第14話 カーロイン公爵領
ガタゴトと僅かに馬車の振動を感じながら見慣れた景色をじっと見つめる。
見慣れた景色なのは当然だろう。なぜなら生まれ育ったカーロイン公爵領なのだから。
アルフェルド王国北部に位置するウェルデン公爵領より南、王都の近くに位置するのがカーロイン公爵領だ。
王都に近いことから交通の便が発達し、その影響で商業が盛んになった結果、現在は国内有数の商業都市となっている。
ウェルデン公爵領と比べて自然は少ないけど、その分人々と商品は多くて賑やかな街だ。
「お嬢様、着きました」
「ありがとう」
ケイティが先に降りて私に手を差し出すので手を重ねる。本当は一人で降りれるけど公爵令嬢らしくしないと。
降りると見慣れた家族がいたので美しいカーテシーをする。
「お久しぶりです、お父様、お母様、お兄様」
挨拶をすると私の家族──父は頷いて、母とお兄様がニコッと笑う。
「お父様とお母様、いつ
「二日前からだ。メルディアナ、久しぶりだな。三ヵ月ぶりくらいか?」
「そうですね、日中屋敷に帰ってもいないのでそれくらいでしょうか」
「仕方ないだろう。大臣の仕事を投げ出すわけにはいかないからな」
「分かってますよ」
父の切り返しに苦笑する。
黒髪と黒目でややきつい目元をしているのはロンバルト・カーロイン。アルフェルド王国の内務大臣にしてカーロイン公爵家の当主。目元のせいできつく見られやすいけど、優しくて家族思いの父親だ。
その父の隣にいて微笑むのはリーリヤ・カーロイン。赤紫の髪のに朱色の瞳を持つカーロイン公爵家の夫人でおっとりとした母親だ。
「メルディ、お帰り。元気だったかい?」
「元気でしたよ。お兄様こそどうでした?」
「僕の方も元気だったよ」
「それならよかったです」
そう言って互いに顔を見て笑いあう。
端整な顔立ちに私と同じ漆黒の髪、黒い瞳を持つのは兄のジュリアン・カーロイン。私より四つ上の二十歳でカーロイン公爵家の嫡男。
普段はカーロイン公爵領で生活していて会うのは四ヵ月ぶりだ。
「メルディアナ。夕食の時間はどうする? もう少ししてからでもいいが」
「いえ、お父様。お腹が減っているのでぜひご準備を」
「なら料理長にそう伝えよう。荷物を預けなさい」
「ふふ、久しぶりに家族皆で夕食ね」
母が微笑む。確かに、久しぶりだなっと思う。
そして食堂まで少しお話ししながら歩いて行く。
食堂では久しぶりに公爵家の料理人の料理を堪能しながらお兄様の領地経営の話や母から最近の流行など聞いて楽しい時間を過ごした。
そして夕食終了後、食堂には私たち家族のみとなった。久しぶりの家族団欒だ。
テーブルにあるのは鮮やかな赤茶色をした紅茶のみ。お兄様が貿易で仕入れた南の隣国・カサンドラ王国の茶葉は味が濃くておいしい。
「おいしいですね、これ」
「カサンドラ王国の王族や貴族が好んでよく飲んでいるんだ。僕も初めて飲んだ時から気に入ってね。メルディも気に入ってよかったよ」
「渋味が少なくて飲みやすいです。これはまだありますか?」
「あるから持って帰ってもいいよ。学園の寮で飲んでもいいし、殿下や友人にプレゼントしたらいいよ」
「ありがとうございます!」
「メルディ、初めての寮生活だが問題はなかった?」
「大丈夫です。お兄様に事前にお話を伺っていたのでつつがなく過ごせています」
お兄様からの質問にも笑顔で答える。実際、家族以外と共同生活するのは新鮮で毎日楽しい。……たまにムカつくあるけど、基本的には楽しい日々を過ごしている。
