最終章 僕らは忘れられてしまいそうで

それから、僕たちは残された二日間で旅行に行った。


昔一緒に渡ると約束した大きな吊り橋を渡る途中、


僕たちは震えながら空元気で怖くないと、威張り合った。


その日、僕たちは小さな温泉街に泊り、幼き日のことを語り合った。


僕が彼女が捕まえた足の多い虫に内心気が気ではない気持ちで接していたことや、


徒競走で彼女が転んだ時に、僕が人目をはばからず泣いてしまったこと。


本当に挙げれば挙げるほど、僕が彼女を好きでいることがあからさまな話が出てきて、


僕が真っ赤になった辺りで、彼女は満足そうにからからと笑って、話を切り上げた。


「そういえば、僕も君に大事なお願いがあるんだ。ああ、心配しなくてもだれかのような非道なお願いはしない」


また、彼女は頬を膨らませていう。


「あれは、あなたがどういう反応をするか見てみたくもあったんですよ」


「それはもう、狼狽えに狼狽えたさ。君の頭にしっかりと残されていないことを祈るよ」



それは残念でした、と彼女は舌を出す。



「じゃあお願いの話。ついてきてくれるかな? 」


「もちろんです」


彼女は立ち上がる。


僕は彼女の手を引き、目的の場所に向かう。


もう夜も深く、人の気配は一つもしなかった。


人の手で作られた小さな雑木林を抜けると、そこには大きな池が広がっていて、


中には色とりどりのたくさんの鯉がいた。


彼女が感嘆の声を出すのが真横で聞こえる。


「綺麗だろ? 」


「そうですね。綺麗です」


彼女は目の前に広がる、月明かりが照らしていて、どこか幻想的な池に見入っていた。


それで、と僕は話をはじめた。


「なんで僕は君とこうして触れ合うことができるんだろう? 」


彼女は不思議そうに僕を見る。


「それはあの伝承のおかげだと思うのですが」


「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないと思う」


彼女はさらに首を掲げる。


「クイズをしようか。それが当たれば、君は驚くよ」


彼女は、よくわかりませんが、わかりました、と頷く。


「今年の夏祭りでりんご飴を売っていたおじさん。あの人は十年前も同じようにいたよね? 」


「はい。よく覚えていますよ。感じのいい人でした」






























「あの人は、ずっと前に亡くなっているんだ」


彼女が驚愕に目を見開く。


「なんで亡くなった人を僕たちは見ることができたんだろうね」


「まさか」


そう、と僕はいう。


「僕は今年の夏祭りの日に、死んでいるんだ」


もう彼女は何も言えないようだった。


夏祭りの伝承には続きがある。霊媒師が魂を呼び出す際、生贄が必要なのだと。


それは僕たちが良く知る鳥居で行われていたらしい。


「僕はそこで命を絶った」


絶句していた彼女の口が開く。


「そんな、私のせいであなたが」


「いや、きっとそれは違う」


僕は彼女にいう。


「君はずっと、十年間あの鳥居で僕を待っていたんだろ」


彼女は愕きにさらに目を開く。大きく見開かれた、綺麗な瞳に月が映るのが見えた。


「なんで、それを知っているんですか」


「あの鳥居の下で再開した時の君の様子、と、君の成長。外見ではなくて、心の」


あとは勘だね、と僕は続ける。


「つまりは胡散臭い霊媒師が呼び出さずとも、君はずっとあそこで待っていた」


だから、と僕はいった。


「十年か。遅くなってごめんね。約束する、もう決して君を一人にしない」


彼女は泣いた。


隠すような嗚咽ではなく、大きな嗚咽で、僕に抱き着いた形のまま、泣いていた。


僕は彼女の小さな体を抱きしめ、言葉を紡いだ。


「これからどうなるかなんて分からない。二人とも未練がなくなったのなら、普通に考えると成仏してしまうのかな」


でも、と続ける。


「どこにだって一緒にいこう」


彼女が腕の中で頷くのを感じる。


「君を愛している」


彼女は顔を上げて泣き笑う。


ずるいですよ、弱ってる女の子に付けこんで、と彼女はいった。


そして彼女の形の良い唇が、言葉を紡いだ。


「十年前からずっと、あなたを愛しています」


僕たちは抱き合ったまま、お互いの瞳を見た。


二人して赤くなった顔は、決して目を逸らさず、吸い寄せられるよう近づいていく。















月夜が照らす綺麗な水面は、確かに二人の姿を映していた。


そこへ一匹の大きな鯉が、その尾で池水を弾く。


激しく波だった水面はやがて、その玲瓏さを取り戻したが、


そこに二人の姿を映し出すことは二度となかった。

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初夏、美しくて。 @ylllll

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