第29話 兄妹

 兄妹とは、血の繋がった肉親だ。

 勿論、世の中には家の事情で半分しか血の繋がらない兄弟姉妹もいるだろうが──同じ親から生まれたのなら、たとえ父親似、母親似と別れていてもどこかしら似ている要素があると思う。

 

 たとえば髪の色。私と兄は顔立ちに瞳の色は異なるも、髪の色は同じで、父と同じ黒髪を持っている。

 従兄のアルビーとライリーは双子ということもあり、それはそれは見た目は瓜二つのそっくりだ。長兄も二人と似ている。

 だから思ってましたとも。ルシアちゃんのいう長兄もおそらくアッシュグレーの髪か琥珀色の瞳を持つお兄さんだと。

 それがまさかのあのユーグリフト・スターツと聞いて驚くのは当たり前だと思う。

 

 ……はい、冷静に突っ込んでいるのはここで終了。はっきり言わせてもらいますよ。嘘でしょうぅぅぅ!!?

 

 なんで!? まったく似てないじゃん!! 髪の色も瞳の色もまっっったく違うじゃん!!

 確かにユーグリフトは完全に母親似だ。一方のルシアちゃんは髪の色がスターツ公爵と同じアッシュグレーだ。で、瞳は隔世遺伝なのか琥珀色の瞳を持っている。

 これで二人を兄妹と予測する人がどこにいる? 髪の色も瞳の色も顔立ちも似てない二人をどう兄妹と予測しろっていうんだ!! ハードでしょう!?


「おねえちゃん?」

「なぁに?」


 絶賛脳内で叫んでいるも、それをおくびにも出さずににこやかに返事する。いや、やっぱり似てないわ。

 でも公爵夫人が亡くなってからは公爵は後妻を迎えてないし、そんな噂はないし、ユーグリフトがかわいがっているということは本当に血の繋がった妹なのだろう。

 ……あの意地悪な兄と純粋無垢のような妹が兄妹とは。世も末だと思う。


「……ごめんなさい、めいわくかけて」

「いいのよ。ルシアちゃんは気にしなくていいのよ」


 上目遣いで謝ってくるルシアちゃん。ああ、このかわいらしい素直さが兄にもあればなと思う。素直で純粋なところは全部妹が持っていったのかな。

 それにルシアちゃんは悪くない。悪いのは長期休暇でも屋敷に帰ってこない兄のユーグリフトだろう。

 相手はユーグリフトなので公爵家の力を使えないけど、ユーグリフトは約束を守る人間だ。ある意味、そこは安心出来る。


「じゃあお兄様に会いに行きましょうか。学園でいいかな?」

「うんっ!!」

「よし」


 元気になったルシアちゃんを連れてカフェの会計をする。必死に背伸びして精算の流れを見ていて、私も店員も微笑ましく眺める。

 会計を済ませるとお店を出て、学園の方を歩こうとする。きっと、公爵家も心配している。さっさとユーグリフトに引き渡して安全を知らせないと。


「おねえちゃん、にもつおもくない? ひとつ持つよ?」

「平気よ。お姉さん、力持ちだから」


 心配しながら上目遣いしてくるルシアちゃん。大丈夫、お姉ちゃんは力持ちで、お兄さんから令嬢扱いされてないから。

 大丈夫だと告げると、そっか、と言ってトコトコと鞄とお菓子が入った紙袋と逆の方へ来て手をぎゅっと握ってくる。……何これ、かわいい。


「ルシアちゃん?」

「えっと……。また、はぐれたくないから……おねえちゃん、おててにぎってていい……?」


 ズキューンと胸に矢が命中する。なんだこれ、かわいすぎない? 何回でも言うけど、本当に兄妹?