「新しい友人も出来て。辺境伯の令嬢なのですが明るくてピアノが上手なんです」
「まぁ、よかったわね」
母がぱぁぁっと明るくなって声も少し高くなる。新しく友人が出来たことが嬉しいようだ。
「問題がないのならいい。何か必要なものがあれば言いなさい。用意しよう」
「ありがとうございます、お父様」
「ウェルデン公爵領は? 楽しく過ごせたか?」
「はい。伯父様には剣術指導を、伯母様と一緒にお茶をして楽しみました。あ、お祖父様は腰痛になってました」
「まぁ、お父様が?」
母が驚いたような声をあげたので頷く。
「領地の兵士の訓練に飛び入り参加して腰を痛めたようで。少し安静したら大丈夫だそうです」
「お父様ったら。年なのに何をして……」
母がここにいないお祖父様に小言を言っている。その光景に苦笑してしまう。
「アルビーとライリーは? 元気だったかい?」
「アルビーとライリーは相変わらずよく喧嘩していて。アルビーはまたテストで伯母様に怒られてましたね」
「賑やかだね」
お兄様があはは、と小さく笑う。確かにあそこはいつも賑やかだった。毎日騒がしい。
おかげで十日間滞在していたけどあっという間に時間が過ぎたように感じてしまった。
「楽しく過ごせたのならよかった。あそこは避暑地で夏は過ごしやすいからな」
「はい。楽しい日々を送ることが出来ました。そしてウェルデン公爵領で過ごして──騎士になりたい、とそう思いました」
「……騎士か」
「はい」
向かいにいる父に目を向けると、父も私を見て視線がぶつかり合う。
そして決意を伝えるためにまっすぐと見て宣言する。
「……勿論、騎士の仕事は危険で大変であるとは分かっています。それを理解したうえで騎士になりたいと考えています」
ひとつひとつの言葉を噛み締めるように父に進言する。
公爵令嬢が騎士になるなんて前代未聞なのは分かっている。だけどやっぱり私は騎士の夢を諦めたくない。
それこそ、認めてもらうためなら何度だって掛け合うつもりだ。
「……メルディアナ、それは変える気はないんだな?」
「はい、ありません」
「高位貴族、公爵家の娘は誰一人なっていないことは知っているな? それでも、騎士を目指すか」
「はい。誰もなっていないのなら私が初めてそれを実現するつもりです」
「メルディ……」
「…………」
母が私と父を交互に見る。
そして、父が考えるように顎に手を当てるのをごくりと唾を飲んで見守る。
時間は分からない。十数秒だったかもしれないし、一分くらいだったかもしれない中、父が小さく溜め息を吐いて私を見た。
「……分かった、そこまで言うのなら騎士を目指しなさい」
「……! いいのですか……?」
父につい尋ねてしまう。難色を示すかもしれないと思っていたのに。
「お前は昔から変わった子だったからな。ドレスより鎧、宝石より勲章、刺繍の針より剣、童話より兵法書、小動物より馬を好んでいた子だったから覚悟はしていた」
父が溜め息をつきながら淡々と告げる。鎧に勲章、剣に兵法書、そして馬……。……うん、全て思い当たる。確かに変わった子だった。
でも父は困惑したことはあったけど、一度もそれらを否定することはしなかった。
その時から覚悟をしていたのだろうか。
「なんの努力もしなくて騎士になると言っていたら諌めていたが、忙しい中でもお前を見てきたつもりだ。鍛練に勤しみ、才能を持っても疎かにせず努力してきたと思う。なら私はお前を諌めるつもりはない」
「お父様……!」
思わず声があがってしまう。騎士を、騎士になることを認めてくれた……!
