第28話 迷子の女の子

 あーん、と大きく口を広げてケーキを頬張るのは先ほど私に抱き着いたアッシュグレーの髪を持つ小さな女の子で、ケーキを食べるとキラキラと瞳を輝かせる。


「おいしい?」

「うんっ! おいしいっ!!」

「よかった」


 満面の笑みで嬉しそうに食べる女の子を向かいの席から眺めて微笑む。


 抱きつかれて大号泣された私はまず、女の子を宥めるために小さな女の子が好むケーキが並ぶカフェへと連れて行った。だって他にどう泣き止ませたらいいのか分からなかったのだ。

 とりあえず、カフェに連れていった結果がこれだ。今じゃあ泣き止んでおいしそうにチョコレートケーキを食べている。


「…………」


 しかし、助けたもののどうしたらいいことやら。

 とりあえず、わんわん泣いていたので泣き止ませるためにカフェへ連れて行ったけど……保護者はどこにいるんだろう。


「ねぇ、お名前は? 私はメルディアナで十六歳よ」

「わたし? ルシア! ねんれいは七さい!」

「ルシアちゃんね。かわいいお名前ね」

「えへへっ。おねえちゃんの名前もかわいいよ!」

「ありがとう」


 ニコニコと微笑みながら応答する。ああ、かわいいな。私は末っ子だけど、妹がいたらこんな感じだろうか。

 しかし、ルシアちゃん。うん、知るわけない。

 そもそも年齢差がありすぎて知っているはずない。


 それでも分かることはある。それはルシアちゃんが貴族令嬢であることだ。

 左右にくくっている桃色のリボンは目視からでも分かる上質なサテンをしてるし、服もそうだ。とても平民や豪商の娘が着るような服ではない。

 貴族の娘で小さい女の子を放置するわけにいかない。なので本当は家名を聞く方がいい。


 だがいきなり家名を聞くのは難しい。警戒される可能性があるのでさりげなく、聞き出してその家の屋敷へ送り届ける必要がある。


「ルシアちゃんはどうして一人でいたの?」

「……元々はね、一人じゃなかったの。兄さまに侍女のルビー、騎士のテオと一緒に王都を歩いていたんだけど……わたしと兄さまで行く場所をけんかしちゃって。おこって勝手に走っちゃったら知らない場所に来ちゃったの」

「……そうだったの」


 なるほど、兄妹喧嘩(?)というものか。私はあまりお兄様と喧嘩したことないからあんまり想像つかないけど。まぁ、お兄様、優しかったからな。

 あ、でも今はよくやっている。相手はお兄様じゃなくてユーグリフトだけど。

 あの意地悪な表情が頭に浮かんできたので振って忘れる。


「もうすぐ領地にかえるから王都をもっと歩きたかったんだけど、兄さまとけんかしちゃった。……兄さま、おこってるかも。ルビーも、テオも勝手に走っておこってるかも。……うっ、ひっく……」

