第55話 ロイスの訪問
翌日、手紙に記された時間帯に約束どおりロイスがやって来た。
急な訪問で驚いたけど相手は王族。拒否することは難しいこともあって急なことだけど会うことになった。
「お嬢様、王太子殿下を連れてきました」
「通して頂戴」
「かしこまりました」
家令とのやり取りを終えるとドアが開いてロイスと対面する。
不安そうにこちらを見るロイスにふわりと微笑んで一度、臣下としての礼をしようと挨拶する。
「殿下、本日はお越しになり誠に──」
だけどそれは最後まで出来なかった。
なぜなら、挨拶の最中にロイスに抱き締められたから。
「……殿下? ……ロイス? どうしたの?」
一度殿下と呼ぶもロイスと言い直す。
しかし、ロイスは返事をせずに私の肩に顔をうずめたまま、力強く抱き締めるので困ってしまう。
どう剥がそうと思っていると耳元にポツリと何かを呟いたので注意して耳を傾ける。
「よかった……。無事で、本当によかった……」
「…………」
震えるように何度もよかったと呟くロイスを引き剥がせなくなる。だって、こんな状態のロイスを剥がすのはどうかと考えてしまう。
……それに、優しいロイスだ。きっと、私のことを聞いてずっと心配していたんだろうと簡単に予想がつく。
なので優しくロイスの背中をポンポンと叩いて言いたいことを言う。
「ロイス、きつい。力緩めて」
「! ご、ごめんっ……。
「平気よ。大袈裟よ」
「大袈裟じゃないよ。聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ。すぐにでもメルディアナの様子を見に行きたかったけど父上に止められて……。本当に大丈夫?」
眉を下げながら何度も私に怪我の有無を尋ねるロイスは私より身長が高いのにまるで仔犬のよう。その姿に思わず笑ってしまう。
「本当に大丈夫よ。ロイスが傷つくような嘘、私がつくと思う?」
「……思わない」
「ふふ、でしょう?」
笑いながらよしよしとロイスの頭を撫でてあげると少し恥ずかしそうな表情をする。その表情に頬が勝手に緩んでしまう。
「懐かしいわね。昔、よくこうロイスの頭を撫でてあげていたわね」
「……そうだね」
そう言いながら幼い頃を思い出す。
出会って最初の一年くらいはロイスは泣き虫でよくこうして頭を撫でてあげていたなと思い出す。
あの時はお互い同じくらいの身長だったから簡単に頭を撫でていたけど、今のロイスは私より背が高いので撫でるのが少し大変だ。
「覚えてる? 最初の頃、中々剣術が上達しなくてよく泣いていたわよね。あとはテストで私に負けた時とか」
「……うん、覚えてるよ。僕が悲しくて悔しかった時、メルディアナはいつもよくこうしてくれたね。……でも恥ずかしいから忘れて」
「あら、それは難しいお願いね」
ふふ、と笑うとロイスが再び恥ずかしそうにして顔を隠す。そろそろ揶揄うのはよそう。
「ありがとう、心配してくれて見に来てくれて。忙しかったでしょう?」
「メルディアナの無事を確認するためならどうってことないよ」
お礼を言うと機嫌を直してくれたのか、ロイスが私を見てそう返してくれる。相変わらず友達思いだなと思う。
「座って。ロイスの好きなお茶を淹れたから」
「ありがとう」
向かいの席に座るように促し、私も向かい側に座る。私のは少し冷めてしまったけど、それでもおいしいなと思う。
ロイスが一口含んだのを確認して気になっていたことを問いかける。
「でも驚いたわ。急に会いたいって手紙が来て。いつ知ったの?」
「知ったのはすぐだと思うよ。内務大臣……カーロイン公と父上が最終日の建国パーティーのことで会話していてそこに僕もいたんだ。それで、突然公爵家の家令が公爵に用があるって連絡が来て。帰ってきた公爵の様子が違うから問いかけるとメルディアナが襲われかけたって聞いて……。本当に、心配したよ」
「そうだったんだ。心配ありがとう。でも大丈夫よ、怪我一つしていないわ」
ニコリと無事を伝えるために微笑みながらそう告げる。それにしても父と仕事していたのか。道理で早く伝わったなと思った。
「メルディアナ、誰か分かる?」
「さすがに予想出来ないわ。判断材料が少なすぎるもの。……でも、荒くれ者たちの標的は私だけじゃなかったわ」
昨日のことをも言い出しながらロイスに語っていくと、ロイスの目が心配から真剣な目に変化する。
「……それは、他にもいると?」
「ええ。多分、雇い主の狙いは私とオーレリアね。私だけなら犯人はいくらでも候補がいて絞り切れなかったけど、オーレリアも含まれているのなら少し変わるわ」
「つまり、学園の人間だと?」
ロイスが短く答えを述べる。その言葉に頷く。
「ええ。オーレリアは王都のパーティーに殆ど出ていない。だから社交界ではさほど目立っていないはずよ。……でも、学園では違う。三学期の件は広まっているから王妃候補の令嬢が親に頼み込んでけしかけた可能性も否定出来ないわ」
オーレリアは王都の社交パーティーにあまり参加していない。本人曰く、豪華すぎて緊張してしまう、と。
だからたまに参加していても家族の後ろに隠れて大人しく過ごしているので目立ちにくいはずだ。
しかし、学園なら話は変わってくる。三学期の噂でオーレリアに悪感情を持っている令嬢はいるだろうし、王太子であるロイスに近付く少女として王妃候補の令嬢に目を付けられていてもおかしくない。
「捕まえた荒くれ者たちは今警備隊とカーロインとウェルデンの連携で尋問しているからそのうち雇い主の特徴が分かるはずだけど」
「ウェルデン公爵家も?」
「お祖父様が昨日
「ヘルムートか……。ヘルムートはメルディアナをかわいがっていたからね」
「だから数日したら分かると思うわ。しばらくは王都へ行かずに寮で過ごすつもり」
私たちが通うエルゼバード学園は王侯貴族が通う学校だ。名家の学生を預かっていることもあって警備は厳しく、外部からの侵入は難しい。
なのでしばらくは寮で過ごすのは賢明だ。
アロラとオーレリアにもその方がいいと伝えるべきだろう。あとで手紙を送ろう。
「……アロラとマーセナス嬢は無事だったんだよね」
「ええ。オーレリアたちに手紙を送らなかったの?」
「送ったよ。本当は直接無事か確認したかったけど、いきなり僕が屋敷に来るのはダメだろう?」
「ちょっと待って。私ならいいって思ってる?」
「メルディアナなら別に困らないだろう?」
ロイスは昔、私の屋敷に来たことがある。だからそんな風に言うのだろうけど私だって十分驚いたんだけど?
