第5話 誇っていい

 足早に歩くと上にまとめたポニーテールが揺れる。

 声を張り上げると私の存在に気付いたシェルク侯爵令嬢が不満を口にしながら振り返る。


「誰よ、邪魔しないで! さもないと痛い、目、に……」


 しかし、その相手がカーロイン公爵令嬢である私だと気付くと顔色が青くなり、声音が急激に弱くなる。


「め、め、メルディアナ様っ……!」

「あら? どんな痛い目に遭わしてくれるの? シェルクさん」


 リーダーとして中心にいて、脅す言葉を発していたシェルク侯爵令嬢に悪役令嬢のような笑みで微笑みながら冷たい目で告げる。私の顔ははややきつく見えるので意図的に冷たい目で笑ったら悪役令嬢のようだ。

 案の定、私の悪役令嬢のような笑みにシェルク侯爵令嬢が震え上がる。


「ひぃ……! い、いいえ……! そんな……!」

「あら、私には出来ないの? そちらの彼女には出来るのに? おかしな話ね。彼女は辺境伯家の令嬢。つまり、シェルク侯爵家と同等の扱いなのにね」

「そ、それは……!!」


 狼狽えるシェルク侯爵令嬢たちに更なる一撃を加える。


「ああ、それともシェルク侯爵家は辺境伯家と同等という扱いが不満ということかしら?」

「め、滅相もございません!」


 私が追い打ちをかけるとぎょっとした顔をして慌てて否定する。そうだろう。辺境伯家は辺境ではあるが軍事力が高くて王国でも一定の影響力を有する。否定しないと辺境伯家全てを敵に回すことになるのは明白だ。

 必死に否定するシェルク侯爵令嬢たちにニッコリと微笑む。


「そう、安心したわ。辺境伯家は命がけで防衛を担っている誇り高い一族だものね。母方の祖父もよく言っていたわ。……だからそれを“田舎者”だと罵るのはどうかと思うわ」

「め、メルディアナ様……。わ、わたくしはそのようなつもりで言ったわけでは……」

「ならそれは私じゃなくて彼女に言うべきではないの?」

「っ!」


 言い訳を言おうとするシェルク侯爵令嬢にはっきりと突きつける。

 実際、祖父が参加した戦争では辺境伯家が大きな力になったと言う。

 辺境伯は辺境に位置するけど、独自の発展を遂げている家が多い。また、国を守る役割を担っているために兵の一人ひとりの質は高い。

 それを騎士の訓練を受けていないシェルク侯爵令嬢たちに言ってもすぐには分からないだろう。

 それでも戦争では最初に駆り出される辺境伯家を侮辱するのは許しがたいため、はっきりと言い切って見せる。


「言いたいことがあるなら言いなさい。なければ去りなさい。これ以上彼女に何かするなら私も容赦しないわ」

「……っ。し、失礼致します……」


 怒気を含んで告げるとシェルク侯爵令嬢たちは私が怒っていることに気付き、そそくさと退散した。

 シェルク侯爵令嬢の後ろに隠れるようにいた三人の令嬢の名前も頭に留めて記憶したおく。一応、警告したけど注意しておこう。

 そしてそれまで呆然と事の成り行きを見守っていたマーセナス嬢へと足早と向かう。


「大丈夫? 怪我は?」

「あ……。だ、大丈夫です……!」

「そう。よかった」


 急いで立ち上がるマーセナス嬢を見てほっとする。よかった、もし足を怪我してたらお姫様抱っこして運ぼうと思ったけど大丈夫そうだ。


「あ、あの、ありがとうございました……」

「いいのよ。偶然だから」

「そ、それでもです。公爵家のお姫様にご迷惑おかけするなんて……。も、申し訳ございません……!!」

「マーセナスさん……」

 

 必死に謝るマーセナス嬢に少し動揺する。どうしてこんなに恐縮するのだろうか。

 そしてすぐに理解する。私が、公爵令嬢だからだ。

 あの様子だと今日初めて言いがかりをつけられたとは考えにくい。もしかしてしばらく言われていたのかもしれない。

 そう考えれば、シェルク侯爵令嬢より格上の私の手を煩わせたと思って恐縮するのも頷ける。さっきまで自分に嫌がらせしていた相手が私が出てきた瞬間にビビったのだからやばいと感じてもおかしくない。

 推測して、安心させるように先ほどとは違い、案じるようにニコリと微笑む。


「マーセナスさん、謝らないで。迷惑なんて思っていないわ」

「メルディアナ様……」


 緊張を含んだ顔でゆっくりと顔をあげて見上げてくる。

 そして初めて間近で見る。

 珊瑚色の髪は愛らしく、淡い緑色の瞳は美しい色合いで、場違いにもかわいいと思ってしまう。これは容姿がかわいいのも関係してそうだ。

 

