第33話 冬の前のある日
秋の終わりということもあり、大分寒くなってきたと思う。
そんな時、どうするべきか? ここでアロラがいたら「温かい暖炉のある部屋でソファーに寝転がるべき!」と大真面目に答えるだろう。
しかし、私は否だ。私は運動するべきだと思う。
確かに寒い日は外に出たくない。その気持ちは分かる。
だが寒いという理由で毎日屋敷の温かい空間にいたら運動不足になる。そうしたら体力や持久力が低下し、さらには筋力までも低下することになるととある学者が論文で発表していた。
なので、寒い日であろうともこうして剣術の鍛練をしている。
「百四十八……百四十九……百五十!」
百五十まで数え終わり、木剣を地面に当てる。よし、今日も目標達成。
季節は秋も終わりかけの十一月末。来月の頭には二学期の学期末試験がある。
本当は試験勉強を優先した方がいいんだろうけど、残念ながらこっちの剣術もテストがあるため気が抜けない。
なのでこうして早朝はランニング、放課後は百五十回素振りをして一時間ほど練習している。
「……もう少しだけ鍛練しよう」
学期末で行われる剣術テストはクラスで行うのみで、他クラスであるユーグリフトとぶつかることはない。
それがすごく悔しい。剣術指導のダレル先生に理由を聞いても決まりは決まりと一蹴された。
ユーグリフトとは口喧嘩に発展した際に決闘を申し込んでも「無理」と一蹴されるし……腹が立つ。
「……嫌なことは考えない! 練習練習!」
「なら俺が練習付き合ってやろうか?」
「! アルビー!」
独り言を呟いていたら返事があって振り向くと従兄のアルビーが渡り廊下の柵に肘をかけてひらひらと手を振っている。
「練習付き合ってくれるの?」
「俺も気分転換したいんだよ。だからそのついでだけど」
アルビーへ駆け寄って尋ねるとそう返される。
気分転換とは何か分からないけど付き合ってくれるのならいい。
「じゃあ練習相手になって。剣術大会優勝した実力見せてよね」
「応よ、見せてやるさ」
そして木剣を手に取って軽く準備運動をして木剣と木剣がぶつかり合う。
カァン、カァンと音が鳴って剣を払い、斬撃に突きと次々と互いに剣技をぶつける。
「やるなぁ……!」
「アルビーこそね……!」
褒めながら木剣を持つ手は緩めず戦う。
従兄妹だから昔から手合わせをしていたので互いの癖や弱点を知っているので中々決着がつかない。
たけどアルビーに負けたくないので攻勢を強めて連続攻撃を展開していく。
「って、おいメルディっ……!」
「てりゃあああっ!!」
アルビーの制止を無視してそのまま突撃して止めの一撃を放って勝敗をつける。
「……よし、勝った! 私の勝ち!」
「はぁ~、年下の従妹に負けるとは……」
「アルビー、いつも守り弱いよね。攻撃は上手なのに」
「るせぇ、俺は攻撃型なんだよ」
指摘すると拗ねたようにそっぽを向く。私より年上なのに子どもみたい。
そんなアルビーに鍛練場にあるベンチで休憩しようと提案する。
「やっぱりメルディはじい様と戦うスタイル似てて苦手だわ」
「褒め言葉として受け取っとくわね」
アルビーの呟きにそう返す。
お祖父様に似ていると言われて悪い気はしない。お祖父様が教えてくれた技術がちゃんと身に付いている証なのだから。
「じい様から聞いたけど、叔父上にも認めてもらって目指してるんだって?」
これは何をと言わなくても分かる。騎士のことだろう。
こくり、と頷くとアルビーはそっか、と声を出す。
「どっちかはもう決めた?」
「ううん、まだ。アルビーは? 決めたの?」
「俺は王立騎士団志望かな。近衛騎士団より雰囲気が合いそうだし」
どうやらアルビーは王立騎士団の方を志望らしい。
お祖父様も王立騎士団所属だったし、アルビー・ライリーの兄である長兄も王立騎士団所属だし、ウェルデン公爵家は王立騎士団と馴染み深いからだろうか。
「あと数ヵ月でアルビーとライリーも三年生か」
すると私は二年生ということだ。早いなと思う。
「そうだな。ま、俺は今年優勝したから八割がた騎士試験受かると思うから安心だけど」
「実技の方はね。筆記試験もあるでしょう?」
「げっ。それはスルーしろよ」
「スルーしちゃダメでしょう」
騎士になるには実技だけ良ければいいわけじゃない。戦術理論も理解していないといけない。
「メルディはどっちも出来るからすぐ通りそうだよな。剣術大会も準優勝だったし」
「でもいくら他の人に勝ってもユーグリフトに負けると嫌になっちゃうわ」
「ユーグリフト? スターツ公爵家で剣術大会でお前が戦った?」
「そう。攻撃も守りも上手で体術も出来て嫌になる。しかも、剣術だけじゃなくて勉強も上でなんでもかんでも負けて悔しいったらありやしないわ」
「負けず嫌い発動してるなー」
アルビーが伸ばした声でそう呟く。負けず嫌い。うん、確かに発動している。
「スターツ公爵家の子息なぁ。それが