「え、うわっ。待って……!!」


 話しているうちに思い出したのか、ポロポロと再び涙が溢れてくる。急いで立ち上がって横へ移動してティッシュで目元を優しく拭く。


「大丈夫だよ、お兄ちゃんも心配してるよ。勿論、ルビーにテオも一生懸命ルシアちゃんを探しているはずだよ」

「……ほんとうかな」

「本当だよ」


 むしろ、見つけなかったらどうなることやら。主人の娘を見失うなど大きな失態だ。きっと、今頃血眼になって探しているはずだ。

 王都の警備隊に連れて行きたいけど、まずはルシアちゃんを落ち着かせる方がいい。


「なんなら、マリンも心配してるよ」

「マリン……」


 マリンという人の名を呼ぶとルシアちゃんが少し落ち着いたのか涙を少しずつ止めていく。ほっ、よかった。止まってくれて。

 しかし、マリン効果はすごい。そのマリンというのはどんな人なんだろう。マリンというくらいだから母親ではないのは確かだけど。乳母だろうか。


「ねぇ、ルシアちゃん。マリンっていう人はどんな人なの?」

「マリン?」

「ええ」


 とりあえず落ち着いてもらうためにマリンの話を展開していく。これで少しは落ち着いてくれたらいいのだけど。


「おねえちゃん、マリンは人じゃないよ。ウサギだよ」

「……ウサギ?」

「うん。ウサギさん!」


 ニッコリとそう断言してくる。いや、私はマリンに会ったことないから知らないけど。

 しかし、ウサギとは。じゃあなぜ私はマリンと言われながら抱き着かれたのだろう。


「ルシアちゃん、私と会った時“マリン”って言ったよね? どうして?」

「あっ……。……マリンとおねえちゃんがよく似ていたから、つい」

「私と?」

「うんっ! マリンね、真っ黒で赤いお目めしてるの! おねえちゃんを見つけた時、マリンにそっくりでつい抱き着いちゃった」

「そうなのね」


 なるほど、そういう理由か。しかし、マリンの正体が黒ウサギとは……。

 てっきり人かと思った。いや、私が勝手に人だと早とちりしただけなんだけど。


「マリンはげんきな女の子で、ほんとうはマリンに新しいおもちゃを買うはずだったの。なのに、兄さまが急に本屋さんに行きたいっていってけんかしちゃったの」

「そうだったんだね」


 ルシアちゃんの言葉をうんうんと頷く。年下の子の相手をしたことはあれど、ここまで年が離れた子どもの相手はしたことないので慎重に相手する。


「もう、兄さまったら。ユン兄さまならそんなことしないのに……」

「ユン兄様? ルシアちゃんのお兄さん?」


 ルシアちゃんの言葉にオウム返ししてしまう。まだ兄がいるのか。

 すると、ぱぁぁっと明るい顔でこちらを見てくる。かわいい。


「うん! ユン兄さまは一番上のお兄さまなの! やさしくて、おべんきょうもできて、剣術もできて、いつもわたしのおねがいを聞いてくれるの! あ、あとカッコいいんだよ!!」

「へぇ、そっか」


 怒涛の勢いで一番上のユンお兄様を褒めちぎる。

 どうやらその長兄をとても慕っているようだ。


「ユン兄さまはほんとうにやさしいの。一緒に遊んでくれて、小さいころは夜に絵本も読んでくれたんだ。あととりのおべんきょうがあるのに、わたしがおべんきょうを聞いたらおしえてくれて、できたらあたまをなでてくれるの!」

「へぇ、優しいお兄さんなんだね」

「うんっ! わたしが知らない母さまも知っていて、いつもおしえてくれるの」

「お母さんを?」


 ということは、ルシアちゃんのお母様はもう……。


「うん。母さまは……わたしを生んですぐに病気で死んじゃったの。二番目のウェズリー兄さまはまだ小さかったからあんまりおぼえてないけど、ユン兄さまはおぼえていて、小さいころはよく聞かせてくれたんだよ!」

