第32話 王妃様

 サンドラ先生に王妃様からの招待状を受け取ったオーレリアは翌日から放課後を中心に練習するようになった。

 初めての王妃様主催のイベントに参加することに緊張するオーレリアにアロラとともに色々とアドバイスを伝えたのは良い思い出だ。


 そして王妃様主催のピアノ演奏会当日。

 運営側に許可を得て控え室へ行きコンコン、とノックを叩く。

 するとドアが開く音がしてオーレリアが顔を出すや否や私たちを視認して高い声を出す。


「メルディアナ様! アロラ様!」

「おはよう。どう? 様子は」

「見に来たよー! 平気?」

「はい、少し緊張しますがたくさん練習をしたので大丈夫です」


 控え室へ入れてくれたオーレリアは少し緊張した様子でそう答える。

 そしてコバルトブルーを基調としたワンピースドレスを見る。

 鮮やかな青色は美しく、真珠の髪飾りがよく似合うなと思う。


「ドレスも素敵ね」

「うんうん。きれいなコバルトブルーだね」

「ありがとうございます。曲名に合わせて実家に用意してもらったんです」


 話していくと落ち着いてきたのか、緊張した顔を和らげてふわり、といつもどおりの笑みを見せる。


「曲名は『ラーゼル海の細波』にしたのね」

「はい。やっぱり一番好きな曲を弾いている時が楽しめるかなって思って」

「オーレリアちゃんのラーゼル海は聴いたことないから楽しみにしてるね!」

「はい」


 それからもニ、三言言葉を交わし、控え室から出る。


「オーレリアちゃん、ガチガチじゃなくてよかったね」

「そうね。初めの方だから少し心配だったけど、杞憂だったわね」


 学生は最初に演奏し、その後、プロの音楽家が演奏するので少し心配だったけど……思っていたより緊張していなくて安心した。

 今回、王妃様が来るのだ。王妃様の前で粗相を見せるのはよくないからほっとした。


「殿下は? 殿下も王妃様と一緒に来るの?」

「一応その予定みたいよ。今は陛下と王妃様の公務に同行して隣で学んでいるから」


 政務は基本的に自分でしているようだけど、公務は人目につくため、今は両陛下の隣で公務を学んでいると以前言っていたのを思い出す。

 今日は学園も休みのため王妃様の公務に同行すると言っていた。長期休暇も何回か王妃様の公務に同行していたらしい。

 オーレリアが参加するのは知っているけど、あまり話しかけることは難しいだろう。理由は人目がつくから。


 そんなことを思いながらアロラとともに観客席へ歩いていると朗らかで明るい声が私の名を呟いた。


「あら、メルディアナ?」


 ピタッと立ち止まる。その声を、よく知っているから。

 振り返ると案の定、見知った幼馴染と、幼馴染と同じ薄茶髪の女性が私を捉えるので素早くカーテシーをする。


「お久しぶりです、王妃殿下、王太子殿下」

「お久しぶりです、王妃様、殿下」


 声音を少し変えて礼儀正しく挨拶をする。隣にいたアロラも即座にカーテシーをして挨拶する。

 そんな私たちを見て女性──王妃様がころころと高い声で笑う。


「いいのよ、メルディアナ、アロラ。顔をあげてよく見せて」

「……失礼します」


 王妃の方に促されてすっと背筋を伸ばして顔をあげる。……会うことになると思っていたけど、まさかこんな早く会うことになるとは。

 目の前には私の幼馴染であるロイスと王妃様がいて、王妃様は上機嫌に微笑む。


「久しぶりね、メルディアナ、アロラ。陛下の誕生祭以来かしら?」

「左様です、王妃殿下」

「ならもう三ヵ月も会っていないのね。会えて嬉しいわ」

「私も王妃殿下と会えて嬉しいです」

「あら、うふふ」


 王妃様の質問に主に私が答えると王妃様が微笑む。つられて私も微笑む。

 ロイスと同じ柔らかそうな薄茶色の髪にヘーゼル色の瞳を持ち、明るく朗らかな声で話すのはヨゼフィーネ・アルフェルド王妃殿下。ロイスの母でアルフェルド王国の王妃様だ。


「元気そうで安心したわ。アロラも元気?」

「はい、王妃様」

「よかった」


 そう言って王妃様が笑う。忙しいのにずっと若々しくて、とても一児の母とは思えない。

 王妃様は女性ながら国政の一部を担っていることもあり、国内や周辺諸国から賢妃と呼ばれている。

