第6話 表情豊かなオーレリア

 寮に戻るとアロラの部屋へと訪れ、先ほど起きたことを話した。


「へぇ、そんなことあったんだ。でも殿下もタイミングが悪いね。そこに駆け付けたらヒーローだったのに」

「違いないわね。でも生徒会の仕事が入っていたんだもの。仕方ないわ」


 アロラの発言に同意するが一応ロイスのことをフォローする。

 確かにあの場に駆けつけたのがロイスならよかっただろう。タイミングが悪いと思う。


「だからオーレリアと友人になって守るつもりよ。不当な理由で嫌がらせされる理由はないもの」

「ふぅん。じゃあ私もオーレリアさんと仲良くしようかな」

「アロラも?」

「うん。友達は多い方がいいでしょう?」

「……ありがとう、アロラ」

「ううん、私もオーレリアさんとお話ししたいって思ったし」

「ふふ、じゃあ早速夕食誘ってみる?」

「あっ! いいねー、誘ってみよう!」


 そうと決まればアロラとともに食堂へ移動して廊下で待つ。オーレリアの部屋は分からないため、ここで待っている方が賢明だ。

 そして少ししたらオーレリアが一人で歩いてきたので声をかける。


「オーレリア」

「え? め、メルディアナ様……! アロラ様……!」


 突然声をかけられて驚いたのかびっくりした様子で私たちの名前を呼ぶ。

 そんなオーレリアにニコッと微笑んで近付く。


「一緒に夕食を食べようと思って。どうかしら」

「えっ、いいのですか……?」


 驚いたようにオーレリアが尋ねると、アロラが笑いながら返していく。


「勿論! 初めまして、オーレリアさん。私はアロラ・オルステリヤ。オーレリアさんって呼んでいい?」

「お、オーレリア・マーセナスです。えっと、オーレリアと呼んでくれたら結構です」

「じゃあオーレリアちゃんでもいい?」

「は、はい!」


 ニコッとアロラが微笑んでオーレリアに挨拶をするのを確認しながらそっと周囲に目を向けると、複数の一年生が私たちを見ている。

 これでオーレリアは私とアロラと友人だと理解したはずだ。

 観察を終えると二人に話しかける。


「じゃあ席はどこにする?」

「私はどこでもいいですが……」

「ならあそこはどう?」


アロラが提案したのは正方形のテーブルがある場所だ。あそこならゆっくりとお話ししながら食事を楽しめそうだ。


「じゃああそこにする? オーレリア、いい?」

「はい、いいと思います」

「決まりだね!」


 そして夕食用のトレーを受け取り、三人で食事を始める。


「それにしてもオーレリアちゃん、私のこと知ってたんだ。びっくりしちゃった」

「あ、アロラ様は有名なので……。メルディアナ様といつも一緒にいて仲いいですし、遠くから見たことあるので」

「えー、なら声かけてくれたらよかったのに」 

「クラスが違ってお話しする機会がなかったので……。なのでこうしてお二人とお話し出来て光栄です」


 目を細めて笑うオーレリアはやはり愛らしい。これは男子生徒に人気なのではと思う。


「そう言われると嬉しいなぁ。あ、そうそう。オーレリアちゃんってピアノが得意なんだね」

「えっと、三歳からしているので……。それより、私なんかよりメルディアナ様のヴァイオリンの方がすごいです」

「私?」


 突然私の話題になって自分に指をさして聞き返す。


「はい! 音楽演奏会で初めてメルディアナ様のヴァイオリンを聴きましたが、ずっと素敵だなっと思っていました! 演奏したラモーの激動はヴァイオリンの中でも一、二位を争う最高難易度の演奏なのに軽やかに演奏する姿が本当にすごかったです! 特に中盤のところはテンポも早いし移弦も多いのに音色が美しく──」


 それまで少しおどおどした、遠慮していたオーレリアが嘘のように饒舌に頬を朱色に染め、淡い緑色の瞳をキラキラと輝かせて語る姿に内心驚く。まるで別人のようだ。

 アロラは「へっー」「それでそれで?」とのほほんと笑いながら夕食を終えて今はデザートを食べている。早い。早すぎないか?


