第13話 私の夢

 視線を感じる。

 私は決して視線に敏感とかではない。だけど、じっーとから感じる視線に気付かないほど、私は鈍感ではない。


「……何? アルビー」


 ペンを走らせるのをやめ、視線を向けてくる相手──従兄のアルビーに問いかける。

 ちなみに、アルビーはロリポップのキャンディーを口に入れていてお世辞にも行儀が良いとは言えない。


「あ、悪い。考え事してて」

「考え事? 人の顔を穴を開けるくらい見つめて?」


 即座に切り返すとアルビーは特に言い訳することなく、謝罪してきた。


「ああ、不躾だったか? 悪い悪い。ただ、メルディが男だったらなぁって思って」

「……私が男?」


 アルビーの予想外の言葉に眉間に皺を寄せながら、行儀を指摘する。


「アルビー、行儀が悪い」

「いいじゃんか。今はメルディとライリーしかいないし」

「そんなこと言って。伯母様に言いつけるわよ」

「安心して、メルディ。僕が言いつけるから」

「おい、ライリー! 言ったら許さねぇぞ!」

「行儀が悪いアルビーが悪い」


 またぎゃあぎゃあ騒ぐ従兄たちを見ながら夏休みの課題である最後の問いを解いていく。

 ここはウェルデン公爵家のリビング。広々とした空間には私とアルビー、ライリーの三人がいる。

 一応補足すると入り口の端にはケイティと公爵家の侍女が控えている。

 リビングにいる公爵家の侍女たちは皆三十代以上の女性で、昔から二人のこのやり取りを見ているため一切驚く顔をしない。日常の光景のような扱いだ。それはそれでダメなんだけど。


 最後の問題を解き終わり、ペンを置いてアルビーの方へ向き直す。


「で、さっきの発言はどういうこと? 私が男の方がアルビーに何か利益あるの?」

「俺にはねーよ。ただなぁ、メルディと対戦する度に思うんだよなぁ。メルディは剣筋がある。だから男だったらきっとすげー騎士になってただろうなぁって」


 自身の言い分を告げると今度はライリーが困ったような表情を浮かべながら溜め息を吐いた。


「……珍しくアルビーと意見は一致するね」

「なんだとこら。溜め息はいらねぇだろ!」


 そんなアルビーの抗議を無視するかのようにライリーは私の方を見る。憐れなアルビー。


「アルビーの言うとおり、確かにメルディには才能があるよ。それこそ、僕よりもだ。だから思うよ。令嬢じゃなくて子息だったらよかったのに、ってね」

「……私が子息だったら?」


 ライリーの口からも同様な内容がこぼれて反芻する。

 すると、アルビーが続きを言うように話し出す。


「そう。お前が騎士に憧れるのは分かるよ。孫の中で一番じい様慕ってたしな。だけど、公爵令嬢が女騎士になるのって大変だろう? 野営もあるし長期の遠征もある。騎士になる気があるのか知らねーけど、もしなっても才能があるのに生かせなかったら勿体ないなって思って」


