第12話 ウェルデン公爵家の双子

 カァン、カァン、と鉄と鉄のぶつかり合う音が響きあう。


「おりゃああぁぁぁ!」

「うおっ!?」


 そして止めの一撃を放ち、相手が剣を手放すのを確認する。

 真剣を用いた戦いは数ヵ月ぶりだ。学園では怪我をしないように一年生の間は木剣を使うのが決まりとなっている。


「いってぇ~。メルディ、力入れすぎ」

「ごめん、アルビー。イライラしてたから、つい」

「俺ストレス発散の道具されてたの!?」


 痛がる従兄に謝ると大声をあげられた。確かに、少し力入れすぎてたかもしれない。

 たった今対戦していたのは母方の従兄にあたるアルビー・ウェルデン。赤い髪に朱色の瞳を持つ、ウェルデン公爵家の次男で私の一つ上だ。

 

「何々? メルディ、なんかあった?」

「ライリー」


 額の汗を手の甲で拭いていたら観戦していたもう一人の従兄が尋ねてきた。

 赤い髪に青い瞳を持ち、アルビーと瓜二つの顔で尋ねてくるのはライリー・ウェルデン。アルビーの双子の弟で、ウェルデン公爵家の三男で、同じく一つ上の従兄だ。

 そっくりな容姿をしているけど、この双子、中身は結構違う。


 アルビーは口が悪く、剣術が得意で実技試験は常に五位以内の脳筋だ。でも勉強はいつも赤点すれすれの状態。

 一方のライリーは口は悪いもののアルビーほどではなく、勉強は十位以内に入る秀才だ。だけど、剣術は下から数えた方が早い。

 簡単に言うと、剣術が出来るのがアルビー、勉強が出来るのがライリーだ。

 ちなみにアルビーとライリーの上に長男がいるが、彼は成人を迎えていて現在、国防を担う王立騎士団に所属していてウェルデン公爵領にいない。

 どんな人かというとアルビーとライリーを足して割ったような人で剣術も出来て頭も回る人だ。


「メルディがイライラしてるなんて珍しいね」

「同級生で癪に障る相手がいてね。この前の学期末試験も三位でそいつに負けたのよ!」

「でも三位ってすごいじゃん。僕なんて今回八位さ」

「あいつに勝たないと意味ないの! ああ、憎たらしい!!」


 話すとユーグリフトのあの腹立つ顔を浮かぶ。きっとこの様子を見たら腹を抱えて笑っていることだろう。


「ねぇ、ライリー。ライリーも対戦しない? 気分転換なるわよ?」

「メルディが誘ってくれるのは嬉しいけど、僕じゃメルディの相手にならないよ。戦術理論なら幾らでも付き合うよ。実践は脳筋のアルビーが専門だ」

「は? おい、ライリー! 兄貴様に何て言い草だ!」

「えー? やだなぁ、数分早く生まれただけだろう?」

 

 アルビーが噛みつくとライリーがにこやかに切り返す。この二人、顔はそっくりだが仲はあまりよくない。なのでよく口喧嘩している。私には二人とも優しいのに。


「……いい天気」


 空を見上げると、明るい青い空と大きな入道雲が見える。風も涼しい。やっぱりここに来てよかった。


 私が今いるのは母方の実家であるウェルデン公爵領だ。国の北部に位置し、夏は避暑地に適した土地で涼しい風が先ほどから吹いている。

 今日、私がここにいるのは久しぶりにお祖父様に会いに来たからだ。

 実家のカーロイン公爵領にも行く予定なので滞在予定は十日間ほど。

 短いけど、久しぶりにお祖父様や普段学年が違って交流も少ない従兄たちと仲良く過ごそうと考える。

 

