第30話 呼び出し

「あ、おはようございます、メルディアナ様!」

「おはようございます!」


 翌日、いつもと同じ時間帯に寮を出て登校すると、数人の女子生徒たちに挨拶される。


「ええ、おはよう」

 

 なので私もニコッと女子生徒たちに微笑んで挨拶を返す。

 その後も何人かの生徒に声をかけられ挨拶を返すと、視界にアッシュグレーの髪が入り、昨日出会った小さな女の子を思い出す。


 エルルーシアちゃん、元気かな。ポロポロ涙を流して、最後は泣きながら眠ってしまったけど、大丈夫だろうか。

 七歳で公爵令嬢という割には幼く、甘えん坊な女の子だったなと思うけど、かわいらしい子だったなと思い出す。

 ユーグリフトのことを慕っていたからその後に起きて話せていたらいいけど。


 そんな風に昨日の出来事を思い出しながら歩いていくと教室にたどり着く。

 私の席は一番奥の後ろから三番目の窓側の席で、机に鞄を置く。

 この比較的早い時間帯と言うこともあり、クラスメイトはちらほらといるだけで静かだ。


「あっ! メルディー! おっはよー!」


 ……と思っていたら、私の存在に気付いたアロラが立ち上がってこちらへ来て、私の前にある席に横座りする。


「おはよう、朝から元気ね」

「元気でないと毎日やっていけないよ! ねぇねぇ聞いて~、今日日直なんだ~」

「知ってる」


 アロラの話を聞きながら鞄から教科書を取り出していく。朝から元気だなっと思う。

 その正面でアロラはマイペースに色々と話していく。


「でね、古語の先生は資料室から資料を持って来るようにいうんだよ。ねっ、メルディ手伝って?」

「むしろ強制的でしょう?」

「うん!」

「一周回って清々しいわね」

「えへへー。それほどでも」

「褒めてない」


 笑うアロラを一刀両断する。もう一度言う、褒めてない。

 しかし、アロラは中々タフなところがあり、ここで私が断ったら下手したらロイスに手伝うように申し込む可能性があるので引き受ける。


 頬杖をしながら教室の窓から校庭を見渡す。ついでに窓の鍵を開けて風を入れる。

 窓を開けるとぶわっと風が引いて髪が揺れる。朝ということもあり、少し冷たい。


「寒くなって来たね~。もうすぐで十一月だし。これからは毎日ブレザーが必要になるね」

「そうね。でも秋の風は好きよ」

「まぁ、秋と春はいいよね。丁度いい気温で」

「アロラは春と秋どっちが好き?」

「そんなの秋に決まってんじゃん! 秋といえば食欲の秋だからねっ!!」

「本当、食べることが好きね……」


 アロラの発言に呆れてしまう。本当、食べるのが好きだと思う。


「ってかアロラは一年中でしょう。前は春を食欲の春って言ってたわよね」

「メルディさん、食欲と季節は関係ないんだよ」


 ちっちっちっ、と人差し指を立てながら左右に揺らしていく。なぜ教授するように語るんだろう。

 そのことに指摘しようとすると、きゃあっと女子生徒二人が高い声をあげる。

 なんだろう、と思い声がした方……前のドアを見る。

 次の瞬間、顔が引きつる。なんで、なんでいるんだ。私のクラスに何か用があるのだろうか。

 ドアの前に佇むのは昨日見たばかりライバル──ユーグリフトだった。

 

「ありがとう。──カーロイン、ちょっといい?」


 前のセリフは隣にいた同じAクラスの女子に、そして後ろのセリフは私に向けてきた。……視線が集まる。最悪。




 ***




 アロラが興奮した様子で私とユーグリフトを交互に見て「何々!? なんかあったの!? あとで絶対教えてねー!」とうるさく詰め寄って来たので額にデコピンして黙らせて教室を出る。

 そして少し距離を開けてユーグリフトの後ろをついていき、廊下の端で対峙する。なんだろう、呼び出される理由なんてないのに。


「なんでむくれ面になってんの?」


 そして振り返ったユーグリフトが発した第一声がこれだ。誰のせいだと思っているんだ。


「あんたが教室に来るからでしょう」

「お前って、本当俺の前では猫被らないな」

「何? 被ってほしいの?」

「やめてくれ。寒気がする」


 即答で答えてくる。なんだとこら。やっぱりエルルーシアちゃんと兄妹とは思えない。


「わざわざクラスに来て呼び出さないでよ」

「じゃあどう呼べばいいんだよ」

「そもそも呼び出すな」


 仁王立ちで言ってやる。まったく、あとでアロラから色々尋問されると考えると憂鬱になる。おのれ、ユーグリフトめ。


「……はぁ、じゃあ仕方ないな。エルルーシアにはお姉さんが受け取るのを拒否したってかわいそうだけど伝えるさ」

「はっ? エルルーシアちゃんっ!?」


 白々しく演技をするユーグリフト。だがしかし、思わぬ伏兵に驚愕する。

 今、なんと? エルルーシアちゃんと言わなかったか?


