第11話 学期末試験

 それからユーグリフトと関わることなく、平穏な数日を過ごすことが出来た。

 今日から学期末試験から一週間前になる。いつまでも奴のことを考えるわけにはいかない。私は自身の勉強にロイスとオーレリアの方で忙しいのだから。


「メルディアナ様、おはようございます!」

「オーレリア、おはよう」


 女子寮を出て学園に向かって歩いていると後ろからオーレリアが元気に挨拶してきた。


「あれ、アロラ様は?」

「アロラは先に行ったわ。今日の提出物まだ終わってないから先に行って勉強してるわ」

「そうなんですね」


 オーレリアが隣に来たのでともに歩く。夏ということもあり、今日は少し暑い。


「今日は少し暑いわね」

「もう七月ですからね。でももう少しで夏休みですよ!」

「そうね。オーレリアは領地に戻るのよね?」

「はい! 今から楽しみで。ずっと住んでいた故郷なのに数ヵ月離れているだけで遠い昔に感じてしまいます」


 そう言ってオーレリアは無邪気に笑ってこちらも自然と目を細めて笑ってしまう。本当、くるくると表情がよく変わる子だ。


「メルディアナ様は? 実家に戻られるのですか?」

「そうね。久しぶりに兄に会いたいし」

「お兄様は領地に? 今は社交シーズンですよね?」

「兄には婚約者がいるから夜会に頻繁に参加する必要がないの。大臣をしている父に代わって今は領主代行してるわ」


 四つ上のお兄様は今年で二十歳。妹の私が言うのもなんだが端整な顔立ちをしている。

 そんなお兄様は今、カーロイン公爵領にいる。

 理由は父が大臣で忙しいのと、将来受け継ぐ領地を豊かにするべく今から領地経営に力を入れている。

 その父は日々忙しく働いているけど、なんとこの夏は休みを数日貰う予定で久しぶりに領地で家族団欒が出来る予定だ。

 

「あとは母方の祖父に会いに行くつもりよ」

「お祖父様ですか! それは楽しみですね!」

「ええ。久しぶりだから楽しみよ」


 当主の座をお母様の兄……伯父様に譲ってから祖父は隠居して過ごしている。

 それでも騎士団には祖父の知り合いが多く、未だ影響力があっても過言ではない。

 幼い頃から私をかわいがってくれた人で、私も祖父を慕い、騎士として尊敬している。


「母方の領地は自然豊かな場所だから避暑地にも適していてね。そこで少し過ごして実家に戻るつもりよ」

「充実してますね! 私はラヴェル王国の辺境伯一家が代替わりでこちらに来る予定なんです」

「あら、そうなのね」


 ほほう、隣国の辺境伯が代替わりか。当主の交代だろう。……ならパーティーをするだろう。


「じゃあパーティーするのね。緊張する?」

「いえ、昔から知ってる一家なので大丈夫です」

「そう。年の近い子息はいるの?」

「え?」


 きょとんとした顔でオーレリアが呟く。かわいらしい。が、今は違う。

 気にしているのはパーティーで年の近い子息と出会って恋をすることだ。そこが少し気になる。


「ふふ、どうしたんですか? いませんよ。一番近い男の子も十一歳です。弟と同じ年ですね」


 笑いながらオーレリアがそう教えてくれる。ほっ、よかった。なら大丈夫だろう。

 

「ごめんなさい、少し気になって。オーレリアがかわいいから心配して」

「かっ……!? そ、そんなっ……」

「?」


 理由を述べると動揺して頬を朱色に染めるオーレリア。どうしたんだろう。


「め、メルディアナ様も……身長も高くて美人で、本当にお美しいです……!」

「ありがとう」


 オーレリアもお返しのように褒めてくれる。うん、身長が高い私はかわいいというよりきれい系だとよく言われる。私もそう思う。

 