 そして昨日到着した私は早速今日、アルビーに試合を申し込んで対戦していたところだ。

 このあとは久しぶりにお祖父様に剣術の指導をしてもらう予定だ。

 そう、してもらう予定だが……。

 ちらり、と口論している従兄たちを見る。


「はぁぁぁっー!? なんだよ、俺より剣術下手なくせに! 去年、渋々剣術の科目取って実技を助けてやったのは誰か忘れたのか!? ああ!?」

「それこそアルビーの赤点回避に協力したのは誰? 僕のは一年間だけど、僕は三年間アルビーを助けないといけないんだよ。分かる? ん?」

「…………」


 はぁ、と溜め息を吐く。幾ら公爵領ここが涼しいからってよく騒げると思う。

 ちなみにアルビーがああ言っている理由はウェルデン公爵家が戦で功績を上げて爵位を得た帯剣貴族だからだ。

 そのため、ウェルデン公爵家の男児は必ず、王侯貴族が通うエルゼバード学園で一年は剣術の授業をするのが決まりとなっている。

 ライリーは剣術が苦手だ。だけど、代わりに戦術理論は優れていて、参謀に向いている。

 一方のアルビーは剣術は得意だけど戦術理論はからっきしだ。本当、容姿は似ているけど中身はとことん真逆だと思う。

 今だってぎゃあぎゃあと私を置いて喧嘩している。全く、元気なことだと思う。


「いえ、それはお嬢様もでは? 先ほどまで重い真剣を元気に振り回してましたよね?」

「ケイティ、私はあの二人とは違うわ」


 ケイティが突っ込んでくる。いいや、私はあの二人と違う。同族ではない。現にアルビーとライリーは口喧嘩中だ。

 そんな二人のやり取りに呆れていると、後ろから声がかけられた。


「メルディ、アルビー、ライリー。何をしておる?」

「! お祖父様!」


 名を呼ばれてそちらへ振り向く。

 現れたのは私、アルビーとライリーの祖父であるヘルムート・ウェルデン。先代ウェルデン公爵家の当主で、戦時中は数多の戦場を生き抜いたことから「不死身の王立騎士団長」と呼ばれている、生きた英雄だ。

 そんなお祖父様が杖を突いてこちらへ歩いてくる。


「メルディ、アルビーと対戦をしていたのか?」

「はい! 夏休みとはいえ、鍛練を疎かにする理由にはなりません! お祖父様、どうか私にご指導を!」


 ピシッと姿勢よく挨拶して頼み込む。私の戦闘スタイル、戦術理論は基本的にお祖父様に教えられた。正しく、お祖父様は私の師匠である。


「そうか……。悪いな、メルディ。それは難しそうじゃ」

「え……?」


 お祖父様の言葉に衝撃を受けて固まる。鈍器で頭を殴られた感覚だ。


「どうしてですか!? 剣術指導をしてくれるという約束ではなかったですか!」

「……メルディ。儂は今、重大な病を抱えている……」

「病……!?」


 そんな。あの「不死身の王立騎士団長」のあだ名を思いのままにしていたお祖父様が、病気に?


「……いつからですか? どうして、どうして黙ってたんですか!」

「すまぬ、数日前に発症してな……。治ると思っていたが治らなくてな……。くっ、不甲斐ない体じゃ」

「そんな……」


 お祖父様の発言にふらついてしまう。

 お祖父様が不死身と呼ばれる由来は高い自然治癒能力が関係する。

 致命傷と呼ばれる怪我を経験するもその高い自然治癒能力で峠を幾度も乗り越えたお祖父様が苦しむなんて。


「恐ろしい難病だ。多くの戦場に赴き、幾度も命のやり取りをしてきたが……今までで一番の痛みじゃ。ガーランド戦役や三年戦争での怪我などの比ではない」

「そこまでですか……!?」


 お祖父様の呟きに口を覆う。ガーランド戦役も三年戦争も熾烈を極めた血の戦争だと有名だ。

 そして、今の病はその時の比の痛みではないという。

 ……王都の医者でも治せないかもしれない。でも、動かずに諦めたくない。


「お祖父様、お話しくださいませ。その病名は? このメルディアナ、必ずや治療出来る医師を探し出してみせます!」


 病名を聞いて必ず、お祖父様を救い出して見せる! 死なせてなるものか!