「──で、ほんっとうにすごいなって思いました! ……はっ! す、すみません! 一人で騒いで盛り上がって!」

「あははは、いいよいいよー。オーレリアちゃんって音楽が大好きなんだね」


 我に帰ったオーレリアが今度は恥ずかしさから顔を赤くする。表情豊かだなと思う。

 そんな恥ずかしがるオーレリアをアロラが笑ってフォローする。


「オーレリアちゃんってヴァイオリンにも詳しいけど、もしかして習ってたの?」

「えっと、少しだけ。母がヴァイオリンを趣味にしていたので私も少し習っていたんです。ですが、私はピアノの方が得意なので途中でピアノ一本になったんです」

「へー。そうなんだ」


 アロラが感心している側で私は聞き役に徹する。知っている。ケイティが調べた情報にも書いてあった。下手に話に加わるとボロが出る可能性がある。話を替えよう。


「マーセナス領ってラヴェル王国と面しているけど、どんな感じなの?」

「そうですね。ラヴェル王国との関係が良好なので交流も盛んです。料理とか工芸品とかがあるんです」

「料理!? いいな~、食べてみたいな~」

「距離が遠いでしょう。諦めなさい」

「あははは、だよねぇ」


 切り替えた話でアロラが興味津々に食いついてくる。まぁ、アロラの気持ちは少し分かる。

 領地が王都に近い中央貴族は距離的な問題で他国の文化に触れることはそう多くない。

 私の領地は国内有数の商業都市として名を馳せていることもあり、国内のみならず他国の工芸品や加工した貴金属などが売っているけど、それでも辺境伯家と比べるとその数は少ない。

 なので隣国の文化に直に触れることが出来るオーレリアが少し羨ましい。

 しゅん、と俯いて残念がるアロラを見るとおずおずとオーレリアが手を挙げる。


「あ、あの……、私の部屋にラヴェル王国のお菓子があるので一つ入りますか?」


 その瞬間、風が発生しそうな速さでアロラが顔をあげた。


「え!? 本当!?」

「はい。日持ちするフィナンシェでラヴェル風の味ですが……。部屋にあるので一緒に来てくれたら渡しますが……」

「ありがとう、オーレリアちゃん! じゃあ早速貰うね!」

「アロラ、はしゃぎすぎないの」


 喜んで向かいにいるオーレリアの手を握ってぶんぶん振るアロラに注意する。

 対照的にオーレリアはクスクスと小さく笑う。


「ふふ、大丈夫です。メルディアナ様もどうですか?」


 オーレリアが視線を私に向けて尋ねてくる。ラヴェル風か。興味はある。


「なら頂こうかしら。ありがとう」

「いいえ」


 私にも尋ねてきたので頂くと言うと、ふわりと愛らしい笑みを浮かべたのだった。

 



 ***




 オーレリアと友人になって早一ヵ月。

 当初は私とアロラに遠慮した態度を見せていたが、長い時間をともにすると少しずつその遠慮や緊張がほぐれていき、今は明るい笑顔をよく見るようになった。

 あれからシェルク侯爵令嬢に嫌味を言われることもなくなり、クラスメイトとも少しずつ仲良くなっているようだ。


 そして、オーレリアを仲良くして分かったことがある。

 オーレリアは明るくて音楽に造詣が深く、才能があっても決して自慢をしない。

 そしてその可憐な容姿は庇護欲を与える。

 つまり、何が言いたいかと言うと、オーレリアがかわいいということ。


「私より背が低いからかしら。かわいく見えるのよね」

「メルディはああいう子に弱いもんね。守ってあげなきゃ!って思うでしょ?」

「だってアロラ。かわいくない?」

「分かる。素朴な感じが新鮮なんだよね」

「そうでしょう? 見ていて癒されるのよね」

「二人とも……、その、会議を」

「あら、ロイス。何?」


 アロラとともにオーレリアかわいいって語っているとロイスが恐縮そうに意見してくる。あとにしてほしい。


「お二人とも、今日は『第三回秘密会議』をするために集まったのでそろそろ話しましょう」


 ロイスを助けるようにステファンが進言してくる。あ、そうだった。忘れてた。

 今日はロイスとステファンの生徒会のお仕事がお休みの日だ。そのため今日集まったのだ。

 意識を切り替えるために咳払いをする。


「コホン。あー、会議ね会議。忘れてないわよ」

「忘れてたよね……」

「ロイス、秘密会議じゃなくて恥ずかしい思い出話する?」

「ごめんなさい」


 即答でロイスが謝罪する。ロイスは私に逆らえない。

 そもそも、公爵令嬢の舎弟が王太子なんて世界中探しても見つからない気がする。幼い頃の私、すごいことしたなと思う。


「さて、オーレリアと友人になって一ヵ月。オーレリアは私とアロラに大分打ち解けているわ。今ならさりげなくロイスを紹介することが可能だと思うわ」

「二人がマーセナス嬢と仲良く歩いているのはよく見るよ」

「ちなみに昨日は私とメルディとオーレリアちゃんでカフェに行きましたー!」

「アロラ、殿下にさりげなくダメージを与えるのはやめるんだ」


 明るく昨日の女子会を報告するアロラにステファンがストップと言う。見るとロイスが羨ましそうに私を見る。


「何よ、文句あるの?」

「ありません」

「二人のそれ、昔から思っていたけど、コントみたい」

「アロラ。しっー」


 アロラには黙ってもらおう。ロイスの顔がひきつる。効果抜群だ!と私の脳内が告げている。


「報告したとおり、オーレリアと私たちは友人になったため近日中に自然を装って顔合わせしてもいいと思うわ。幸い、オーレリアには今現在婚約者もいなければ好きな人もいないって言ってたしね」