「カーロイン公爵領は王都の近くってこともあって交通の便が発達しているの。だから色んな地域の特産物があるの。せっかくだからお土産買って夏休み明けに渡すわ」

「いいんですか?」

「ええ。何かリクエストがある?」

「いいえ、なんでもいいです。ありがとうございます」

「いいのよ。友人じゃない」


 お礼を言うオーレリアに返事する。遠くに住む友人にプレゼントを渡すことなかったからなんか新鮮だ。


「じゃあ私も何かお土産買ってきます!」

「ふふ、じゃあ楽しみにしているわ」


 和やかな会話をしながら靴を履き替えるために一度オーレリアと別れる。

 その時、ばったりと先日見た嫌な顔を顔を合わせる。

 紅玉のような瞳と目が合い、顔には出さないが内心げっ、となる。なんで会ってしまったんだろう。


 目の前には昨日会った奴――ユーグリフト・スターツがそこにいた。

 奴はじっとこちらを見る。無言で私も見つめ返す。


「…………」

「…………」


 互いに沈黙のまま。奴、ユーグリフトは何を考えているのか分からない目で私を見て、私は無表情でユーグリフトを見つめ返す。


「メルディアナ様? どうかしましたか?」


 すると靴を履き替えて廊下に来たオーレリアが私に声をかける。はっ、となってオーレリアの元へと向かう。


「ごめん、今行くわ」


 じっと見てきたのは分からないが声を出さないのならこのまま無視しても構わない。幸い、今まで交流がなかったのだ。無視しても大丈夫だ。

 そしてユーグリフトの横を通り過ぎる。

 しかし、その前に後ろから声が投げかけれられた。


「おはよ、カーロイン」


 ピクッ、と立ち止まる。正確には立ち止まるしかなかった。

 おはよ、だけならまだ無視出来たけど、名前を呼ばれて無視するわけにはいかないからだ。

 イラ立つも一応世間では私は「非の打ちどころのない令嬢」と呼ばれている。人が大勢いる前で己の感情を隠すのは得意な方だ。先日の図書館での醜態? あれは無効だ。だってあの醜態を見せたのはユーグリフト・スターツのみだから。奴も言っていたが、周辺に人がいなかったのは私も確認済みだ。


 とまぁ、先日のことは置いておいてイラ立ちながらも令嬢としての笑みを即座に作り、ユーグリフトの方へ振り向く。


「おはようございます、ユーグリフト様。珍しいですね、私に声をかけるなんて」

「たまたまだよ。マーセナスもおはよう」

「え、お、おはようございます……!」


 作り笑いを浮かべて私に話しかけた後、隣にいるオーレリアにも挨拶する。これ、猫被りしている。

 突然話を振られたオーレリアが戸惑いながらも挨拶を返しながら私たちの様子を窺う。


「いつもこの時間?」

「そうですが何か?」

「ふぅん、別に」


 おい、質問してきて答えたのに何その興味ない態度。なら聞くなと言いたい。

 

「そうだ、この前は突然の頼みなのにありがとう。カーロインたちは勉強熱心なんだね」

「学生の本分は学業なので当然です」


 そして先日のことを話し出してこちらも令嬢の笑みを維持して返す。

 ああ、でもコイツは授業中よく寝てサボってるんだった。なんて不真面目なんだろう。

 いくら勉強し終えているからってサボるのはよくないと思う。


「そう言えばユーグリフト様はよく授業中寝ておられるのですね。あまり感心しませんわ」


 指摘するとユーグリフトが驚いたかのように僅かに目を見開く。ふふん、言ってやった。なんかスッキリした。

 しかし、そうしているのも束の間、ユーグリフトの次の言葉に打ち消された。


「……何? ストーカー?」

「は?」


 眉を顰めながらユーグリフトの口から予想外の言葉が出て思わず低い声が出る。

 ストーカー? 私が? 違う! 誰がコイツのストーカーなんてするんだ! 


「まぁ、何を勘違いしているのか。ユーグリフト様のクラスメイトからお聞きしただけですわ。そんな、自惚れないでくださいな」


 内心吠えながらもニッコリと微笑んで毒を吐く。勘違いも甚だしい。

 冷え冷えのオーラを流しながら笑顔でそんなことを言うと、オーレリアが隣で「ひぃ」と言うがスルーする。

 この前のような失敗はしない。この前の私と違うのだ。


「そっか、てっきりストーカーされているのかと思ったから安心したよ。ああ、あと勉強のことだけど心配無用。なんならカーロインより上の順位とれると思うから」

「は?」


 するとユーグリフトもニッコリと作り笑いを浮かべて人を煽ってくる。……今、なんと?

 私より上にいける? 授業中、居眠りしててサボってる人が?


「……まぁ、随分と自信があるのですね」

「ま、寝ていても理解しているし。なんなら勝負してもいいけど?」


 随分と挑戦的だ。

 しかし、ここで退くわけにはいかない、と私が囁いている。

 今まで私は全てに全力出してきた。

 理由はカーロイン公爵家の娘という体面もあるが、祖父の教えが関係する。


『よいか、メルディ。お主は器用で何事もそつなくこなせる儂の自慢の孫娘じゃ。──だが、だからと言って慢心するではないぞ。慢心したら己をより高めることが出来ん。そして最後、当初は己より下だった者に追い越されるからな。どんな者にも常にその時、己が出せる全力を発揮するのだ。それが、相手への敬意になる』


 そう言って当時五歳の私の頭を撫でてくれた。

 数多の戦場に立ち、時には敵将と一騎打ちした祖父の言葉は説得力があり、その教えを忘れたことはない。

 そのため、公爵令嬢に必要な淑女教育に既に習った学園の授業も疎かにせずに真面目に取り組んだ。

 剣術の鍛練もそうだ。才能があれど、日々の鍛練を手を抜くようなことせず、常に真剣に練習し続けた。

 どんな者が相手でも油断せず、全力で向き合うのが私の流儀だ。


「いいわ。その勝負、乗った」

「メルディアナ様!?」

 

