第8話 勉強会

 ロイスとオーレリアの仲を進展させようと「勉強会」という案を考えて数日。

 早速二人に声をかけて無事、その場を設けることに成功した。


「私、勉強会なんて初めてです。誘ってくれてありがとうございます、メルディアナ様」

「いいのよ。オーレリア、数学が苦手って言ってたでしょう? だから力になれたらいいなって思って」

「メルディアナ様……。本当に、ありがとうございます」


 オーレリアが感動したように再び名前を呼ぶ。ふふふ、発案者は私だけど、だが! 今回のこの交流で二人の仲を進展させてみせる!

 そんな内なる思いを隠して微笑む。


「それにしても学園図書館か。うん、ここなら勉強をするのに最適だね」

「はい。図書館ということもあり、長時間の雑談はやりにくいですし、レポートを作る際に必要な資料や文献もすぐに借りれるので」


 ロイスの言葉にそう返す。

 場所は国内最高峰の教育機関と呼ばれるエルゼバード学園が所有する学園図書館。ここは王立図書館の次に広いと言われていて、四階建ての建物には約二万冊の本が収納されている。

 学業に必要な参考書や資料を始め、農業・経済・歴史・兵法といった各分野の専門書、純文学に娯楽小説と様々な本が保管されている。

 また、膨大な本以外にも生徒が利用出来る自習室も設置していて学習が捗りやすく設計されているため、利用している生徒が多い。


「オーレリアは数学だけ?」

「はい。まだ問題集がたくさん残っていて解くつもりです。メルディアナ様と殿下は何を?」

「私? 私は選択科目の対人戦闘戦術理論のレポートよ」

「僕? 選択科目の経済理論史の問題集とレポートかな」

「なんかよく分からないけど難しそうな科目!」


 互いが科目名を言うとオーレリアが即効で突っ込んでくる。難しい? 首を傾げてしまう。


「ねぇ、ろ……殿下。対人戦闘戦術理論って難しいですか?」

「難しい方だろうね。内容はやや複雑だし。でも騎士を目指す者は皆取っているからね」


 思わず普段どおりにロイスと呼びそうになったものの、セーフ。危なかった。

 同時にロイスの発言にうんうんと内心頷く。そう、対人戦闘戦術理論は騎士を志す者なら必ず履修する科目たからだ。

 騎士を目指す者は対人戦闘を覚える必要がある。

 なんたって騎士の敵は野生の猛獣だけではない。盗賊といった人間もあり得る。

 私が言ったのはその対人戦闘における戦術理論だ。ちなみに、座学の他に実技も別の科目としてある。


「殿下の経済理論史も王子や領主には必要ですからね」

「そうなんですか?」

「ええ。国や領地を潤わせないといけないからね。跡取りたちは経済の勉強をしている人が多いのよ」

「……難しそうですね……」


 むむむっと難しそうな顔をしてオーレリアが呟く。その姿に苦笑する。

 ロイスの科目も領地を継ぐ跡取りがよく履修する科目だ。私は上に兄がいるから取らずに自分の好きな選択科目を履修しているけど。


「学園でいきなり学ばないから大丈夫よ。大体の子は学園入学の二、三年前から当主について勉強していくから」

「そうなんですね」

「ええ。さて、勉強を始めましょう。分からなければ私か殿下に聞いてね」

「! はい!」


 そしてオーレリアを中央にして三人で勉強会を始める。

 オーレリアは苦手というが基礎は分かっているようで、オーレリアが躓いている部分の多くは応用問題ばかりだ。

 そんなオーレリアに応用問題を丁寧に教える傍ら、授業で貰ったプリントと教科書を読みながらレポート用紙にペンを走らせていく。

 書いている内容は現在の対人戦闘戦術理論が出来た背景にそれが活かされた戦争、その強みだ。

 現在の対人戦闘戦術理論は祖父の戦争の時代には既に確立されていたため、祖父の話を手紙で聞いて、授業で習ったことを基盤に自分の意見を書いていく。

 また、弱味に関してはどのように改善点すべきかを挙げる必要がある。


「…………」


 ぴたり、とペンが止まってしまう。弱味。ううむ、どう書くか。

 幾つか考えて書いていったが、もう少し書きたい。どうせ提出するのだ、最高評価を貰いたいじゃないか。


「…………」


 ちらりと時計を見る。時間を見ると既に一時間近く経っている。早い。集中すると早く感じるなと思う。

 次にロイスとオーレリアを見る。ロイスはペンが止まることなく問題集を解いている。

 対するオーレリアも教科書を読みながら問題を解いている。

 オーレリアが解いているページの後ろにも応用問題が出てくる。ロイスを頼らざる得ないだろう。

 勿論、私が戻ってくるまで待つかもしれないが、その前にロイスが気付くはずだ。

 私が求める兵法関連の書籍が並ぶのは上の三階だ。ゆっくりと歩いていってしばらくは立ち読みをしながら二人の時間を作らせようか。

 そう考えていたら視線を感じたのか、ロイスが顔をあげる。


「メルディアナ? どうしたの?」

「殿下。……実はレポートに必要な文献が欲しくて。少々席を外してもよろしいですか?」

「文献探しか。いいよ、何冊か決めてる? 一人で持てる?」

「二、三冊だと思うので大丈夫ですよ。少し文献を選ぶと思うので遅くなると思いますが気にしないでください」


 だからどうかその間にオーレリアと仲良くなれるように頑張ってほしい。そのためにこの計画を立てたのだから。

 