「ではどのようにするつもりですか?」


 ステファンがどうするのかと尋ねてきたのでニヤリと笑う。


「内容は至って簡単。私が間に入ってロイスを紹介するの。できたら昼休みとかの方が時間もたっぷりとあるからいいけどね」 

「なるほど。確かに昼休みならやりやすいでしょう」

「ええ。ロイスはどう?」

「そうだね……。メルディアナを巻き込むことになるから確実に出来る時間がいいな。うん、いいと思う」

「じゃあ決定ね」


 そして少し雑談を交わしたあと、四人で談話室を出る。


「じゃあね、メルディ、殿下」

「ええ。また明日、アロラ」


 婚約者同士であるアロラとステファンと別れてロイスと二人で廊下を歩く。


「彼女と仲良くなったんだね」

「ええ、ロイスも見る目あるわね。かわいらしくて明るい子よ」

「そっか。メルディアナが言うのならいい子なんだね」

「そうね。中央貴族にはない素朴さがいいわ」


 笑うロイスに私もつられて笑う。

 次期王妃と私を見ることなく、メルディアナとして見てくれるのは気が楽だ。

 同時に以前ロイスが言った言葉をやっと理解する。確かに、一人の人間として接してくれるのは心地よい。

 そしてロイスと軽口を交わしながら歩いていると、視線の先に見慣れた珊瑚色の髪が目に入った。


「あ、オーレリア」

「え?」

「ほら、あそこ」


 ロイスに指を差して教える。見ると一人で廊下を歩いている。


「丁度いいわ。今顔合わせしましょうよ」

「え、今!?」

「天の計らいよ。ほら、私もいるから行くわよ。挨拶したらすぐ解散するから」


 困惑するロイスに押していく。

 近日中が今になるだけでどうせいつかは顔合わせする必要があるのだ。それが今訪れただけだ。


「……分かったよ。じゃあ行こうか」

「ええ」


 そして早歩きでオーレリアの元へ向かって声をかける。


「オーレリア!」

「! ……メルディアナ様? それに……殿下?」


 きょとんと目を丸くして私たちを呼ぶ。ロイスのことは一応知っているようだ。


「どうしてここに?」

「私は先生の用事を頼まれて。メルディアナ様は?」

「私は少し用事でね。そうだ、オーレリア。こちらはロイス王太子殿下よ。殿下、こちらは友人のオーレリアさんです」


 オーレリアにさりげなくロイスを紹介すると美しい緑色の瞳の視線がロイスへと移動する。


「初めてまして。僕はロイス・アルフェルドだよ」

「お、お初にお目にかかります。マーセナス辺境伯の娘、オーレリア・マーセナスと申します……!」

「マーセナス嬢、同級生だからそんな恐縮しなくても構わないよ」


 緊張するオーレリアにニコッと優しい声でロイスが話しかける。うん、優しい王子様オーラが出ている。


「……ありがとうございます、殿下」


 ロイスの声に安心したのか、オーレリアがほっとした表情を浮かべる。


「王都はもう慣れたかい? ここはマーセナス領と異なることも多いと思うけど」


 ロイスがニコッと物語に出てくるような優しい王子様の笑みを浮かべて話しかけていく。


「はい。お店や並んでいる商品、建物も領地と異なることが多かったのですがメルディアナ様とアロラ様のおかげで大分慣れました」

「そっか。それならよかった。もし分からなかったり困ったことがあればメルディアナかアロラを聞いたらいいよ。特にメルディアナは王都のことはなんでも知っているからね。勿論、僕に聞いてもいいよ」

「はい、ありがとうございます」


 礼儀正しくオーレリアが返事をする。そろそろいいだろう。グイグイ行きすぎたらオーレリアも困惑するだろう。


「それでは殿下、私は寮へ帰ろうと思います」


 話しかけるとロイスがこちらを見てああ、と返事をする。


「分かった、今日はありがとう」

「いいえ。オーレリアは? どこかに行くの?」

「私も寮へ帰ろうと思います」

「そう。なら私も一緒にいいかしら?」

「勿論です!」


 そしてオーレリアとともにロイスに挨拶をして二人で寮に向かって歩き出した。


「メルディアナ様と殿下は仲がよろしいんですね」

「幼馴染だからね。でも、幼馴染ってだけよ」

「そうなんですか? お似合いなのに」


 オーレリアの言葉に絶句する。オーレリアまでそんなこと言うなんて。お似合い? 私は王妃になる気は全くないし、私とロイスは友人なだけだ。


「友情はあっても恋愛感情はないわ。それが私と殿下の関係よ」

「そうなんですか」

「そうなのよ」


 納得したかは分からないが恋愛関係はないとはっきりと告げておく。

 あとは二人がくっつくように影ながらサポートしよう、そう決意したのだった。


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