「勿論。迷子になったら大変だもの」

「えへへっ」


 快く了承すると嬉しそうに手をぎゅっと繋いでくる。やばい、妹ってこんなにかわいいの? 誰か教えてくれ。

 そしてルシアちゃんと手を繋ぎながら学園の方へ歩いていく。両手塞がってるけど大丈夫だろう。


「おねえちゃんはユン兄さまを知ってる?」

「一応、知ってるわよ」

「いちおう?」

「知ってるよ」


 一応が分からず困ってるルシアちゃんに知っていると告げる。

 するとぱぁぁっと明るい笑みを見せる。


「ユン兄さまはやさしいでしょう? じまんの兄さまなの!!」

「そっかー」


 棒読みになったかもしれないけどスルーする。優しいか。基本的に私には意地悪だと思うけど。

 だけど、優しいところもあると思う。それは、創立祭で知った。

 報われるか分からない私の夢を笑わずに尊重して、応援してくれるところは嬉しかった。


「……確かに、優しいところはあるね」

「でしょう!! カッコいいからモテると思うんだ。ユン兄さま、にんき?」

「人気だね」


 主に女子がキャーキャーと叫んでいるよ。他の女子には猫被りしてるからね。それはとても人気だ。

 なのに私には化けの皮が剥がれて意地悪だ。なんでなんだろう。知るか。

 おかげで私もユーグリフトには化けの皮が剥がれている。

 思えばロイスやアロラたち友人以外で唯一素を出している相手だ。そう思えば稀有な存在だと思う。

 

「…………」


 学園で会った時は最悪な出会いで、嫌な奴だったけど、ルシアちゃんの話を聞く限り、優しく弟妹思いなのが強く感じ取れる。


 ただ、私はあまり優しくされないけど。ルシアちゃんの話を聞くとどんどん扱いの差がすごい。

 まぁ、今さら優しくされてもそれはそれで疑ってしまうけど。


「…………」


 私の手を握って楽しそうにお散歩をしているルシアちゃんのつむじを眺める。

 私には意地悪なユーグリフトだけど、それでもルシアちゃんにとっては優しい一番上の長兄なんだ。

 私の知るユーグリフトとルシアちゃんの知るユーグリフトは大分乖離しているなと思う。なんでだろう。

 でもそんなこと考えてても仕方ないので思考を放棄する。


「ルシアちゃんはお兄様が大好きなのね」

「うんっ! ユン兄さまにヴェズリー兄さま、どっちもだいすきだよ!」


 明るく楽しそうに話すルシアちゃん。その高い声音から本音なのだと読み取れる。

 

「じゃあちゃんとお兄様に謝ろうね。お兄様もきっと突然ルシアちゃんが来たら驚くし、心配するからね」

「うん」


 そしてルシアちゃんの歩幅に合わせて歩いていく。

 王都が珍しいのか、きょろきょろとあっちこっちに視線が動いていて小さく笑う。


「王都が珍しい?」

「うん。あ! でもね、夏はねユン兄さまと兄さまと三人でいろいろ歩いたよ! やっぱりお店たくさんあるんだね!」

「そうだね。あっちにはお花屋さんにお洋服屋さんがたくさんあるのよ」

「そうなのっ!? わぁー、領地もいろいろあるけど、こっちの方がたくさんあるんだね!」


 そりゃあ国の中で一番の都で首都なので。むしろ、ない方が少ないと思う。

 しかし、この様子だと王都散策はあんまりしてないのかもしれない。


「ルシアちゃんはあんまり歩かないの?」

「うん。お外はきけんもたくさんあるからひとりはぜったいダメなの。お外に行くときは騎士かユン兄さまと一緒の時だけなんだ」

「そうなのね」


 まぁ、確かにルシアちゃんはまだ小さいしそれに公爵令嬢だ。しかも、宰相の娘。誘拐される可能性があるから当然か。

 そしてルシアちゃんの歩幅に合わせながらお話をして学園の方向へ歩いていくと、前方から誰かが焦った声で何かを叫ぶ声が聞こえて身構える。

 王都は一番の都市だけど当然犯罪もある。特に今はルシアちゃんもいるので警戒する。


「──!? ────!?」

「……?」

「あっ! ユン兄さまっ!」

「え?」


 姿を見えないものの、声で判別したルシアちゃんが元気に叫ぶ。遠い距離なのによく判別できるなと思う。


 そしてルシアちゃんの声を聞き取ったのか、叫んでいた相手──ユーグリフトがこちらを見る。

 その額には玉のような汗が浮かんでいて、必死に妹のルシアちゃんを探していたのが窺える。


「──エルルーシアっ!」

「ユン兄さまっ!」


 ルシアちゃんこと──エルルーシアちゃんが私の手から離れてユーグリフトの元へ一目散に走って抱き着く。ってか、ルシアちゃん、本当の名前はエルルーシアちゃんだったのね。