「そう。妹のエルルーシアがお前宛に手紙書いたんだよ。じゃないとわざわざカーロインの教室まで行くはずないだろう?」


 確かに。用がないとわざわざクラスまで行くはずないか。それもそうか。


「で? どうする?」

「貰うわよ。今見てもいい?」

「好きにしていい」


 手のひらを出すとそこに手紙を乗せるので受け取って封を開けると、かわいらしい花柄がついた手紙が目に入る。



“メルディアナお姉ちゃんへ

 きのうは助けてくれてありがとうございます。それと、急に泣いて、めいわくをかけてごめんなさい。やさしくおはなし聞いてくれてとってもうれしかった!

 わたしは兄さまともうすぐ領地へ帰ります。さむくなるけどげんきでいてください。また会えるのをたのしみにしています。

                             エルルーシアより”



「エルルーシアちゃん……」


 丸みのあってかわいらしい字だけど、その字から一生懸命書いたのが感じ取れ、自然と頬が緩んでしまう。


「……カーロインってそんな風に笑うんだ」


 エルルーシアちゃんの手紙にほのぼのしていると横から魔が差してきた。むっ、邪魔してきたな。

 視線を横に向けると瞠目した様子でユーグリフトがこちらを見る。


「失礼ね、私だって笑うわよ」

「俺見たことないし」

「あんたがいつも揶揄からかうからでしょう」


 言い返すと視線をもう一度手紙に戻す。かわいかったな、エルルーシアちゃん。年の離れた子の相手をしたことなかったけど、本当にかわいかったな。

 思い出してふふっと笑ってしまう。


「笑ってるけど、なんて書いてるんだ?」

「あんたは知らないの?」

「絶対見るなって言われたからな。俺はただ配達してるだけ」

「ふーん。返事は? あんたに渡せばいいの?」


 返事を問いかける。私がスターツ公爵家宛に渡すのは面倒なことになりそうだな。

 それなら、目の前の相手ユーグリフトに渡す方がいいだろうと考える。


「そのことだけど」

「ん?」

「妹たちは領地に帰る準備で忙しいから伝言でいいよ。エルルーシアも納得してるし」

「そう?」


 それなら伝言でもいいけど。エルルーシアちゃんも納得しているようだし。


「ああ。明日には領地へ戻るつもりだから」

「早いのね」

「元々そのつもりだったから」

「ふーん」


 早いなと思う。

 でも、とっくに社交シーズンは過ぎていて、王都で仕事をしていない貴族は既に領地に戻ってるし別におかしくないか。

 それにしても昨日のユーグリフトは違う人物に見えた。感情的な姿をあまり見せない人だと思ったのに。

 なんか、最近色んなユーグリフトを見ている気がして変な感じだ。


「あんたが妹思いだなんて知らなかったわ。エルルーシアちゃんをすごいかわいがってるのね」

「……あいつ、なんか言ってたのか?」

「さぁーね。それは守秘義務があるので」


 尋ねてくるがさらりと躱す。別に言う必要はないと思う。


「かわいがる、か。ま、確かにそうかもな。妹は母親のこと知らないから」

「…………」


 ポツリ、とこぼれたその言葉に何も言えなくなってしまう。


「俺は母親のことしっかり覚えてるし、弟もはっきりじゃなくても母親のことは覚えてる。だけど、妹は肖像画の母親しか知らない。……年も九つも離れてるせいか、つい甘やかしてしまうんだ」


 少しだけ、昔を思い出しているようなほんのり寂しい表情を見せる。……確か、公爵夫人の死因は病死だ。

 七年前に亡くなってるからその時のユーグリフトは九歳。まだ子どもだったからきっと辛かったと思う。

 その中でも、自分より幼い、母親を恋慕う弟妹の面倒を見てきたんだろう。


「……公爵夫人は病死だものね。長子として頑張ってきたのね」

「……病死、ね」

「えっ?」


 こちらも感傷的になって呟くと何やら呟いたけど聞こえない。なんて言ったんだろう。


「? ねぇ、なんか言った?」

「いいや、なんでもない。で、伝言は? ないのならなかったってはっきりとエルルーシアに伝えるけど」

「ちょっと待ちなさいよ……」


 こちらが感傷的になっていたのも束の間、急にユーグリフトが急かしてくる。ちょっと待て。

 気持ちを切り替えてエルルーシアちゃんへの伝言を考える。

 まずは手紙に関するお礼。次に体を壊さないように伝えてっと……。

 そしてユーグリフトの顔を見る。


「……じゃあ伝言お願い。“お手紙ありがとう。こちらこそ、楽しい時間をありがとう。エルルーシアちゃんも風邪を引かないように気を付けてね”って」

「了解」


 伝言を受け取ったユーグリフトがくるりと私に背を向ける。

 

「じゃあな。これで用は終わりだから」

「はいはい」


 返事をするとそのまま振り返らずスタスタと歩いていったため、私もゆっくりと歩いて自分の教室へと戻っていった。

 教室に戻ったらアロラが「何話してたの?」とわくわくと楽しそうにしていたので、デコピン三連発して強制的に黙らせたのだった。

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