第15話 王都の夜会1

 実家のカーロイン公爵邸に帰ってから数週間。

 領地では母と久しぶりにお茶を楽しんだり、お兄様の領地経営の話を聞いたり、領都を散策したりと穏やかながらも有意義な時間を過ごした。

 唯一残念だったのは父のお休みが短かったことだ。数日領地に滞在したけど、すぐに王都の方へ戻ってしまった。

 お兄様曰く、「父上は内務大臣だから仕方ない」のこと。分かっているけど、大変だと思う。体には気を付けて欲しいと思う。


 母方の実家であるウェルデン公爵領とは違い、暑いカーロイン公爵領では休憩をしっかりと挟みながら剣術の鍛練を怠らないようにした。

 公爵家に仕える騎士の訓練に参加しながら鍛練に勤しみ、また、ヴァージルと散歩をするなど、楽しい日々を送ることが出来た。

 そうして過ごして夏休みも残り少なくなったある日、母から呼び出しを受け、母の部屋へと向かった。


「お母様、私です。メルディアナです」

「入って」

「失礼します」


 ノックして名を名乗ると入るように言われ、ドアノブを回転して入室する。部屋にいるのは母のみだ。


「お母様? 何かありましたか?」

「メルディ。そこに座りなさい」

「……? はい」


 母に言われ、母の向かいのソファーに座る。

 そして私が座ると同時に一通の手紙をテーブルに置いてきた。


「これは?」

「貴女宛ての手紙。王都の夜会の招待状よ」

「えー」


 思わずだるい声をあげてしまう。最初に考えたことはただ、一つ。面倒だという気持ちだ。


 だって夜会に参加したら高確率でロイスとの婚約を言われる。それをかわすのがどれだけ面倒か。

 さらに言うと、夜会に参加するとなると“非の打ちどころのない令嬢”の仮面を被らないといけない。面倒極まりない。


 本音を言うと、ニコニコと愛想笑いを浮かべて煌びやかなドレスと宝石を身に纏って笑顔で腹の探り合いをするより、お忍びで領都を散策して、剣を振ってヴァージルと戯れている方が断然楽しい。

 私が婚約の話で夜会を面倒と思っているのを両親は知っている。なので、断ること出来ないか尋ねてみる。


「断ったらダメですか? 私はまだ未成年ですし」


 アルフェルド王国の社交界デビューは男女ともに十五歳だが……成人年齢は十八歳だ。

 つまり、十六歳にもなっていない私はまだ未成年。成人後は夜会にある程度参加しないといけないけど、未成年の私はまだ夜会やパーティーに積極的に参加しなくても許される年齢だ。

 毎回これで必要な夜会以外は逃げているので今回もこの戦法を取る。

 だが、上手くいかなかった。


「メルディ、裏を見なさい」

「裏? ……うげぇ!」


 母に言われて裏を見ると、異物を呑み込んだような声を出してしまう。

 すると母にギロッと鋭く睨まれる。ヤバい、お説教が始まる。

 さっと姿勢を正してそのまま維持する。

 母の睨みが続いていたが、三十秒を過ぎると小さく息を吐いて睨むのをやめる。同時に私も姿勢を少し崩す。ほっ、セーフ。

 

 そして改めて手紙の裏を見る。うん、この紋章、見間違いじゃない。

 獅子と剣の紋章。これはアルフェルド家のみが使える紋章だ。

 つまり、送り主は王家、ということだ。

 ペーパーナイフで封を開けて内容を読むためにさっと目を走らせる。

 そして読み終わって溜め息を吐く。…………いやだなぁ。


「……つまり、陛下の誕生日を祝う夜会を王宮で開くってことですね」


 手紙にはロイスの父親である国王陛下の誕生日を祝う夜会を開催すると書いてある。それに私も招待されている。


「そうね。これが私と旦那様だけならメルディは来なくてもいいけど今回は招待状を貰っているから今回ばかりは強制参加よ」

「強制参加ですか」


 分かっているが口に出してしまう。王家主催の夜会なんて一番面倒な夜会だ。

 まず断れない。なんたって相手は王家。公爵令嬢の私が断るなんて出来やしない。

 次に人が多いことだ。人が多い分、私とロイスのことで色々と話しかけて聞こうとする人が多いだろう。特に今年は学園に入学したため余計に詮索してきそうだ。

 はぁ、と溜め息が出てしまう。嫌だなぁ。でも参加するしかないだろう。

 私は勿論参加だが、主催者側であるロイスも参加して大変な目に遭うだろう。


「……それでも夜会自体は学園再開前の直前だから今すぐじゃないわ。だからまだ数日はここにいてもいいけど、王家主催の夜会があることを頭に入れておきなさい」

「……分かりました」


 そして母に挨拶して部屋を出る。仕方ない。参加するしかない。

 誰か話せる知り合いはいないだろうか。アルビーとライリーに、アロラは参加するのか手紙で聞いてみよう。

 そう決めて早速自分の部屋へと歩いたのだった。




 ***




「お嬢様、髪はどういたしますか?」


 鏡越しにケイティがどんな髪にするか尋ねてくる。


「いつもどおりよ。まっすぐに下ろしたままでいいわ」

「かしこまりました。では失礼致します」


 髪型をリクエストするとケイティが丁寧に髪を梳いていく。

 私が今現在いるのは王都のカーロイン公爵邸だ。

 領地から王都に帰ってきた私は本日開催される王宮の夜会に参加するべく、王都の屋敷で準備をしていた。

 

