ出した私はあの森に行き着いたんだ」


「どうして僕とエドにはリーベが見えたんだろう?」


「君とエドには魔術の才能があるからさ。エドの病気がなんだったのか……今のアルならもうわかるだろう?」


「魔力の暴走……」


「霊穴症と言うそうだ。霊穴が生まれつき多い人間は魔力量も多いけれど、うまく制御できないと魔力は暴走し、最終的には死に至る」


「ギドの時と同じように、リーベはエドを助けてくれたんだね」


「そうだね。ただ、私にはもう魔力はほとんど残っていなかった。だから」


 己の命を使ってアルビオンを起動した。


「そんな……そんな、ごめん……リーベ……僕が……ごめん……どうしよう」


 僕が……僕が村にリーベを連れてこなければ。

 エドに引き合わせてしまったばかりに、リーベは死にかけだった命を完全に散らせてしまった。


「何故謝るんだい?むしろ私は君に感謝しているんだ」


「え?」


「私はね、遅かれ早かれもう完全に消えてしまうところだったんだよ」


「けれど、君とエドに出会えた。私はもうこの世界にはいないけれど、歌を通じて、そしてアルビオンの中で生き続けられる。これは君の……いや、君たちのおかげなんだよ」


「そう……なのかな」


「そうさ。……アル、一つ君達に頼みがあるんだ」


「僕で良ければ」





「エド〜準備はできた?」


「兄さんこそ、みんなとお別れは済んだの?」


「ニールとミルがなかなか離してくれなくて困ったよ……」


「ははっ……相変わらずだなぁ……さて、そろそろ行こうか」


 兄弟の姿が見えた。

 1人は右手に分厚い本を握り、1人は背中にハープを背負っている。


「さぁて、まずはどこに行こうか?」


「大きい街に行ってみたいな。オスルニアとかどう?」


「いいね、じゃあ……行こう!!」


 兄弟は歩みだす。

 やがて自分たちが語り、そして人々に語り継がれることとなるその道を。




 私は死にかけていた。

 生まれてきて後悔したことは数あれど、自分が死ぬ時のことは想像したことがなかった。

 早く死にたいと思った時期はあったけれど、今の私は死にたくはなかった。

 せっかく、この世界が楽しくなってきたのに。

 命を賭して、仲間と一緒に世界を救ったばかりなのに。

 こんなところで死ぬ自身の運命を最後まで恨めしく思う自分が嫌いになりそうだった。


「ぅ……み……ず」


 水だ。

 まずは水が欲しい。

 水さえあれば肉体は無理かもしれないけれど、ちょっとした魔術は使えるかもしれない。

 命は失っても魔力は、精神なら繋ぐことはできるかもしれない。


「みず……みずぅぅぅ!!!!」


 恥もへったくれもない情けない叫びが森にこだまする。


「はぁ……だめか」


 こんな森に誰かいるわけもない。

 そう、思いかけていた時だ。


「……」


 1人の少年が私を見つめる。

 私は何とか顔を上げた。

 一目見て分かった。

 きっと、これは運命だったのだろう。

 私は最後の力を振り絞り、声を出す。


「み……みずを」


 最初の出会いにしては随分と情けない挨拶になってしまったけれど、まあいい。

 安心した。彼ならば、任せられる。

 アルビオンを伝え、承《ささげ》られる。


 私の名前はリーベ

 いつでも彼らを見守り、語り継ぐ


 吟遊詩人さ



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

全ての武器の物語 理科 実 @minoru-kotoshina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