第2話 ダンジョン案内~治療室~

「とりあえず、チハル殿に我がダンジョンを案内しようか」

「わあ! 楽しみ~!」

「異界の戦士として、我がダンジョンの強化につながる改善点を見つけたら遠慮なく言ってくれ! どこに魔獣を配置すべきとか、各部屋の防御の仕方とか……。チハル殿の視点で、我等では気付けぬこともあるだろう」

「うん? よくわかんないけど、わかった!」

「ぽえ~」

「さて、まずはこの部屋からいくか。ここは召喚の儀を執り行ったり魔法的な儀式を執り行ったりする儀式場だ」


 ダンジョン内に乱入してきた冒険者達を追い返した後、魔王アメジストは異界の戦士チハルを引き連れて歩き出す。

 その背後にはお供のぽえぽえスライム達がぼよんぼよん跳ねながらついてきた。

 そうして、次に魔王アメジストが案内した部屋はいくつものベッドが備え付けられた白っぽい部屋だった。

 ベッドはすべて空で清潔だが、どこか寒々しい。

 その間をフワフワ浮かぶ少女がいる。

 髪が長く、その目は覆い隠されていた。


「ここは治療室。傷ついた魔獣達を魔法で癒したり休息させるための部屋だ」

「あ、魔王様……今日はどうされました?」

「で、彼女がこの治療室の責任者、治療役のウェイリンだ」

「やっほー、ウェイちゃん! 素敵な髪の毛だね! まるで透き通るみたい……!」

「え……ひ、ひぇ……」


 宙に浮かんでいた少女はチハルに声をかけられて怯んだらしい。

 すうっ、と近くの壁に吸い込まれるように消えてしまった。


「あれ⁉ ウェイちゃん⁉ アメちゃん、ウェイちゃん消えちゃったんだけど?」

「あー、ウェイリンはバンシーと呼ばれる類のゴーストで、とても恥ずかしがり屋なんだ。自分の見た目が人を怖がらせるから、と」

「え、もったいない! ウェイちゃん、出てきてよ。ウェイちゃ~ん!」


 と、天井からひょっこりウェイリンの頭だけが逆さになって姿を現す。

 だらり、と長い髪が垂れ下がり覆い隠されていた目が見えた。

 困ったように眉を八の字にして伏し目。

 チハルや魔王アメジストを直視できずにもじもじしている。


「……あ、あの……ごめんなさい……わたしみたいな陰気なバンシー……気持ち悪いですよね……」

「え⁉ どうして? どこが気持ち悪いの?」

「……幽霊ですし……顔も見えないくらいうっとうしく伸びた髪の毛……怖くないですか……?」

「いいじゃない! 髪が長いからこそできるヘアアレンジがいっぱいあるんだよ? 色々試せて楽しいよ!」

「……え? ええ? そう……ですか?」


 そこでチハルが手招き。

 ちょっとこっち来て? とウェイリンを呼び寄せると、すかさず手鏡やらブラシやらを取り出した。


「ほら、シンプルにゴムで後ろにまとめてもいいし、このスカーフと一緒に髪を巻き込んで三つ編みにしてもかわいくない? こうやって……ほら! ウェイちゃんの髪、半透明だから原色のスカーフを巻き込むとすごくかわいいと思う!」

「……これが、わたし……?」


 恐るべき早業でウェイリンのヘアアレンジは完了した。

 手鏡の中の自分に見惚れるウェイリン。

 チハルは、会心の出来、という笑顔を浮かべている。

 魔王アメジストだけは微妙な表情だ。


「……チハル殿の力は先ほども目にしたが……それ以上に、無駄に女子力が高過ぎだと思うのだよなあ」

「ん? な~に? アメちゃん、難しい顔してどしたん?」

「いや、確かにダンジョン内で改善点があれば遠慮なく言ってくれとは言ったが、ウェイリンの見た目を改善するとか、そういうのではなくてだな……ダンジョンの強化をしてほしいわけで……」

「あ! はいはい!」


 突然、チハルが手をあげて大声出したので、魔王アメジストはあとずさってしまった。


「なんだ、どうしたのだ急に?」

「ここ、この部屋、直した方がいいところがある!」

「なに? この治療室でか?」

「ぜ~ったい! こうした方がいいって!」


 そうしてチハルは治療室の壁に手を加えた。

 元は白い壁だった。

 そこにピンクやオレンジ、黄色の花が描かれている。

 緑の山や青い空。

 今や治療室はカラフルになっていた。


「ね! この方がかわいいって!」

「い、いや、しかし、これは……」

「……素敵です! とても明るくて気持ちよくて……! さすがチハル様です!」


 魔王アメジストがたじろぐ横で、バンシーのウェイリンは長い髪を揺らした。


「しかし、病室の壁はふつう白いものと決まっているだろう? ええと、確か……血や汚れにすぐ気付けるように、衛生面からそうなっているはずで……それをこんなかわいくしてしまったら、ウェイリンも仕事しにくいのではないのか?」

「……いえ、実は白い壁は冷たい印象を与えて、緊張感をもたらしてしまうこともあります。……こういうふうにかわいくするの、患者さんにもいい影響がありますよ」

「……治療役のウェイリンがそういうなら、それでいいが……」

「へへ~。どう? いいでしょ?」


 チハルがドヤ顔で壁の絵を示す。

 魔王アメジストは溜息を吐いた。


「……私が異界の戦士に求めているのはそういうことではないのだがなあ……」

「じゃあ、ウェイちゃん! またヘアアレンジしたくなったらいつでも声かけてよ!」

「……は、はい、チハル様……その……お会いできてうれしかったです……!」


 チハルがウェイリンに声をかけると、彼女は半透明の表情を赤らめて答えた。

 それを見て、魔王アメジストはむっとする。

 そして、またぼやいた。


「……そういうのも求めてないのだがなあ……」

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乙女系元ヤン男子チハルちゃん、魔王にダンジョン召喚される 浅草文芸堂 @asakusabungeidou

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