第54話 見えない雇い主

「ユーグリフト……? なんでここに……?」


 ユーグリフトの側には男が倒れていて、ユーグリフトが制圧した瞬間も見ていた。

 しかし、同時にどうしてここにいるのだろうと頭の中を覆い尽くす。

 そんな私を無視してユーグリフトは私を一瞥するとナイフを私たちの方へ蹴ってくる。


「コイツで最後?」

「え? ……うん。奥にもいるけど皆気絶しているし」

「そう。……縄はない? 拘束したいんだけど」

「そんなの持ってないわよ。ケイティは?」

「私も持ってませんね。そもそも、こんなこと想定していなかったので」

「……それもそうね」


 全員持っていないということになり一瞬、沈黙となる。仕方ないじゃないか、まさかこんな目に遭うとは思わなかったのだから。


「……ま、もうじき警備隊が来るからいいか」


 納得したように呟くユーグリフトだけど私はまだ納得していない。どうしてここにいるのだろう。


「私の質問に答えて。なんでここに?」

「オルステリヤとマーセナスに会ったんだよ。ただごとじゃない様子で走ってるから取っ捕まえて話を聞いたら誰かにつけられていてカーロインが囮になってるって聞いて駆け付けたんだよ」

「駆け付けたの?」


 思わずユーグリフトの言葉を復唱する。だから肩で息をして汗をかいていたのか。

 なんというか……意外だ。この前もそう思ったけど、ユーグリフトは案外ほっとけない人間のようだ。


「そう。で、駆け付けたらコイツが俺を見て叫んでナイフを振り回して来たから制圧したってこと」

「……ありがと。おかげで怪我人を出さずにすんだわ」


 もしこのままこの男が大きな街道へ逃げていたら怪我人が出ていたかもしれない。ユーグリフトが制圧してくれてよかったと思う。


「お嬢様、こちらの方はお知り合いですか?」

「ええ。クラスメイトよ」

「そうですか。では私は気絶した男たちを見張っておきますので何かあればお声がけください」

「分かったわ。でも私の目に届く範囲にいなさいよ。いつ目覚めるか分からないから」

「かしこまりました」


 そして最後の男の襟元を掴んで引き摺りながら私の目が届く範囲で待機する。ユーグリフトも警備隊が来るまで待つと言っていて一緒に待つことになる。


「二人が警備隊の元へ避難したところまで見た? 多分、二人を追う人間もいたと思うんだけど」

「見てないけど目と鼻の先だったし大丈夫だと思うけど。それに今日のように人目があって広い街道で誘拐なんて出来やしないから大丈夫だと思うけど?」

「……そうよね」


 人目が多いところで犯行に及んだらそれだけ目撃者がいて捕まるリスクが高くなる。だからこそ、二人を安全に逃がすために広い道へ逃がしたのだ。大丈夫だろう。

 二人は恐らく大丈夫、そう考えていたらユーグリフトの手の甲から薄く血が出ていることに気付いて声を上げる。


「ちょっとユーグリフト! 血が出てるじゃない!!」

「は? ああ、ナイフ振り回してたから掠ったんだろうな」

「掠ったんだろうなって……何平然としてるのよ……!」


 自分のことなのにどうして無頓着なんだろう。

 鞄の中から無地の水色のハンカチを出してユーグリフトの手の甲に巻く。


「別にいいのに」

「駆け付けてくれたお礼よ。受けた恩は必ず返す、それがお祖父様の教えなの」


 力強く巻いて止血作業を行う。傷口を圧迫したから止まると思う。


「ハンカチなんて持ってるんだ」

「ちょっと、人をなんだと思ってるの?」

「冗談だって。ま、ありがとう」

「……お礼なんていらないわよ。当たり前のことしているだけだもの」


 揶揄ったと思えば勝気な笑みで礼を言われて気恥ずかしくなり視線を逸らす。別に、お礼を言われるようなことはしていないのだから言わなくていい。