父の切れ長の黒い瞳がいつもより優しく見える。
「メルディアナ。高位貴族の令嬢が騎士になるのは生半可なことではない。恐らく、身分が邪魔するだろう。だが、それでも目指すのなら頑張りなさい。私はお前を尊重しよう」
「お父様……、はい!」
勢いよく答えると父と母が笑う。
「元気な返事だ」
「ふふ、そうね。メルディ、私も貴女がお父様を尊敬していたのは知ってるわ。だから、いつか騎士になりたいって言うかもしれないと思っていたわ。……私も貴女の夢を尊重するわ。だけど無茶はしないでね?」
「はい、お母様」
母にニコッと笑って返事をする。母も尊重する姿勢を示してくれている。
「メルディ、難しいだろうけど僕も応援するよ。頑張って」
「お兄様……はい!」
母と同じ優しい目元で応援の言葉をかけてくれるお兄様に微笑む。
世の中には娘を家を繁栄させるための道具として扱う家もある中、私の家族は尊重してくれる。
優しい家族だ。だから、その優しさに応えたいと思う。
それからは楽しい会話を再開させて楽しい時間を過ごした。
***
翌日。公爵邸の敷地内を駆け足で走っていく。
元気だろうか。約四ヵ月ぶりだけど、体調は変わらないだろうか。
そしてかわいがっていた子を見つけると大きく名前を呼ぶ。
「ヴァージル! 久しぶりね!」
名前を呼ぶと顔をあげてこちらを見るのは、かわいがっていた愛馬だ。
名はヴァージル。暗褐色の品種の子で、つぶらな黒い瞳が私をじっと捉える。
驚かせないようにヴァージルの首をゆっくりと優しく撫でる。
公爵邸で管理されているヴァージルは私の馬で十歳からの付き合いだ。
ヴァージルとの出会いは運命的で、私がヴァージルを一目見て気に入り、父にねだって買ってもらった。
当然犬や猫ではなく馬を求めた娘に父は困惑したけど、私のお願いを聞いてヴァージルを買ってくれた。
生命ある動物であること、自分が頼んで買ったということできちんと責任を持って面倒を見て育てた。
だが学園に入ることになったため、こうしてヴァージルと離ればなれになったが、賢い愛馬は私を覚えていてすりすりと甘えてくる。
「よしよし、いい子ねヴァージル」
首を撫でると鳴き声を上げて喜んでくれる。
公爵領は商業都市のため普段は公爵邸の敷地内にある馬小屋に住んで、邸内で散歩をしている。
「ヴァージルの散歩はしてくれた?」
首周りを撫でながら管理している御者に尋ねる。
「はい。散歩が好きなようでよく散歩に応じてくれました」
「ありがとう。じゃあヴァージル、久しぶりに私と散歩しましょうか!」
宣言するとヒヒンと返事のように鳴いてすりすりすり寄ってくる。かわいい。
ヴァージルは飼い主である私以外はあまり乗せたくない性質の子だ。久しぶりに乗って歩くのもいいだろう。
ヴァージルに会うために乗馬服に着替えたので、今すぐ乗ってもいいが、まずは普通に散歩しよう。幸い、公爵邸は広いため、散歩しても大丈夫だ。
そう決めると、早速ヴァージルと散歩を始める。
「元気そうでよかったわ、ヴァージル」
ゆっくりとヴァージルに学園のことを語りながら歩いていく。
「学園生活は毎日楽しいわ。好きな剣術は学べるし、学園の図書館は見たことない本がたくさんあって興味深いわ」
話していくとヴァージルが甘えるように頭をすり寄せてくる。
「ふふ。ちょっと、くすぐったいわ。勿論、お前のことは忘れたことはないわよ?」
よしよしと撫でると目を細めてこちらを見る。生後間もない頃から世話してきたからか、かわいく見える。
「学園では新しい友人も出来たのよ? いつかお前を紹介してやりたいわ」
オーレリアは馬は平気だろうか。アロラは馬が苦手なのはヴァージルを買ってから知ったが。
「でも嫌なこともあるの。学園には嫌な奴もいてね」
この嫌な奴は勿論ユーグリフトである。彼以外に特に嫌い、腹が立つという相手はいない。
「ムカつくことを言うわ、試験では負けるわってうんざり。一緒のクラスじゃなくてよかったわ。同じクラスなら毎日喧嘩してる自信あるわ」
ヴァージルについつい愚痴ってしまう。奴は一応公爵子息。いくら優しい両親やお兄様でも公爵子息であるユーグリフトの愚痴は言いにくい。
なのでついつい馬であるヴァージルに言ってしまう。
「ごめんね、こんなこと言って。久しぶりに会ったのに。もうやめるわ」
そう言って一度立ち止まる。するとヴァージルも立ち止まる。
ヴァージルに愚痴を言うのはもうやめよう。ヴァージルとっては誰それ?だろうし、言っても仕方ない。
それより、今の時間を楽しんだ方が得だ。ユーグリフトのことは考えない考えない。
そう念じると、手綱を掴んでさっとヴァージルの上に乗る。視界の高さが変わる。
「ヴァージル、歩いてくれる?」
そうして頼むと小さく返事してゆっくりと歩き出し、散歩をしたのだった。
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