 賢妃と呼ばれても鼻にかけることもなく、聡明で朗らかで明るい王妃様を私は尊敬してい。……まぁ、家庭面ではやや気が強くて陛下を尻に敷いているけど、そこはスルーだ。


「でもこんなところで会えるなんて。二人で来たの? リーリヤは?」

「母は来ておりません。今日は私とアロラだけで友人の応援に来ました」

「まぁ、お友達の?」

「はい」


 王妃様の問いに答えるとアロラが隣でうんうんと頷く。ってかアロラ、私に殆ど丸投げしている。


「そうだったのね。学園生活はどう? 慣れた?」

「はい。入学当初より大分慣れました」

「それはよかったわ。何かあったらロイスを頼りなさい。勿論、私に頼ってもいいわよ。かわいいメルディアナのお願いなら力になるわ」

「ご深慮ありがとうございます」


 王妃様の言葉に丁寧に返事する。

 王妃様の気遣いは大変嬉しいが、多分王妃様に頼ることはない。それこそ、王妃様を頼ったら本当に周囲に婚約者確定と思われそうだ。それだけはダメだ。

 なので心配してくれることに感謝はしても頼ることはないと思う。


「学園生活はどう? ロイスったら聞いてもあまり話さなくて」

「殿下は生徒会のお仕事で忙しいので。……ですが、そうですね。初めての集団の寮生活は新鮮味があり、授業は学びがいがあるものばかりで、来年の選択科目も悩んでしまいそうです」

「まぁ。ふふ、メルディアナは勉強が好きだものね」


 ふふ、と人好きのする笑みを浮かべて私の話をゆっくりと聞いてくれる。


「楽しめているのならよかったわ。学園生活は短いから後悔ないように思い切り楽しみなさい」

「はい。王妃殿下」

「さっきも言ったけど、困ったことがあればロイスに頼ればいいからね」

「あははは……」

「母上……」

「あら、なぁに?」


 困ったように声をこぼすロイスに王妃様が視線を向ける。ちなみに、ロイスは母親の王妃様に逆らえない。王妃様は王家の中で一番強い。

 仕方ない、ここは助け舟を出すべきだと思い、ロイスに声をかける。


「王妃殿下、どうかお止めください。殿下には既に助けてもらったりしているので」

「あら、そう?」

「はい」


 すると王妃様は納得したのか、そう、と一言告げてロイスに尋ねるのをやめる。

 王妃様の後ろでロイスが小さく口を動かしていて感謝しているのが読み取れる。


「それでは私たちはこれで。席の方へ向かいます」

「そう、分かったわ。短い時間だったけど、メルディアナとアロラの顔を見れてよかったわ。またね」

「はい。失礼します、王妃殿下、王太子殿下」

「失礼します」


 アロラとともに礼をすると王妃様たちと別れる。

 ロイスと王妃様は王族ということ、そして主催者側ということで別席である。なので演奏は王妃様と離れて見ることになる。


「始まるまでまだ時間あるね」

「そうね。でももう座っときましょう」

「うん」


 歩きながらアロラと色んなことを話していく。


「にしてもピアノ演奏会なんて久しぶりだなぁ~。私、ピアノ専攻じゃないし」

「アロラは演奏会より観劇が好きだものね」

「だって音楽に演劇もある方が楽しいんだもん。冬休みもね、ステファンと新しく講演される舞台観に行くんだ!」

「それはよかったわね」

「うんっ!」


 楽しそうに頷くアロラさん。しかし、浮かれているのはいいけどその前に学期末試験があるんだけど、きちんと勉強しているのだろうか?

 ステファンは問題ない。成績優秀で前回の試験も十位以内に入っていたので心配はないけど、問題はアロラだ。赤点取ったら追加課題で冬休みがどうなることやら。

 ちなみに、オーレリアは試験勉強をし始めているが、もうすぐ十二月というのにアロラは全く勉強している気配が見られない。


「…………」


 これは直前に駆け込まれる可能性がある。よし、基本的にステファンに任せるけど、覚悟しておこう。

 

「メルディ? どうかした?」

「アロラ、冬休みの前に試験あるからしっかり勉強するのよ」

「な~んだ、そんなことか。大丈夫! 私にはメルディにステファンがいるからね!」


 それと追加とばかりに「あと、殿下もいるしね!」と笑顔で呟くアロラ。この子、最初から他人に頼る気だ。この演奏会の後、早速アロラの勉強を見ておこうと決めた。

 そんな風にアロラと話していたら演奏会開始の合図の音が鳴って黙り込む。

 