 あくまで私がハンカチで巻いたのは倒し損ねた男をユーグリフトが制圧し、その過程で怪我をしたからだ。


「それにしてもカーロイン、巻けるんだな」

「怪我なんて鍛練してたら日常茶飯事じゃない。だからそれくらい出来るわよ。それに、しょちゅうアルビーの応急処置してるからお手の物よ」

「……ふぅん」


 ハンカチを眺めながら空返事のような返事をする。なんだろう、急に機嫌が変わった気がするのは気のせいだろうか。


「なんか機嫌悪い?」

「別に」


 尋ねるも淡々と返事を返してくる。よく分からないなと思う。

 警備隊を待ちながらちらりとユーグリフトを窺う。服装は平民が着るようなラフな服装をしている。誰かと来ていたのだろうか。


「一人? 誰かと来てたの?」

「弟と妹と観光してたけど」

「は?」


 つまりコイツは弟妹をほって私の元へ駆けつけたと? え、ちょっと待って。小さい子ども二人置いたままで大丈夫なのだろうか。


「だ、大丈夫なの? ほっておいて」

「護衛として騎士が二人いるから平気だよ。剣借りたけど結局使わなかったな」


 何事もないようにそう返してくる。護衛がいるんだ。それならよかったと胸を撫で下ろす。


「でもエルルーシアちゃんの元に帰った方がいいんじゃない?」

「今頃パフェでもケーキでも食ってる思うからいいよ。どうせもうすぐ警備隊来るだろうし気にしなくていいよ」

「そ、そう……?」


 動こうとしないユーグリフトに戸惑いながら返事する。ユーグリフトはこう言うけどエルルーシアちゃんには悪いことしたなと思う。ごめん、エルルーシアちゃん。

 心の中で謝罪しているとユーグリフトが私に話しかける。


「それで、犯人の狙いはカーロインってこと?」

「そうでしょうね。私のこと、内務大臣の娘って分かった上で用があったみたいだし。……でも、オーレリアにも用があったと思うわ」

「ふぅん、なるほどね。王妃狙いの人間かな」


 それだけで犯人像が浮かんだのか即座に断言する。


「断言?」

「筆頭婚約者候補を狙うってことはほぼそうだろう? 勘のいい奴は殿下の気持ち察していると思うし。マーセナスの実家は辺境伯賜ってるし王妃には十分なれる身分だから二人同時に片付けたかったって算段だろうな」


 冷静に分析しながら説明する。ってちょっと待って。これ、ロイスの好きな子知ってる感じじゃないか。


「ああ、別に言うつもりないから安心していいよ。誰を好きになろうがそれは殿下の自由だし」

「……そう。それならいいけど」


 言うつもりないと言っているから本当に言うつもりはないのだろう。それならいい。

 ユーグリフトの勘の鋭さに内心慄きながらも冷静に考える。

 私が内務大臣の娘と分かった上で襲撃してきたのだ。雇い主は私の顔を知っているということだ。

 同時に全ての荒くれ者が私を襲撃したわけではない。ということは、オーレリアも狙いに入っていたと考えた方が妥当だろう。

 アロラの生家のオルステリヤ伯爵家は政治の中枢にいない。伯爵夫妻は温厚でステファンの実家のルドミラ侯爵家も敵対している家は今はいない。


 そう考えたら犯人の狙いはロイスの筆頭婚約者候補である私とロイスと親しくなったオーレリアを害するように命じたと考えた方が適切だろう。


「心当たりは?」

「ありすぎて選別出来ないわよ」

「だよな」


 分からないと答えると即答で同意される。

 そう、今すぐこの家が犯人だと言える家はない。なぜなら怪しい家が二つ三つじゃないから。

 オーレリアのことを辺境の田舎令嬢と揶揄している令嬢もいるくらいだ。辺境の娘が王妃になるなら伯爵家の中央貴族の私が王妃になると考える令嬢もいるだろう。そう考えると数が多くなる。


