乙女系元ヤン男子チハルちゃん、魔王にダンジョン召喚される

浅草文芸堂

第1話 はじめまして! チハルです!

 高い天井の部屋だった。

 床には魔法陣。


「……これでいいか……?」


 魔法陣の中で分厚い書物片手に角の生えた少女が1人ごちる。

 凛々しい顔つきだ。

 それからごほんと咳払い。

 同じく魔法陣の中に控える魔獣達に緊張が走った。


「……古の契約により命ずる。我が苦境に姿を現せ、異界の戦士よ……」

「ぽえぽえ~」

「ぽえぽえ~」

「……その異能をもって我に仕えよ……わが剣となりて敵を滅ぼせ!」

「ぽえぽえ~」

「ぽえぽえ~」


 魔法陣の中の魔獣達も少女に合わせて詠唱する。

 だが、何も変化はない。


「……どうした? 異界の戦士? これで間違いないはずだ……。なぜ、現れない……? まさか召喚の書が間違っていたのか? ……くっ! これでは我がダンジョンはもうお終いだ……」

「ぽえ~……」


 角の生えた少女はがっくりと膝をつき、周りの魔獣達──水色のぽえぽえスライム達──もがっくりと肩を落とす。

 と、その時だった。

 突然、部屋の天井に青白い光が瞬き、轟音と共に黒い穴が開いたのは。


「わわ! なになに~⁉」


 その黒い穴から、小柄な人影が吐き出されてくる。

 高い天井からの落下。

 だが、その人影は危なげなく着地した。

 体を捻ってのそれは、まるで猫のよう。


「……びっくりした~! こんなふうに呼び出されるんだ~」

「おお! よくぞ我が呼びかけに応えてくれた、異界の戦士よ! その異形の力を是非我が軍のためにふる……って……?」


 角の生えた少女の言葉が途中から曖昧になる。

 うん……? と首を捻った。


「……あー……君は異界の戦士……なのか?」

「え? よくわかんないけど、そうなんじゃない?」

「……それにしては、その……」


 少女は口を濁す。

 戦士にしては可愛すぎない? とは言えなかったからだ。

 小柄で華奢。

 綺麗に切り揃えられぱっつん髪は薄い金色。

 細い首はぶかぶかのパーカーに埋もれるよう。

 ここダンジョンでは嗅いだことのないような花の香が、ふわっと漂った。

 手の先の袖は余り、ぷらぷらさせている。

 その高い声と合わさって、実にかわいい子供っぽい。

 そして、なによりその表情だ。

 大きな瞳がくりくりとよく動く。

 猫みたいな口元をしていて、いたずらに笑うその顔は、戦士というより天使。

 中性的な顔立ちで、ぱっとみたら女の子と見間違うだろう。


「……あー……そ、そうか! 戦士とはいえ、君は魔道をよくするタイプなのかな? それなら筋骨隆々のごつい戦士でなくても不思議はない。うむ! ようこそ、異界の戦士! 私はこのダンジョンを支配する魔王アメジストだ」

「へえ~、魔王なんだ! 僕はチハル。ユウキ・チハルだよ! 高校1年生! これからよろしくね、アメちゃん!」

「アメちゃん……?」


 魔王アメジストはこれまで呼ばれたことのない呼称で呼ばれ、目を瞬かせた。

 一方のチハルは目を輝かせる。


「わあああ! かわいいー!」

「ぽえぽえぽえぽえー⁉」


 チハルは近くにいたぽえぽえスライムを抱きかかえる。驚いたぽえぽえスライムが鳴き声を上げた。


「ぽよんぽよんしてるぅ~! 手触り最高~!」

「ぽえぽえ~」

「ぽえぽえ~」


 ぽえぽえスライム達はぷよんぷよん跳ねながらチハルから逃げ出した。


「え? あれ? ど、どうしてぇ~? あ! 君も逃げないでよ、ぽよぽよちゃん!」

「ぽえ~ぽえ~!」


 チハルの手からびんよよよんと跳ねて逃れたぽえぽえスライムは、魔王アメジストの肩に飛び移り、震え出した。


「どうどう、落ち着くのだ……チハル殿、ぽえぽえスライム達が何か粗相をしたのだろうか? だったらすまない! 謝るからもう勘弁してやってくれないか? とても怯えている」