 アルビーが教えるように丁寧に説明してくれ、そのことに苦笑する。

 確かにアルフェルド王国は女性騎士を容認しているけど、その数は男性騎士と比べると圧倒的に少ない。

 だから才能があっても生かされにくい。

 そして、もう一つ。私が女性騎士になるには大きな壁が立ち塞がっている。それで心配してくれているのだろう。


「二人とも、心配してくれてありがとう。でも諦める気はないわ。出来る限り頑張ってみるつもり。だから安心して」

「メルディ……」


 ライリーが心配そうな顔を向けてくる。苦笑しながら大丈夫と告げる。


「大丈夫よ。私の性格は知ってるでしょう? 目標に向かって全力で頑張るつもりよ」


 ニコッと笑いながら宣言する。暗い雰囲気させたらダメだ。


「メルディ……。分かったよ、応援するよ。俺、バカだけど応援くらいは出来るからな」

「メルディ、従兄妹だから何か困ったことあったらいつでも気軽に相談していいからね」

「ありがとう、アルビー、ライリー」



 励ましてくれる二人に笑って返事する。

 その後、三人でお茶を飲みながら色々な話をして楽しく過ごしていたけど、伯母さまがアルビーのテストの点数を見つけて怒ってアルビーは伯母さまに連れ去られていった。




 ***




「涼しいなぁ」


 夕方の公爵家の中庭は涼しい風が吹いていて気持ちがいい。夕方ということもあり、日が暑くないのも関係しているだろう。

 そして昔からお気に入りのベンチを見つけて一人座る。


「ふぅ……」


 早いもので明日にはウェルデン公爵家ここを出ないといけない。あっという間だった。

 アルビーにライリーとお話ししたり、伯父様とお祖父様に鍛練を見てもらったり、伯母様と一緒にお茶会をしたりと充実した数日間だった。


「…………」


 先ほど、アルビーに言われたことを思い出す。


『メルディが男だったらなぁ』

『男だったらきっとすげー騎士になってただろうなぁ』


「……本当、そうだよね」


 独り言をぼそっとこぼす。言っても仕方のないことだけど。


「どうした、メルディ。何か悩み事か?」

「! お祖父様!」


 私に声をかけてきたのはお祖父様。未だ、腰が痛いため杖を突きながら歩いてくる。


「歩いてよろしいのですか?」

「何、少しくらい平気じゃ。戦場で不死身と言われた儂は伊達ではないぞ」

「それなら良いのですが……」


 そしてお祖父様が私の隣へ座ってくる。


「一人か? アルビーとライリーはどうした?」

「アルビーは伯母様からテストの点数でお説教を、ライリーは読書しているはずです」

「アルビーはまたやらかしたのか。全く、誰に似たのか」


 怒るお祖父様に苦笑いする。これはお祖父様からも説教が来るかもしれない。アルビー、ご愁傷様。


「メルディはどうじゃ? 初めての試験難しかったか?」

「いいえ。ですが、惜しくも三位でした」

「三位! いいではないか!」

「ありがとうございます」


 お祖父様が我が事のように喜んで褒めてくれる。

 しかし、憎き敵であるユーグリフトに負けたため複雑だ。次は絶対に勝ってやる!