「メルディや……。なら告げよう。この病名を」

「はい、教えてくださいませ」


 ゴクリと唾を呑んでお祖父様の教えを待つ。一体、どんな難病なんだ。


「よく聞きなさい。……儂の病は腰痛。腰を痛める、恐ろしい難病じゃ」

「……んん? 腰痛、ですか?」


 腰痛って、あの? 腰を痛める?

 もっと恐ろしい病気を想像していたためやや拍子抜けする。


「そんなに痛いのですか?」


 困惑の表情を浮かべながら尋ねると、くわっとお祖父様が目を見開いて叫ぶ。


「メルディよ、これは嘗めてはいかんぞ。痛くて痛くて堪らん! 医者に聞くと治るのに一ヵ月以上かかると言う! 一ヵ月以上かかる怪我はガーランド戦役以来じゃ!」

「い、一ヵ月以上ですか……!?」


 驚いて声が大きくなる。確かにお祖父様にとって珍しい大怪我に入るだろう。現に杖を突いて歩いているのは恐らく腰が痛いからだと思う。

 するとお祖父様の存在にやっと気付いたアルビーとライリーが声をかける。


「って、じい様歩いていいんかよ。腰悪化しても知らねーぞ」

「お祖父様……。あまり歩くとまた大変な目に遭いますよ?」


 互いに溜め息吐きながら心配する。こういうところは息ぴったりだ。


「いつから腰痛になってるの?」

「五日前だな。じい様、年なのに領地の若い騎士と張り合って剣術指導して腰痛めてな」

「おかげで教えてもらっていた騎士たちは顔面蒼白だよ。ま、お祖父様が悪いんだけど」

「アルビー、ライリー。それが祖父に向ける言葉か!」


 お祖父様が叱責するとアルビーとライリーかきょとんとした顔を浮かべて互いを見る。

 そしてお祖父様に顔を向けると、同時に言い放った。


「だってよ、じい様。いい年なのに現役と同じように動き回ったんだから、じい様の自業自得だろ?」

「まず、ご自身の年齢を考えて下さいよ。父上も注意したのに無理して。お祖父様の自業自得では?」

「ぐぅっ……!」


 容赦なくお祖父様の心を抉ってくる。やりすぎだと思う。この話はもうやめるべきだ。私はお祖父様の肩を持つ。


「分かりました。ではお祖父様。見るだけなら大丈夫ですか? 口頭でのご指導お願いしたいのですが」

「それは構わんよ。それを伝えるために来たのだから」

「ありがとうございます。アルビーともう一度対戦もしようと思うのでそれもご覧下さい」

「あい、分かった。ならまずは対戦を見よう」

「はぁ!? ついさっきまで対戦してたんだぞ!」


 アルビーが抗議の声を上げる。嫌なら少し休憩してから対戦してもいいと思い、声をあげる。


「なら一度休みを挟んでもいいけど」

「なぁに、メルディ。アルビーは儂と似て体力がある。従妹より体力がないとは言うまい」

「安心して、メルディ。アルビーの強みは体力バカということだからね。逆にメルディこそ平気?」

「私は大丈夫だけど……」


 ってかさりげなくライリー、またアルビーを貶している。


「おいおいライリー。さりげなく人をディスるなよ? 一応、俺たち双子だからな?」

「あはははっ、嫌だなぁ。やめてよ、アルビー。双子だけど僕たち所詮は他人だからさ」


 ライリーの貶し言葉に気付いたアルビーが青筋を立てて注意するも、対するライリーはにこやかにアルビーを罵し続ける。また始まった。あとこの喧嘩は少なくとも五分はかかるだろう。


「学園では学年が異なるため関わることはなかったのですが、相変わらずですね」

「全くだのう。よい、メルディ。東屋で茶を楽しみながら久しぶりに儂の武勇伝を語ってやろう」

「本当ですか!」


 まさかの収穫だ。久しぶりにお祖父様の武勇伝を聞けるなんて!


「お願いします!」

「では行くか」

「はい!」

「では、私は公爵家の侍女とともに手伝います」


 そう言ってケイティはさっさと消えて準備に入ったのだった。


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