第56話 建国祭・夜会1

 建国祭最終日。

 最終日である三日目は国内の貴族は勿論、近隣諸国からも客人が来ていて一番盛り上がる行事だ。


「出来ました、お嬢様」


 メイクをしていたケイティからそう告げられてゆっくりと目を開く。

 鏡に映る自分はメイクをしていることもあっていつもより大人びて見える。ウェーブをしたハーフアップに目鼻立ちがはっきりとしたメイクは緋色のドレスにルビーのイヤリングも相まっていつもより華やかな印象を与える。


「お疲れ様、よく出来てるわ」

「お嬢様は派手だと好みませんが、緋色のドレスを着こなしてよく似合っています」

「貴女の技術のおかげよ。さて、夜会へ行きましょうか」

「お気を付けください」


 侍女として礼をするケイティを一瞥して微笑みながら返事する。


「大丈夫よ、行ってくるわ」


 ケイティにそう告げると部屋を出て階段を下りてエントランスホールへ向かう。

 そしてそこで待っている相手に微笑みながら名を呼ぶ。


「ライリー、お待たせ」

「メルディ」


 気付いたライリーがニコリと穏やかな笑みをこちらへ向ける。

 今日の夜会のエスコートは従兄のライリーでこれから一緒に王宮へ向かう。

 お兄様がしようかと言ってくれたけど、お兄様には婚約者がいる。なので今回はライリーに頼んでエスコートをしてもらう予定だ。


「叔母上とジュリアンは?」

「お母様は先に夜会に行ってるわ。社交界の華って忙しいみたい。お兄様は婚約者の方をエスコートするために伯爵邸へ行ってるわ」

「そっか。じゃあメルディで最後ってことか」

「そうよ」


 ちなみに父は言わずもがな仕事で朝早くから王宮へ行っている。今頃は仕事が終わって夜会に顔を出しているところだろうか。


「それじゃあ行こうか。お手をどうぞ」

「ええ」


 ライリーの手に手を重ねて馬車に乗ると馬車が動き出す。

 カタコト、という音と僅かな振動に揺られていると向かいに座るライリーが私のドレスを見て話しかけてくる。


「それにしても今日は派手なドレスだね。以前、緋色のドレスなんて目立つから嫌だとか言ってなかったっけ?」

「今日はこれが着たくて。私を襲撃しようとした雇い主もきっと参加しているから元気な姿を見せないと癪に障るわ」

「ああ、なるほどね」


 理解の早いライリーが納得したように頷く。私が襲撃されたことはアルビーもライリーも知っている。

 私が王妃になるかもしれないと害をなしてきた人間だ。相手も王妃になれるくらい高位貴族のはずだ。

 ならきっと今日の夜会に参加している。ロイスと会える機会だし陛下と王妃様に自分をアピール出来る貴重な機会だから。

 だからこそ参加しないといけない。私は無事だと知らしめるために。


「さぁて、どんな反応するのかしら」


 あからさまに動揺したらその人物が犯人だろう。だけど、そう簡単に犯人を見つけられないと考えた方がいい。

 中央貴族の令嬢はなんだかんだ世間慣れしている。動揺したらバレるってことくらい分かっているだろうから簡単には見せはしないだろう。

 それでもいい。今回の目的は私が無事であるということなので目立つドレスで参加して見せつける必要がある。


「一応言うけどメルディ、今日は人が少ないところに行ってはいけないよ」

「分かってるわよ。お父様やお兄様にも言われてるわ」


 二人には難色を示されたけど私が説明すると注意されながら認めてくれた。だから参加するけど迷惑かけるようなことはしないでおく。


「まぁ、お祖父様も今日の夜会に参加するから大丈夫だろうけど」

「お祖父様も参加するの?」

「そう。兄上も参加する予定」

「そうなんだ」


 お祖父様も参加するのか。当主を譲ってから夜会には殆ど参加していなかったからきっと注目を集めるだろう。

 私の家にウェルデン公爵家も参加するのだ。私に危害を加えようとする人間はいないと思うけど気を付けるに越したことはないので気を付けておこう。


「そういえばどう? 雇い主の名を吐いたの?」

「分からないわ。尋問を主導しているのはお父様とお祖父様だもの。そのお父様は建国祭だから連日仕事で忙しいから聞けないし。お祖父様は? 何か言ってない?」

「悪いけど知らないな。僕が指示しているわけじゃないからね。でも数日中に吐いて誰が雇ったかは分かると思うよ」

「……それもそうね」


 公爵家が警備隊の尋問に参加するのだ。しかも二つの公爵家。生易しい尋問ではないのは簡単に想像がつく。

 でも相手は私が公爵令嬢と分かった上で襲撃してきたのだから同情は出来ない。

 予想外だったのは私がか弱い令嬢ではなくて武闘派だったことだろう。雇い主は私が剣に通じていることは知らないのか、もしくは舐めていたかのどちらかだろう。


「三年生の方で怪しい人物っている?」

「どうだろうね。僕も観察していたりするけど茶会でやっているのか見当つかないね」

「そう……」


 三年生も怪しいと思うけど分からないのなら仕方ない。どっちみち、オーレリア一人ならまだしも私に手を出したので時間の問題と考える。