「ロイス殿下とは仲良しか?」

「はい。ロイスとは同じクラスで。今回の試験、全科目満点で堂々と一位に君臨していて悔しかったです」

「ロイス殿下は昔から勉学に大変優秀であったからな。仕方あるまい」


 お祖父様がロイスを褒める。お祖父さまはロイスのことを知っていて、孫のようにかわいがっている。


「よし、では次へ行こう。メルディ。何悩んでおる? このじい様に言いなさい。じい様が叶えてやろう」

「叶えてもらうものではありませんよ。それに、悩み事なんてありません」


 お祖父様が言うも誤魔化す。今は腰痛でしんどい思いをしているのだ。そんな時に相談するような内容ではない。

 これは、私の問題で自分で解決しないといけない。


「む、メルディ。この儂を欺こうとは。騙されんぞ」

「……逆にお祖父様。どうして私が悩んでいるとお思いですか?」


 逆にお祖父様に質問する。どうしてこう確信を持っているのだろう。

 質問するとお祖父様はニヤリと笑ってきた。


「お主は昔から辛いことや悔しいことがあればここで一人でおるじゃろう。あの双子は騙せてもじい様は騙せんぞ」

「…………」


 お祖父様が意気揚々と答える。……次からは気を付けよう。


「ほら、メルディ。言いなさい。何を悩んでおる?」

「……お祖父様は騙せないようなので言いますよ。……女性騎士のことです」


 そして胸に抱えた思いを吐露する。


「我が国は女性騎士を容認しています。ですが──公爵家出身の女性騎士は今も昔も誰一人おりません。いても辺境伯家までです」


 アルフェルド王国は女性騎士を容認しているが問題がある。それは生まれた爵位だ。


 多くは下級貴族出身で女性騎士のうち、男爵家と子爵家で八割を超えている。残りの二割は伯爵家と辺境伯家の女性だ。

 公爵家出身の女性騎士は今まで誰一人いない。公爵家出身の男性騎士なら幾らでもいるのに、だ。

 理由は分かっている。高位貴族の女性ほど、働くことに無縁だからだ。高位貴族出身の令嬢が侍女として働くのは殆どない。

 だからこそアルビーがああ言ったのも分かる。私が目指しているのは如何に難しいのか、ということだ。


「騎士になりたい思いは今も変わりません。ですが、それが如何に難しいか理解しているつもりです」


 姿勢を良くして真っすぐと先を見る。

 視線の先には美しい花がたくさん咲いている。

 本当は家のためになる人と結婚するのが一番いいと分かっている。

 でも、騎士になりたいと思う気持ちは強くて結局、その夢を諦めきれずに今に至る。

 僅かに暗い気持ちになる。吐露するつもりもなければ、自分一人で考えるつもりだったのに。


「ふむ……。……メルディや。この国で最初の女騎士は誰か知っておるか?」

「当然です。ブリュンヒルド・ベルマン子爵令嬢です」


 ブリュンヒルドは女性騎士を目指す者なら皆知っていて尊敬する女性だ。

 ブリュンヒルドが女性騎士になったのは困窮した子爵家を助けるためで、得意な剣術を生かそうと近衛騎士団の試験を受けて入団した我が国初の女性騎士だ。


「ベルマン卿はその後、王女付きの護衛騎士に選ばれたほどの女性です。私の、尊敬する女性騎士の一人です」

「うむ。そのベルマン卿が騎士になったのは今から約百五十年前じゃ。当時は物議を醸したと言われておるな。だが、ベルマン卿のおかげでその後も少ないが女性騎士が誕生していった。それは素晴らしいと思わんか?」


 お祖父様が私を見て問いかける。そんなの、勿論すごいに決まっている。

 ベルマン卿がいなければ女性騎士を諦めていた人もいるかもしれない。もしかすると女性騎士という存在もなかったかもしれない。


「勿論すごいです。ベルマン卿の存在は大きいです」

「うむ。それでメルディは公爵家だから女騎士は難しいかもしれないと言ったな? ──ではメルディが最初の公爵家出身の女騎士になればよい」

「は……、私がですか?」


 お祖父様の言葉に一瞬瞠目する。……私が、最初の公爵家出身の女性騎士に?


「腕はこの儂が教えただけあって確かじゃ。まぁ、女ということで男より力が弱いが代わりに俊敏力がる。それを上手に生かしたら十分に活躍出来るじゃろう。夢は簡単に叶うわけではない。だが、諦める必要はないと儂は思う。リーリヤやカーロイン公はなんと言っておる?」


 リーリヤはお祖父様の娘だ。つまり、私の母の名前だ。

 

「……家族にはまだ言っていません。ですが、私が剣術をすることに特に反対の言葉を言いません。私を尊重してくれています」


 そう言いながら父と母、そして兄の顔を思い出す。

 家族にもこの気持ちは伝えていない。知っているのは幼馴染のロイスだけ。

 だけど、昔から公爵令嬢らしかぬ趣味を持っていても家族は苦笑しながら見守ってくれた。……優しい家族だと思う。


「なんと、言っていないのか。ならメルディ、まずはカーロイン公にたちに己の思いを伝えなさい。そして、騎士の夢を叶えなさい」

「お祖父様……。……私は騎士になれますか?」


 不安が混じった声で問いかける。先ほど、お祖父様が腕があると言ってくれたけど、少し不安だ。

 この私が、最初の公爵家出身の女性騎士になれるのだろうか。


「メルディ、お主はこの“不死身の王立騎士団長”の孫娘じゃ。アルビーたち、男と同等の訓練を耐えて乗り越えたのだ。それを忘れるな」


 お祖父様が笑いながら教えてくれる。

 その言葉に胸の中にあったおもりがゆっくりと消えていく。……お祖父様は、私の力を信じてくれている。

 なら、私も信じないと。私自身が、努力した時間を信じないとどうなるんだ。


「……はい。騎士の夢を諦めずに今後も精進するつもりです」


 改めて騎士になると声に出す。

 まだ王家を守る近衛騎士と国を守る王立騎士、どちらになるか決めていないけど、どちらにしても騎士になってみせる。

 そのためにはカーロイン公爵領でも鍛錬を頑張ろう。怠ってはいけない。

 

「ありがとうございます、お祖父様」


 そしてお祖父様にニコリと笑ったのだった。




 ***




 翌日、ウェルデン公爵領出発の日。 

 伯父様に伯母様、アルビーにライリー、そしてお祖父様に挨拶して私はカーロイン公爵領へと向かった。


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