「分かったよ、気を付けてね」

「はい。じゃあね、オーレリア」

「はい、メルディアナ様」

 

 話を聞いていたオーレリアがニコリと微笑む。

 そして三階にある兵法関連の書籍が並ぶ場所へと向かったのだった。




 ***




「よっと」


 少し背伸びをして本を手に取って内容を確認する。


「うん、これは使えそうね」


 パラパラと本を捲りながら判断する。これなら私の書きたいこと書けそうな気がする。

 本を二冊手に持ちながらロイスたちの元へゆっくりと歩いていく。

 さてさて、どうしているだろうか。少しでも今より仲良くなってくれたら私にとって万々歳なんだけど。


 そう思いながらそっと気配と足音を消して歩いていくと、聞き慣れた声が聞こえてくる。ロイスとオーレリアの声だ。


「……だからこうしたらほら、答えが簡単に出てくるんだ」

「なるほど……。ありがとうございます、殿下。分かりやすかったです」

「それならよかった」


 そっと見ると数学の問題を解いているのか、小声で二人が話している。よし、成功だ!

 気配を消しながら観察すると二人とも小さく笑いながら話している。


「殿下は勉強教えるのも得意なんですね」

「あんまり自分では分からないんだけど、そう言ってもらえるのなら嬉しいよ」


 ははっ、とロイスが笑いながらそう答える。その表情はいつも万人に見せる愛想笑いとは違うと分かる。


「メルディアナ様も上手ですね。先程も分からない問題を懇切丁寧に教えてくださり、次の問題はすぐに解けました」

「それはよかったね」

「はい。お二人とも、勉強も出来て教えるのも上手で尊敬します」

「メルディアナは昔から教えるのが上手いんだよ。僕もよく教えてもらったからね」


 ロイスがそう発言するとオーレリアが目を見開く。


「殿下がですか?」

「うん。恥ずかしいけど、最初は剣術もメルディアナに教えてもらっていたくらいだし」

「え、そ、そうなんですか……!?」


 オーレリアが驚いて大きな声をあげそうになって、はっ、と口で手を覆って小さく返事する。


「し、知りませんでした」

「うん。これ、内緒で頼むね」

「は、はい……!!」


 しっー、と人差し指を立てて囁くロイスにオーレリアがこくこく、と首を縦に振って周囲に聞かれていないか確認する。

 気付かれないようにさっと隠れる。思っていたよりいい感じだ。


「メルディアナは昔からあんな感じで努力家で人を引っ張る子なんだよ」


 しかし、いい感じだと思っていたのも束の間、ロイスがそんな訳分からない発言をしてきた。

 ちょ、ロイス。何、人がいないところでそんなこと言ってるの。私をネタにするんじゃない!

 

「そうなんですね。……私もそう思います。勉強に剣術にヴァイオリン、刺繍にマナーも完璧ですごいなと思うんです。きっと、知らないところですっごく努力しているんですよね」

「メルディアナは負けず嫌いなところがあるからね。周りは天才だとか言うけれど、近くで見てきた僕からしたら本人の努力の賜物だと思うんだ」

「殿下はメルディアナ様をよく見ているんですね」


 オーレリアがそう言うとロイスがふっと小さく笑うのが感じる。


「幼馴染だからね。時には友人で、時には勉強のライバルとして一緒育ったからね」

「ふふ、仲いいんですね」


 ふふ、とオーレリアが楽しそうに目を細めて小さく笑う。

 微笑ましい光景だが……そこに出てくる話題がどうして私なんだ。ロイス、他になかったの? なんで私がいない間に色々褒めているの? 

 あの二人、私がいないからって好き勝手に色々言っているけど、私聞いているんだけど? ねぇ、羞恥心で戻れないんだけど?


 はぁ、と小さく溜め息を吐く。まさか、こうなるとは。

 私以外の話題で盛り上がってほしかったけど、二人に接点がないのなら共通の話題が出来る私を使った方がいいのは分かる。……けど、聞きたくなかった。聞かなければよかった。

 顔を手で覆う。全く、どんな顔で戻ればいいんだ。

 そんな風に他に気を取られていたこともあり、に気付くのを遅れた。


「──!」


 素早く振り返ると私の後ろに佇むのは一人の男子生徒。


「……へぇ、驚いた。足音消してたのに。公爵令嬢って勘がいいんだ?」

「…………」


 言葉とは違い、実際は全く驚いていないだろう相手の言葉を無視してじっと観察する。

 小声で私に告げるのは一人の男子生徒。

 私と同じ一年生を表す真紅のネクタイ、含みのある作り笑いを貼り付けたスターツ公爵家の嫡男、ユーグリフト・スターツがそこにいた。


 

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