 その妹の突撃をなんなく受け止めて、ぎゅっとエルルーシアちゃんを抱き締める。


「何してたんだ! 突然走って行方不明になって……!」

「ご、ごめんなさいっ……」


 抱き締めてエルルーシアちゃんに怒る。

 一方、怒られたエルルーシアちゃんは恐縮したように小さく縮まり込む。


「……心配したんだぞ。俺も、ヴェズリーも、皆」

「うっ……。ご、ごめんなざいっ……!!」


 えんえんと涙を止めることなくエルルーシアちゃんが泣き出す。

 ユーグリフトのシャツに染みが出来るも、ユーグリフトは気にする素振りも見せずにずっとエルルーシアちゃんの頭を撫で続けていて、本当に妹を心配していたのが読み取れる。


 そんな兄妹の光景を遠くから見ていたらユーグリフトがこっちを見て、バッチリと目が合う。


「カーロイン……。カーロインがエルルーシア……、妹を見てくれてたのか?」


 両腕でエルルーシアちゃんを抱きかかえてこちらへやって来る。


「そうだけど……」

「……ありがとう。迷惑かけたな」


 疲れたような、心配した感情を含んだ声で感謝されて固まる。まさか、感謝されるなんて。


「……別に迷惑だなんて」

「コイツのことだからお前に迷惑かけただろう?」

「大したことないわよ。あやしていただけだし」

「エルルーシア、このお姉さんに何してもらったんだ?」


 ユーグリフトがエルルーシアちゃんの顔を覗き込んで尋ねる。くるり、とエルルーシアちゃんが私を見てニッコリと笑う。


「ケーキたべさせてもらったよ。あとね、ユン兄さまに会わせてくれるやくそくしたの!」

「……へぇ」

「…………」


 エルルーシアちゃんの明るい白状に目を逸らす。ちょっとユーグリフト、こっち見んな。


「おねえちゃんっ!!」

「?」

「やくそくまもってくれてありがとう! おねえちゃんのおかげでユン兄さまに会えたよ!」

「っ……!!」


 再びズキューンと心臓に矢が刺さる。ぐぅ、かわいい。

 しかし、残念ながら私のおかげではない。ユーグリフトがエルルーシアちゃんを探してたから会えたのだから。

 訂正しようと口を開こうとすると、ユーグリフトが小さく首を振る。……あれは黙っておけってことか。

 黙るように合図されて沈黙になっていると、ゆらり、ゆらりとエルルーシアちゃんの首が小さく揺れている。えっ?

 気付いたユーグリフトがエルルーシアちゃんの顔を再び覗き込む。


「エルルーシア、眠いのか?」

「うっ……ん……」

「なら寝とけ。兄さんが屋敷まで送るから」

「うん……、に、いさま……」


 そしてぽすっとユーグリフトの肩に頭を乗せてエルルーシアちゃんが完全に意識を落とした。


「だ、大丈夫? エルルーシアちゃん」

「大丈夫。よく泣いたあとは寝るから気にしなくていいから」

「そう……」


 小声で確認する。大丈夫ならいいけど。


「悪い、妹と弟を屋敷に帰すから。この礼はまた明日」

「いいわよ。それより早く屋敷に帰ってエルルーシアちゃんをベッドに寝かせなさいよ」


 ユーグリフトの肩に頭を乗せて眠っているけど、いつまでもその体勢はきつかろう。ベッドに眠らせてあげるべきだ。


「分かった。カーロイン、エルルーシアを見ていてくれて本当にありがとう。ヴェズリー、行くぞ」

「あっ、はい!」


 そして少し離れたところに弟なのだろう、アッシュグレーの髪に紅玉の瞳を持つ十二歳くらいの男の子と侍女の女性と騎士なんだろう、若い男性がいる。

 弟と思われる男の子が駆け寄ってきて私に一礼する。

 

「あ、あの。妹を見ていてくれてありがとうございます……! すみません、失礼致します……!」


 簡潔にお礼を言うと、侍女の女性と騎士の男性も深い一礼とともに一言感謝の言葉を述べてユーグリフトの後ろをついていって去っていった。


「……あれがユーグリフトの弟妹か」


 弟の方はまだ似ているなと思う。

 しかし、エルルーシアちゃんの話で優しい兄の面を持つのは知っていたけど、実際に見ると結構面倒見がよく見える。特にエルルーシアちゃんには。


 そう思っているとゴーン、ゴーンと王都にある時計塔が鐘を鳴らす。


「……さて、私も寮へ帰りましょうか」

 

 スターツ兄妹たちの後ろ姿を一瞥して私も歩く。

 そして焼き菓子が入った紙袋をしっかりと握って学園へとそのまま足を進めた。

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