……でもまぁ、オーレリアならもっと驚くだろう。いきなり王太子であるロイスが屋敷に来ると聞いたらオーレリアだけじゃなくて屋敷に滞在している家族たちも大騒ぎするだろう。
「……話を戻すわ。お父様たちはこの件を公にはするつもりはないわ」
「そうだろうね。仮に広がったら醜聞で皆おもしろおかしく尾びれ背びれつけていくだろうね」
「ええ。依頼主も失敗したから広げようとはしないはずよ。広げてしまったら自分が犯人だって教えているようなものだもの。だからしばらくは静観でしょうね」
荒くれ者を使ってけしかけようとして失敗したのだ。これで大人しく私とオーレリアから手を引いてくれたら結構なんだけどそれは希望的観測に過ぎない。
だから雇い主が誰か吐いてくれた方がいいんだけどと考える。
そんな風に考えごとをしていると正面から視線を感じて目を向けて首を傾げる。
「? ロイス、どうかした?」
「……メルディアナ、明日のパーティーには参加するつもり?」
「え?」
尋ねると逆に尋ねられてしまった。明日のパーティーとは最終日のパーティーのことか。
パーティー自体は三日間開催されているけどやっぱり一番盛り上がるのは最終日の三日目のパーティーで、数多くの貴族に近隣諸国の王族や貴族も来る。
「さすがに人目が多いパーティーの最中にメルディアナに何かしてくることはないと思うけど不安だから。……僕は無理にパーティーに参加する必要はないと思う」
「ロイス……」
「メルディアナが強いって知ってるよ。でも、僕はメルディアナの身が一番大切なんだ。危ない目に、遭ってほしくないんだ」
「…………」
真剣な瞳で、でもそこには切実な思いも含まれていて黙ってしまう。
澄んだ晴天のような水色の瞳は優しく私を見つめていて、私を案じてくれているのが感じ取れる。
その思いが嬉しい。じんわりと胸の奥がポカポカと温かくなる。
「……ありがとう、ロイス。いつも私の側にいてくれて心配してくれて。……でも参加するわ」
微笑みながら感謝の言葉を伝えるも、自分の思いをはっきりと告げる。
「今までも王妃狙いの令嬢と言葉の喧嘩をしたことがあるわ。だから今までと同じなら別にそこまで気にしなかったわ。……でも今回は違う。荒くれ者を雇って襲わせようとするのはさすがに許せないわ」
しかも、ターゲットは私だけじゃない。オーレリアにも手をかけようとしたのだから見過ごせるわけない。
「明日の夜会は参加するわ。王妃狙いの令嬢となると伯爵家以上。ロイスに陛下、王妃様と関われる機会だからきっと参加していると思うわ。そこで元気な姿を見せてやるわ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら答える。残念ながら私は襲撃されて怖がって大人しく泣く女じゃない。むしろ、犯人を見つけるために面倒な夜会に笑顔で参加して探しに行くタイプだ。
「残念だけど止めることは出来ないわよ。決定事項だもの」
「……メルディアナならそう言うかもしれないって思ってたよ。……分かったよ。でも、一人で行動せずに危険なことはしないでね」
どこか分かっていたような表情を浮かべながらロイスが苦笑いする。さすが幼馴染。長年の付き合いで私の考えが読めるようだ。
「勿論。弱くないから安心して」
だからもう一度ロイスに安心してもらうためにニコリと笑ったのだった。
***
ロイスが帰ってからケイティを連れて自分の部屋へと向かいドレスが収納されているクローゼットを開ける。
「えっーと……あ、あった」
「どうしたのですか、お嬢様」
「ん? 明日のドレスの色を決めたのよ。ケイティ、明日はこれを着るわ」
「! 緋色ですか……」
私が手に取ったのは緋色の一目で一級品であると分かる美しいドレスだ。触っていても手触りがいい。
「いいのですか? お嬢様は派手な色であまり好いてはいなかったでしょう?」
「でも私の髪色や顔立ちには合うもの。……売られた喧嘩は買わないといけないでしょう?」
不敵に、意地悪そうに微笑みながらケイティに返事する。
そう、これは私に対する宣戦布告だ。なら、買わないといけないだろう。
「カーロイン公爵家の底力を見せるわよ。ドレス、アクセサリーは勿論、髪型にメイクもね」
「──かしこまりました、お嬢様。明日のパーティーは一段と美しくしましょう」
そして私の宣言にいつもと違うと感じ取ったケイティが美しい礼をして返事をしたのだった。
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