「……そう。学期末試験でも剣術大会でも敗北して口喧嘩もいつも互角で今、私の一番のライバルよ」
「へぇ、ライバルね」
膝に肘をついて頬杖しながらアルビーが繰り返す。
そう、ユーグリフトはライバルだ。なぜならいつも私の上を行くからだ。
これで性格がロイスみたいに穏やかならここまで敵対心は湧かなかっただろう。
だけど、知ってのとおりユーグリフトはあんな性格で対抗心を持ってしまう。
「でもまぁ、メルディにはライバルがいる方がいいかもな。その負けず嫌いがよく発揮してくれるし」
「学生時代はね。ユーグリフトは騎士になる気ないみたいだし」
「はっ? 剣術大会で優勝したのに?」
「そう。不思議でしょう?」
剣術大会に出場する生徒は皆、騎士を目指している生徒ばかりだ。だからアルビーが驚いた声をあげてもおかしくない。
「ふぅん、変わってるな」
「そうよね。夜会でもぜーんぜん会わないし。よく分かんないや」
意地悪で人を
……あと、なんだか父親の公爵とは疎遠というか、あまり仲が良く見えない雰囲気だし。
こう考えると、私、ユーグリフトのこと全然知らない気がする。
「……アルビーはスターツ公爵とユーグリフトのこと知ってる?」
「例えば?」
「親子仲とか、なんでも」
「さぁ? 全然知らないし。そんなことは俺よりライリーの方が詳しいと思うけど」
「あ、うん。そうだね」
「おい、なんで即答なんだよ」
だってアルビーだよ? 剣にしか興味のないアルビーだよ? 聞いても殆ど知らないに決まっている。
隣で色々と文句を言うアルビーをスルーしていると、何やら感じ取ったのか、アルビーが立ち上がる。
「わっ。何? びっくりするじゃん」
「いや~、そろそろ俺校舎に戻るわ。メルディもずっと外いると風邪ひくから程々にな~」
そう言うや否や走って校舎へと向かう。……なんだったんだろう。
しかし、私のその疑問はすぐに解決する。
なぜならベンチに座っていた私の元に今度はライリーが来たからだ。
「やぁ、メルディ。鍛練?」
「ライリー。うん」
「そっか。程々にね。風邪を引いたら大変だから」
「分かってるよ」
ライリーの心配する言葉に苦笑する。だってアルビーと同じこと言うんだもの。やっぱり双子だなと思い知らさせる。
「そうだ、メルディ。アルビーは知らない?」
「アルビー? アルビーならさっきまでここにいたけど?」
「ちっ、遅かったか」
するとライリーの口から舌打ちが聞こえる。珍しい、毒舌でも舌打ちは殆どしないのに。
「やっぱり野生なんかな。勘が働いてるんだな」
「野生って……」
珍しくライリーが苛立ちを隠していない。普段はニコニコ微笑んでいるのに。
いくら従妹の前だとしてもはっきりと表情を出していて珍しく感じる。
「なんかあった?」
だから気になってライリーに尋ねる。なんだろう、またアルビー何かやらかしたのかな。
アルビーのいつも面倒を見ているのはライリーなのでストレスが溜まっているのなら話くらいは聞くつもりだ。
「……こんなことメルディに言っても仕方ないけど、アルビー、進級の危機なんだ」
「……はっ?」
今、なんと? 進級? 進級の危機って言った?
「は? ……はぁぁぁっ!!?」
「うん。そうだよね。アルビー、剣術大会終了後も勉強サボっててね。このままだと進級の危機だってアルビーの担任に言われて。メルディ、分かる? アルビーとクラス違うのにアルビーの担任に『任せたぞ』と肩叩かれる気分」
「そ、それはご愁傷様……」
もう片方の従兄の嘆き具合に同情する。うん、なんで双子の兄の勉強を担任に託されるんだろうって思うよね。
「だから仕方なく勉強見て教えているのに壊滅的だし。しかも脱走するし。あの脳筋は楽観的に考えてやがる。留年になったら騎士になる以前に母上が怒り心頭だ」
「伯母様、夏休みも良くアルビーを説教してたもんね」
「アルビーだけならまだいいよ。こっちにまで飛び火する可能性があるからどうにかしたいんだよ」
あ、なるほど。自分のためか。そうですか。
しかし、ライリーの口調がいつもより悪い。これはかなり苛立っているのが読み取れる。
でも私も心配だ。このままだとアルビーが同級生に……、嫌だ、従兄と同学年だって。
ここはライリーの方に着いた方がいい。
「分かった。私もアルビー捜索に協力するわ」
「メルディ、いいの?」
「私もアルビーが同学年になるのは嫌だもの。見つけたらライリーの元へ引き摺ってでも連れて行くわ」
「ありがとう、メルディ。心強いよ」
「ううん」
そしてライリーと協力してアルビー捜索をした。
まさか、私がライリーの仲間になっているとは思っていなかったアルビーは私と再会したら普通に話しかけてきた。
なのでアルビーの手首を掴んでライリーの元へと引き摺って引き渡した。
引き渡す際、何やら私とライリーに言い訳していたけど問答無用で却下したのだった。
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