 それから司会が話していき、順番に学生が演奏をしていく。

 

「きれいな音色だね」

「ええ」


 隣で呟くアロラに返事をする。確かに、音楽演奏会でも聞いたけど、皆きれいな音色で美しい。

 

「次で学生最後です。一年、オーレリア・マーセナス。曲名はエルベック・ストールの『ラーゼル海の細波』です」


 司会の人の言葉の後にオーレリアが緊張した表情で歩いて観客席に一礼する。

 礼をすると音を立てずに着席して小さく息を吐いて呼吸を正し、そして演奏を始める。

 

「…………きれい」


 その美しい音色にほぅっと息を吐く。

 学園の音楽演奏会でも思ったけど、やっぱりきれいだなって思う。

 まるで、音色が生きているかのように生き生きとして、その音に惹き付けられてしまう。

 それは他の人も同様なようで、どこからかほぉっと息を吐く音が聞こえる。

 やっぱり、同級生の中でもオーレリアのピアノは一線を画していると思うなと感じながら音楽鑑賞を楽しんだ。




 ***




「宮廷音楽家の生演奏……素敵でした……」


 感激したように呟くオーレリアは心ここにあらずの状態で、見ていて少し心配になる。そのまま壁にぶつかりそうだ。

 オーレリアの演奏は無事に終わり、その後、宮廷音楽家が演奏を始めた。

 王宮勤めの音楽家ということで、やっぱり学生とは比較にならないくらい上手で良いひとときを過ごすことが出来た。

 特にオーレリアは初めて見た宮廷音楽家の演奏にひたすら感激している。


「オーレリアちゃん、ずっとそればっかりだね」

「だって宮廷音楽家の生演奏ですよ!? 生まれて初めて聴きましたが本当に素敵で……! 参加出来てよかったです」


 興奮した様子でアロラに返事する。まぁ、オーレリアはピアノが大好きだからすごく嬉しいんだろうな。

 私だって精鋭騎士が参加する天覧試合に参加出来たらきっとオーレリアと同じ感じだと思う。

 そんな風に思いながら歩いていると、王妃様とロイスを見つける。


「まぁ、メルディアナにアロラ。それに貴女は……オーレリアさんね」

「王妃殿下、王太子殿下」


 カーテシーをするとニコニコと王妃様が微笑みながら近付いてくる。


「メルディアナの友人は彼女だったのね。もう帰るの?」

「はい。このあとは少しカフェへ行こうかと」

「それはいいわね」


 そして王妃様の視線が私からオーレリアへ向かう。


「貴女のピアノ、とてもよかったわ。脳裏にラーゼル海が思い浮かんだわ」

「あ、ありがとうございますっ……!! お、遅くなりましたが、マーセナス辺境伯の娘、オーレリア・マーセナスです……!!」

「あら、ご丁寧にありがとう」


 ふふ、と口許を扇で隠しながらもころころと王妃様が笑う声が聞こえる。

 オーレリア、緊張しているな。食べられる兎のように恐縮している。


「ねぇ、ロイス。貴方はどうだった?」


 すると王妃様がロイスの方へ向いて感想を求める。

 オーレリアとロイスの視線がぶつかり、ロイスが優しい眼差しでゆっくりと口を開く。


「そうですね……。マーセナス嬢が弾く『ラーゼル海の細波』とても素敵でした。抑揚をはっきりとしていて聴いていて心地の良く、美しい曲でした」

「あ、ありがとうございます……」


 スラスラと述べる褒め言葉にオーレリアが頬を少し赤くして恥ずかしそうに小さな声で感謝する。……なんだろう、私、ここにいていいのだろうか。邪魔じゃない?


「あら、珍しい。貴方がそんな風に褒めるなんて」

「そうですか?」


 王妃様がロイスの言葉に僅かに驚いているけど、当のロイスは平然として王妃様を見る。


「まぁ、いいわ。呼び止めてごめんなさいね。せっかくの休日だから楽しみなさいね」

「はい。失礼します」


 アロラとオーレリアの代表で挨拶をして礼をして去る。

 だから王妃様が目を細めて私たちの後ろ姿を見つめていたことに、当時の私は気付かなかった。


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