「え? ええー⁉ そんなぁ……。なんで僕のことそんな怖がるの~?」

「チハル殿は異界の戦士。恐るべき力を持つ者だ。そんなチハル殿に突然掴まれて、ぽえぽえスライム達は食べられるのではないかと怖がっている」

「食べないよっ⁉ そりゃ食べちゃいたいくらいかわいいとは思うけど~……」

「では、チハル殿はなぜぽえぽえスライムに掴みかかったのだ?」

「掴みかかったんじゃないよ~。撫でたかっただけ」

「撫でる? どうして?」

「ええ? だってかわいいもん。撫でたくなるでしょ?」

「……かわいい? これが? ぽえぽえスライムが? ……魔獣なのだぞ?」

「えー? 関係なくない? かわいければ別に魔獣でもロボでも」

「ろぼ……? それは何……」

「あ、でも、こうしてみるとアメちゃんもかわいいね! その角、とっても似合ってる!」

「は⁉」


 魔王生活16年。

 可愛いなどと評されたことが初めてだったため、魔王アメジストは固まってしまった。


「あ、そーだ! 僕、異世界にお呼ばれするの初めてだから、気合入れてクッキー作ってきてみたんだよ! もしよかったら食べてくれる?」

「かわ……あ、いや、なに? クッキー?」

「ぽっえー?」


 魔王アメジストは問い返し、ぽえぽえスライム達はざわついた。


「え……クッキー作ったって……自分で焼いたのか? 異界の戦士が?」

「そうだよ? 見てー! ラッピングかわいいでしょ? これ準備してたらちょっと遅れちゃった!」

「……この異界の戦士、女子力高過ぎない……? ……うんまっ⁉」

「ぽえー! ぽえー!」


 魔王アメジスト、渡されたクッキーを口にして絶句する。

 ぽえぽえスライム達も池の鯉がエサを乞うかのように寄り集まり、荒ぶった。


「えへへ、美味しい? もっとあるよ~」

「ぽえええ!」

「た、確かに美味いが……まさか! あとから『食べたな? じゃあ金貨100枚払いな』とかそういうつもりではないだろうな⁉」

「ちょ、ちょっとアメちゃん⁉ 僕のことなんだと思ってるの?」

「い、いや、だって、極悪非道の異界の戦士ならそういうあくどい真似もするんじゃないかと……」

「もー! アメちゃん、ふざけてるの? そんな心配しないで、安心して食べてよ」


 その時だった。

 天井の高い部屋の扉が蹴り開けられたのは。

 硬い金属が打ち付け合う音が響き、扉の向こうから男達がのっそりと入り込んでくる。

 先頭に立つ金属鎧の男が魔王アメジストを睨みつけて来た。


「……ほう、これはこれは。こんな浅い階層で魔王さまに出会えるとはついてるな」

「くっ! 冒険者共か……!」


 不快な笑い声をあげながら、冒険者達がぞろぞろ姿を現す。

 全部で5人の男達だ。


「魔王を討伐すりゃこのダンジョンの攻略も完了だ。ギルドからたんまり報奨金をもらえるぜ」

「こりゃ勇者達より早く攻略できそうだな! ついてる!」

「……くそ、舐めおって……」


 歯軋りする魔王アメジスト。

 金属鎧の男はせせら笑った。


「どうした? お供は弱っちいスライムに小僧1人か? そんなお供だけで俺達高レベルパーティに勝てると思ってるのか?」

「ん? お供の小僧って……僕のこと?」


 チハルは自らを人差し指で指しつつ、魔王アメジストに問う。


「えーと、あの人達、アメちゃんの知り合い?」

「敵だ……! 我がダンジョンを荒らす冒険者共……! くそ、召喚の儀を行うのにぽえぽえスライムしか連れてこなかったのはまずかったか……!」

「後悔先に立たずだなあ、魔王!」

「ぽえー」

「ぽえー」

「ぽえぽえうるせえんだよザコが!」

「ぽえええ⁉」


 冒険者の1人が近くのぽえぽえスライムを蹴り飛ばした。

 蹴られた方はゴムまりのように弾んであちこちに跳ね返りながら悲鳴を上げる。


「ちょっと! 乱暴なこと止めなよ」


 チハルがぷうっと頬を膨らませて、冒険者達の前に立つ。


「……ああ?」

「ぽえぽえちゃん達、君達に何もしてないでしょう? かわいそうじゃないか」

「はあ? 魔獣がかわいそう、だぁ?」

「そうだよ、そんなことしないでさ……」


 不意に表情を崩し、にこっと笑いかけるチハル。

 差し伸べた手の先にあるのは赤い包装紙にくるまれたクッキーだ。


「君達も、クッキー食べない? 甘いもの食べたら、きっと気持ちも落ち着くよ?」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ、チビ!」


 金属鎧の冒険者がチハルの手を払い、怒鳴った。

 床に落ちたクッキーをそのまま踏みつぶす。


「すっこんでろ間抜けが! 今からお前達は俺達が全員ぶちのめ……」


 ガンッ!

 金属のひしゃげる音がして、その冒険者が体をくの字に折り曲げる。


「お……ごっ」

「……誰がチビだ……?」


 チハルはその右拳を冒険者の腹深くにめり込ませていた。

 金属鎧を貫通している。


「……なあ、誰がチビで豆粒で目に入らねえ小学生男子だ?」

「そんなこと言ってな……」

「心の声で言ってただろうがっ!」

「もっ⁉」


 今度は左の拳でその冒険者の顎を打ち上げた。

 びょーん、と体が一直線になって天井にめり込む。


「う、うお⁉ な、なんだこいつ⁉」

「なんて馬鹿力だよ⁉」

「さあ! お前らも飛ぶか⁉」

「うわ、うわわわ!」

「ぎゃああああ⁉」


 素手のチハルに散々打ちのめされ、冒険者達は泣きながら逃げ出していった。

 残ったのは、もー、汚れちゃったよ、などとぶつぶつ文句を言うチハルと魔王アメジスト達だけだ。

 魔王アメジストは壁や天井に開いた穴を見、それからチハルに目を戻した。

 華奢で小柄なかわいい男子に。


「チハル殿、君は一体……」

「……えへ。僕は異世界のかわいいものを見たくて召喚に応じたんだよ。これからよろしくね!」


 そういって笑うチハルこそが最もかわいかった。


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