 隣でオーレリアが名前を呼んでオロオロと私とユーグリフトを見るも……これは挑戦状だ。それを受けなければ敗北を宣言するようなものだ。

 ついでに、その余裕綽々の鼻をへし折りたい、そう思った私はその提案を受け入れる。


「じゃあ総合点を競おうか」

「どうぞ、勝敗の付け方は任せます。どっちみち、私が勝ちますんで」

「へぇ、言ってくれるな。油断禁物って知ってる?」

「そういうユーグリフト様こそ傲岸不遜という四字熟語を知っていますか?」


 互いにニコニコと作り笑いをしながら相手を貶す。両者どちらも譲らない。

 試験勝負すると決まったなら勉強したい。こんな無駄なやり取りするより一問でも問題を解いた方がいい。


「後悔なきよう。全力で潰しにかかりますから」

「その発言、カーロインこそ傲岸不遜な発言だ。そっくりそのまま返してやる」

「おほほほ。私が傲岸不遜ならユーグリフト様は傲岸不遜に自信過剰ですわ」


 そして宣言するかのようにきっと睨んで宣戦布告する。


「学期末試験、覚悟してください。敗北を味わわせててやりますから」

「そうか、楽しみにしているよ」


 ふふふ、はははと互いに意味深な笑みを浮かべる。

 なお、私たちを見た他の生徒たちが困惑しながら見ていたのは別の話。




 ***




 そしてそれからの一週間、ひたすら勉強し続けた。

 全てはいけ好かないユーグリフトの敗北の顔を見るためだ。そのためなら勉強漬けになっても構わない。


 ユーグリフトに勝つ、その信念で勉強したおかげで試験では躓く内容は一つもなく試験を終えることが出来た。

 答案が返ってきて口角があがる。

 学期末試験の科目は全生徒共通の古語や王国史、数学や天文学などの七科目に各自受講している選択科目が追加され、生徒によってバラつきがある。

 ちなみに私は全部で十二科目の試験を受けた。

 学園の掲示板に張り出されるのは共通の七科目のみで、上位十位まで名を連ねることが出来る。

 その七科目中、私は五科目満点を取った。残りの二科目も満点に近い数字だ。


「おー、すごいじゃん。メルディ」

「わぁ……! さすがです、メルディアナ様!」

「ふふん。今回は頑張ったからね。これは私の勝利だわ!」


 ほぼ全て百点取った私にユーグリフトが勝てるはずがない。勝者の宣言をして敗北を味わわせてやる。

 余裕の足取りで上位十位まで貼り出されている掲示板を見る。どれどれ。

 そして自分の名前を見つけると、ピクリと止まってしまった。……えっ?


「メルディアナ様?」


 オーレリアが隣で呼びかけるも反応出来ない。そんな、どうして。

 半数以上の科目を満点で取り、これで勝ちだと思っていたのに。ユーグリフトを見返せると思っていたのに。

 なのに――。


「……さ、三位?」

「え?」


 震える声がこぼれてしまう。

 見間違えかと思った。

 寝る間を惜しんで勉強した。試験では全力を出しきった。

 なのに三位だなんて。

 一位のところに名を連ねているのは二人。


 一人はロイス。全科目満点だったのは聞いていたのでこれはいい。勉強が得意なロイスだから驚いたものの、納得した。

 しかし、納得出来ないのがもう一人の一位。

 なぜ。なぜ一位の名前にユーグリフトがいるんだ!

 不正? いいや、あり得ない。学園はそういうのは厳しい。もし不正したら理由問わず即退学案件だ。

 だからこれは奴の実力ということで──。

 ふらっとなって慌ててオーレリアが支える。


「わ、メルディ!?」

「負けた……。負けた……」

「め、メルディアナ様、元気出してください……! 三位なんてすごいじゃないですか!」

「そ、そうだよ! 女子では一位だよ!?」


 オーレリアとアロラが慰めてくれるけど……私の心は晴れない。

 自信があったのに負けたショックで立ち眩みする。


「…………」


 いくら見ても私の名前の隣に三位という数字がある。これが、現実。

 もう離れよう、と思って重い体を引き摺って歩き出すと前方からユーグリフトを見つけた。げぇ。今、会いたくなかったのに。


「カーロイン。どうだった? 俺、全科目満点だったけど」

「…………」


 人目がなければ今頃グルルと動物の威嚇のような声をあげていたことだろう。おのれ、憎々しい。

 ユーグリフトは視力がいいのか、遠目から掲示板を見て呟く。


「カーロインは三位か。……まぁ、次頑張れば?」

「……っ! この、覚えておきなさい……! 次は勝ってやる!」


 ニヤリと笑われたことに腹を立てた私は捨てセリフのようなことを吐き出して早足で去っていった。

 そして、腹立つ感情は消えないまま夏休みへ突入した。

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