「お嬢様、本日はワインレッドのドレスですが髪飾りはどれにしますか?」


 そしてケイティが髪飾り用の宝箱を開いて見せてくる。

 異国で買った繊細な銀細工で出来た髪飾りに花模様の髪飾り、バレッタにヘアピンとたくさんの種類の髪飾りが目に入る。


「そうね……。この、真珠の髪飾りでいいわ」

「かしこまりました」


 指を差すのは「人魚の涙」と呼ばれる稀少な種類の真珠の髪飾りだ。黒髪の私がつけるとはっきりと見えるだろう。

 

「出来ました、お嬢様。今日もお美しいです」

「ありがとう、ケイティ。貴女のおかげよ」

 

 ドレスアップを終え、鏡に写る自分を見る。

 漆黒の髪は手入れされて美しく、落ち着いた色合いのワインレッドのドレスと相性が合う。


「お兄様は?」

「ジュリアン様なら一階でお待ちです」

「そう。じゃあ行ってくるわ」

「はい。いってらっしゃいませ」


 ケイティに別れを告げて下へ降りていく。

 今回の夜会は私は勿論、次期公爵であるお兄様も呼ばれている。

 だから必然と私のエスコート役はお兄様になる。

 お兄様の婚約者である伯爵令嬢も呼ばれているが、彼女は親族にエスコートしてもらうようなので私はお兄様と一緒に入場する予定だ。

 そして父と母、私とお兄様に別れて馬車に乗り、馬車の中でお兄様と談笑する。


「メルディ、よく似合っているよ」

「ありがとうございます。お兄様もよく似合っております」


 お兄様は紺を基調とした正装を身に纏い、私も似合うと言うと微笑む。

 優良物件のお兄様だが、婚約者がいるので人に囲まれても婚約の話は大丈夫だから少し羨ましい。


「友人は参加するのかい?」

「はい。アロラも参加する予定です。あと、アルビーとライリーも参加するようです」

「アルビーとライリーが? なら一緒にいたらどうだい?」

「はい。そうするつもりです」


 今回の夜会は友人のアロラに従兄のアルビーとライリーも参加する。広い会場だけど見つけて早く避難しよう。

 でもその前に両親と一緒に会場入りするから少しは父の挨拶に付き合わないといけない。頑張ろう。

 そう考えていると、御者から王宮へ着いたと伝えられ、お兄様にエスコートされて会場であるホールへ入場する。


「いつ見てもすごい……」


 ぼそりと呟く。

 さすがは王宮ということでやはりいつ来ても豪華だなと思う。

 煌めくシャンデリアは一目で一流の職人の手で作られたと分かるし、音楽家が演奏する曲は優美で、ホールの端には遠目からでも分かるおいしそうな料理が並んでいる。あ、私の好きな料理もある。

 

 おいしそう──、そう、考えているのをおくびにも出さずにニコニコと目の前の人たちに微笑む。


「おや、カーロイン公。今日はご令嬢も一緒とは」

「そう言えば聞きましたぞ、公爵。令嬢の試験が学年三位だったと。いやはや、鼻が高い」

「やはりロイス殿下の伴侶に相応しいのはカーロイン公爵令嬢ですな」


 そうやって口々に好き勝手なことを言うのは貴族の当主たち。入場した父を捕まえて早々に話しかける。


「娘の努力の結果だ。そして娘の将来だが、然る時に然る判断をするつもりだ」


 娘を褒め称える貴族に父が淡々と簡潔に答える。そして、私の将来については暗に「余計なことを言うな」と告げる。

 それを理解したのかそれまで私の将来を話していた当主たちが次々と口を変えていく。


「そうですな。カーロイン嬢はまだ学生。まだまだ時間は十分ありますからな」

「ははは、確かにそうですな」


 笑いながら皆、父の言葉に追随する。そうだそうだ。ほっておいてくれと声高々に言いたい。

 そして次々と父に挨拶するために色んな人が声をかけてくる。

 大貴族の当主で大臣を担う父はやはり知り合いが多く、近隣の領地の当主に部下の文官、同じ高位貴族と様々な人が近付いて声をかけてくる。

 それに対して淡々と対応している父はすごいと思う。

 そんな風に考えていたら一人の男性が近付いてきた。


「カーロイン公爵、久しぶりだ」


 父を呼ぶ男性の声にそちらを向ける。

 同時に、心の中でげっ、と思ってしまった。


 目の前にいるのはアッシュグレーの髪に氷のように冷えた色素の薄い冬色の瞳の壮年の男性。

 容姿の色は似ていない。だけど、所々似ているのはやはり親子だからだろうか。


「──これはスターツ宰相、お久しぶりです」


 父が呼んだのはユーグリフトの父親であるスターツ公爵家の当主、オズワルド・スターツ公爵、その人だった。

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