 ある意味、私も巻き込まれたことで一気に進展するかもしれない。学園で嫌がらせをしている人間と同一人物かもしれない。


「何はともあれ、メルディ。人が少ないところに近付いてはダメだよ。一人でも人が多いところにいてね」

「もう、分かったから。大丈夫よ」


 再三注意の言葉をかけるライリーに苦笑しながら返事したのだった。




 ***




 王宮はロイスに会いに行ったり王妃様主催のお茶会に行ったりしていて馴染み深い。

 なので特に迷うことなくライリーと一緒に今日の会場であるダンスホールに歩いていく。

 ダンスホールの前で王宮の騎士と使用人に名を告げて受付を終えて入場すると既に半分ほどの招待客が来ていて視線が一斉にこちらへ向く。

 公爵家の入場はどうしても注目が集まる。なので微笑みながら優雅に進んでいくもあっという間に囲まれる。


「ライリー殿、カーロイン公爵令嬢。こんばんは」

「本日はライリー殿と一緒なのですね」

「はい。この前はアルビーが担当だったので本日は僕がエスコート役を」


 話しかけてくる子息たちにライリーがにこやかに応対していく。その隣で私も同じく応対する。


「カーロイン嬢、こんばんは。今宵はとても美しい緋色のドレスなのですね」

「はい。今日は明るい色を着たくてこのドレスにしたんです」

「このような明るい色も着こなすとはさすがメルディアナ様ですね」

「まぁ、大袈裟ですわ。本日は気まぐれでこのドレスにしただけなんです。でも、ありがとうございます」

「おほほ、ご謙遜を。朱色の瞳とよくお似合いですわ」

「ありがとうございます。子爵夫人のドレスも素敵ですわ。そのドレスはマダムミリアーヌの最新のドレスですね。夫人の金色の美しい髪にぴったりですわ」


 子息に令嬢、夫人の賛美に微笑みながら返事をする。

 中には子息からダンスに申し込まれるも軽やかに躱して周囲を観察する。分かっていたことだけど、王家主催の夜会だから人が多くて応対するのが大変だ。

 微笑みながら応対していくとようやく少し落ち着いて小さく息を吐く。よかった、ようやく解放された。


「じゃあ僕、友人に挨拶するから」

「うん。応対、ありがとう」

「どう致しまして。じゃあね」


 小さく手を振ってライリーが友人の元へ向かう。

 私も誰か知り合いがいないか探しているとアロラとステファンを見つけて近付く。


「アロラ、ステファン。ごきげんよう」

「あ、メルディ。ごきげんようっと」

「メルディアナ様。こんばんは」


 気付いた二人が挨拶を返してくれる。他の人に捕まる前に二人に会えたのは幸運だ。


「今日は明るいドレスを着ているのですね」

「ええ。たまにはこういう色も着たくてね」

「似合ってるね」

「アロラもレモンイエローのドレスよく似合ってるわ」

「えへへ。ありがとう」


 朗らかに笑うアロラを見て内心ほっとする。あんなことあったばかりだけどいつもどおり笑っていて少しだけ安心する。


「ステファン」

「すみません、友人に挨拶してきます。メルディアナ様、アロラをよろしくお願いします」

「分かったわ」


 会釈しながらステファンが去っていき、私とアロラの二人だけとなるので小声で会話する。


「あんなことがあったけど元気そうでよかったわ」

「私は巻き込まれただけだからね。メルディこそ、無茶しないでよね」

「分かってるわよ。気を付けるわよ」


 頬を膨らませて注意してくるアロラに答える。あの時は不測の事態だったからああしたけどそう何度も経験したくない。


「オーレリアは? 確か今日の夜会には参加するんでしょう?」

「その予定だよ。辺境伯夫妻と一緒に行ってねって伝えたから一緒に来てると思うけど……そういえばオーレリアちゃん親知らないや」

「私は知ってるから大丈夫よ」

「さすがメルディ。よかったよかった」


 隣で呟くアロラを無視しながらホールを見渡す。オーレリアは珊瑚色の髪で比較的目立つのですぐ分かるけどその珊瑚色の髪が見当たらないのでまだのようだ。

 両親と来ているのなら大丈夫と思うけど……もしオーレリアがいなかったら辺境伯夫妻に挨拶を兼ねて尋ねた方がいいだろう。


「ねぇねぇ、何か食べない?」

「飲み物くらいなら付き合うけど食べるのはいいわ」

「えー。ならケーキくらいで我慢しようかな」

「その方がいいと思うわよ。食べ過ぎたらダンスがたいへ──」

「まぁ、メルディアナ様にアロラ」


 アロラに警告しているとそれを遮るかのようにカツン、とヒールの音を大きく響かせて話しかける。

 その声に反射的に顔が歪みそうになるのを堪える。会いたくなかった相手がやって来た。


「ごきげんよう、メルディアナ様。美しい緋色のドレスですわね?」


 扇子で口許を隠しながらも好戦的にこちらを見るのは犬猿の仲であるハンナ・ルーヘンで、獲物を見つけたかのようにこちらを見つめていたのだった。

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