「まぁ、だからこそ彼らが必要なんだけどね」


 ちらりと気絶している荒くれ者を見る。一度、警備隊に連行されるが私に手を出したのだから父が許すはずないだろう。

 父はきつく見えるが基本的に優しい。だけど、家族に手を出そうとすると容赦しない。きっと、カーロイン公爵家も尋問に参加すると言い出すだろう。


「私も家も尋問に参加すると思うから雇い主を吐くのは時間の問題でしょうね」

「そっか。……何はともあれ、間に合ってよかった」

「そもそも、私一人でこんなところに来ないわよ。ケイティ……侍女がいるからここに来て戦ったのよ」

「あの侍女ね。戦えるんだ」

「侍女の仕事に隠密に一応近接戦も出来るわよ。まぁ、基本だらしないんだけど」


 こんなこと起きるとは思わなかったけど、依然、ライリーに忠告されていたので一応護衛として連れてきたのが功を成した。

 ケイティは公爵家の使用人の中でも優秀だ。父の信頼も厚いし、仕事も出来る。

 ただ問題があるとすれば隙があればすぐにサボろうとするところだ。過去には家令と侍女長が矯正しようとしたけど矯正出来なかった筋金入りの怠惰癖のある侍女だ。

 そんなこと話しているとケイティがくしゃみしてこちらを見る。


「お嬢様、聞こえませんが何か私の悪口言ってませんか?」

「言ってないわよ。ありのままの事実を言ってるだけよ」

「悪口ですね」


 近付いて尋ねてきたケイティにそう返す。悪口じゃない、れっきとした事実だ。

 そうした問答を繰り返していると警備隊が駆けつけてきた。どうやら二人は無事に警備隊の元へ行けたようだ。

 警備隊に男たちを引き渡すとユーグリフトとは宣言通り別れて、警備隊の駐屯所へ向かうとアロラとオーレリアにとてつもなく心配された。

 

「ご、ごめんって……」

「どれほど心配したか分かってる!? すごい不安だったんだから!!」

「メルディアナ様が怪我したらと思うと心配で心配で……。少しは反省してください!」

「は、はい……。すみません……」


 二人がぐいと顔を近づけながら怒りながら心配するので何度も謝罪する。私はケイティがいると知っていたけど、そういえば二人には伝えていなかったなと思い出してさらに反省する。

 誠心誠意謝罪するとようやく二人の溜飲が下がったようで今日はもう帰ろうとなった。

 警備隊が護衛として二人は付き添ってもらうことになり、私はケイティと一緒に帰ることになった。

 そして大変だったのは公爵邸に帰ってからのことだった。


 母は私のことをとても心配し、お兄様は黒い笑顔でどうしようかと言葉をこぼし、お祖父様は怒り狂いながら剣を持って尋問にウェルデン公爵家も参加すると言い出して大変だった。

 父にも知らせた方がいいと家令が判断して王宮にいる父に報告したら父が急いで帰宅して私の身を心配した。

 そして予想どおり、警備隊の尋問にもカーロイン公爵家も参加すると言い出して警備隊に交渉を始めた。

 

 結局、警備隊にカーロイン公爵家にウェルデン公爵家も尋問に参加することになった。……大丈夫だろうか、カーロイン公爵家は政治に優れた家だけどウェルデン公爵家は武力に優れた家だ。手荒な尋問にならなければいいんだけど。

 孫の中で女児は私しかいないお祖父様は私をかわいがってくれている。その私が危ない目に遭って怒っているのでどうなることやら。


 とりあえず、今日明日は屋敷で過ごすことになり、迷惑かけたくなかったので私も大人しくしたがった。


 雇い主は誰か分からない。尋問で分かればいいけれど。

 湯船から上がって部屋で一休みしようとしたら使用人の一人に私宛の手紙を預かったと聞いて部屋の中で手紙を開ける。


 ちなみに手紙の送り主はロイスで、明日会えないか、短くそう綴られていたのだった。

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