「……そっか」


 そしてルシアちゃんの頭を撫でる。すると嬉しそうに目を細める。

 お母様を亡くしているのに明るくて、小さいのに強いなと思う。勿論、優しい兄の存在もあるだろう。

 話を聞いていると、ルシアちゃんのことをかわいがっていて、そして大切にしていて優しい人なんだなと窺える。


「仲が良いのね」

「うん! ウェズリー兄さまもけんかをする時もあるけど、いつもはやさしいんだ。しょうらいは文官をめざしていてがんばってるんだよ!」

「偉いね」

「えへへっ」


 生き生きと楽しそうに話すルシアちゃん。その様子から、二番の兄とも喧嘩をしても仲が良いのが窺える。


「でも、今はユン兄さまは遠くところにいるの」

「留学……外国にいるの?」


 悲しそうにするルシアちゃんに尋ねる。留学しているのなら結構年が離れているんだなと思う。


「ううん。がくえんってところに通ってて、今はりょうに住んでるの」

「学園」


 ルシアちゃんの発言に固まる。寮。学園。……つまり、ルシアちゃんの慕うユンお兄様は学園に通う生徒らしい。


「あっ!」

「!? ど、どうしたの?」

「おねえちゃん、さっき十六さいって言ってたよね? じゃあユン兄さまと同じ年だ!」

「げぇっ」

「げぇっ?」

「なんでもないよ。おほほほ」


 反射的に出てしまうもどうにか取り繕って誤魔化す。……まじか。よりによって同級生だなんて。

 しかし、誰だろう。アッシュグレーの髪か琥珀色の瞳を持つ同級生の男子を思い浮かべるも、何人もいて誰か分からない。


「おねえちゃん、がくえんの人なんだよね? おねがい! ユン兄さまと会えない?」

「ええっと……」


 視線が彷徨う。ユンお兄様に会えないかだと? どこの誰でも関わりたくないのに。

 どう優しく断ろうか悩んでいると、ルシアちゃんが悲しそうな声で口を開く。


「ダメ……? 兄さま、なつやすみもあまりかえってこなくて会えなかったから……」

「……えっ?」


 ルシアちゃんの発言に耳を疑う。夏休みあまり会えなかった? 夏休みは皆、領地や王都の屋敷へ戻っていたのに?


「どうして……?」

「おねえちゃん?」


 ぽつりと独り言がこぼれてしまい、不思議そうにルシアちゃんが私の顔を見上げてはっ、と我に返る。


「ううん、何もないよ」

「そう?」

「うん」


 不思議に思うことはある。だけど、関わるべきじゃないだろう。深入りはやめるべきだ。


「…………」


 本当は断った方がいいけど、ルシアちゃんはその長兄を慕っている。学園に通っていることもあり、中々会えないだろうし、少しくらいルシアちゃんのお願いを叶えてあげよう。

 で、当の長兄には偶然助けただけだと言って、以降関わらないようにしよう。何、頼んだら聞いてくれるだろう。

 本当は公爵家の力を使いたくないけど、やむを得ない。


「……分かったわ。ルシアちゃんのお兄さんに会えるように手伝うわ」

「おねえちゃん……!! ありがとう!」


 ぱぁぁっと明るい声と表情で抱き着いてくる。かわいいなと思う。九歳も離れていたらかわいがってしまうのも無理もないと思う。


「いいのよ。そのお兄さんとお屋敷に帰れる?」

「うん!」

「よし、じゃあそうしよう」


 あとはそのユンお兄様がどうにかしてくれるだろう。信じる。


「じゃあ、その学園に通うお兄様はユンで間違いない?」

「ううん」

「へっ?」


 予想外の返答に変な声が出る。ユンが名前じゃないだと?


「なまえがながいからそう呼んでいるけど、ユン兄さまのほんとうのなまえはユーグリフトだよ」

「…………はっ?」


 きっと、今の私は間抜けな顔になっているだろう。

 しかし、待て。待ってくれ。今、なんと?


「……ごめんなさい。ええっと、なんて?」

「? ユン兄さまのほんとうの名前はユーグリフト。ユーグリフト・スターツだよ!」


 平静を装って尋ねるも変化せず、ニッコリと笑いながら再び同じこと言うルシアちゃん。

 その口から知らされる事実に半ば絶望して片手で顔を覆う。


「おねえちゃん? どうしたの? あたまいたい?」

「……ううん、大丈夫だよ」


 心配そうな声を投げかけるルシアちゃんにゆっくりと顔をあげて大丈夫だと伝える。伝えるも……内心溜め息が出てしまう。

 よりによってもあれが兄だなんて。その事実に再び顔を覆う。

 ……うん、なんでなんだろう。

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