「怪我がなくてよかったわ。改めて名乗るけど私はカーロイン公爵家の娘、メルディアナ・カーロインよ」

「ま、マーセナス辺境伯家の長女のオーレリア・マーセナスです」


 うん。知っている。なんなら貴女の身長に誕生日に好きな食べ物や嫌いな食べ物、趣味にペットに好きな花、そして朝が弱いことも知っている。

 って、これ完全にヤバい人では? ストーカーじゃないか? うん、ストーカーだ。

 そんなことを高速で自問自答しているのをおくびにも出さずにニッコリと微笑む。


「オーレリアさんね。オーレリアさんって呼んでいいかしら?」

「は、はい」

「ありがとう」

「い、いえっ……」


 ニコッと笑うとなぜかマーセナス嬢のこと──オーレリアさんが顔を僅かに赤くなる。ここ、暑い? いや、暑くはないけれど。


「暑い? ちょっと顔が赤いけど」

「い、いえ。大丈夫です!」

「ならいいけど……」


 ぶんぶんと左右に激しく振って否定するオーレリアさんに若干引きながら返事する。大丈夫ならいいが。


「えっと、メルディアナ様はどうしてここに……?」

「図書館に行こうとしたら声が聞こえてね。ほら、ここと近いでしょう? そしたら声が聞こえてね」

「そうだったんですね……」

「それで? シェルクさんたちにはいつからされているの?」

「そ、それは……」


 目線を下げて私より身長が低いオーレリアさんに尋ねる。出来れば今後の対策に何がきっかけか聞いておきたい。

 戸惑うオーレリアさんに安心させるように話しかける。


「オーレリアさん。初対面でこんなこと言って驚くかもしれないけど、貴女の力になりたいの。無理なら全部話さなくてもいいから、さっきのことだけでも教えてくれる?」

「メルディアナ様……」


 不安そうに見上げてくるオーレリアさんは正に美少女で少し迷った末にこくり、と頷く。


「……ここ三週間ほどです」


 そしてぽつりぽつりとゆっくりと話し始める。

 入学当初は実家と異なる雰囲気に戸惑いながらも、少し話せる知人も出来て平穏な学園生活を送っていたそうだ。

 それが変わったのが、音楽演奏会の直後だそうだ。


「ピアノの部で最優秀賞を受賞してからさきほどの……同じクラスのアマーリヤ様たちから少し嫌なこと言われて……」

「ふぅん……」


 オーレリアさんに言われてシェルク侯爵令嬢を思い出す。王都に近い場所に領地を持つ私と同じ中央貴族の令嬢でピアノが得意だったはず。

 同時に演奏会でオーレリアさんの次にいい優秀賞を取っていたと思い出す。

 なるほど、嫉妬か。きっと最優秀賞を取れると思っていたのに結果は二番手の優秀賞で腹立ったのだろう。

 

「それからは少しお話しする子たちも距離を取るようになって。アマーリヤ様たちには演奏会はまぐれだと言われて……。……でも、その通りだと思います。すみません。ご心配をおかけし、メルディアナ様にこんなこと言って……」

 

 あははは、と少し困った顔でオーレリアさんが頬をかく。

 そんなこと言う彼女に眉を顰める。


「──そんなことないわ。貴女のピアノは本当に素敵だったわ」

「……メルディアナ様?」


 私の言葉が予想外だったのか、目を見開いて、驚いた声で名前を呼ぶ。

 しかし、返事はせず、ありのまま、思ったことを告げる。


「私はピアノは専門外だけど、生半可な練習では最優秀賞なんて取れないってことくらい分かるわ。オーレリアさんのピアノはまるで音色が生きているかのように生き生きしていたわ。それはプロの演奏家である審査員たちも同じ。だから最優秀賞に選ばれたのよ」


 ちらりと彼女の指を見る。

 その手は私の剣を握る手とは違うけど、ピアノを何年も弾き続けたのだろうと感じ取れる指をしている。


「努力してきたでしょう? 貴女はピアノの才能があるわ。己を卑下する必要はないし、素直に誇っていいわ」

「メルディアナ様……」


 オーレリアさんに目線を合わせて力強くはっきりと告げる。

 シェルク侯爵令嬢のピアノもよかったけど、オーレリアさんのは他と一線を画していた。それはまぐれじゃない。


「素直に……ですか」

「ええ。オーレリアさん、『月光の湖』を演奏してたわよね? 複雑な曲を暗誦して演奏するのは並大抵ではない努力が必要だったんじゃないの? すごいと思うわ」


 オーレリアさんが音楽演奏会で披露していた曲名をあげて伝えてみる。

 月光の湖は一位、二位を争う複雑な曲だ。それをオーレリアさんは暗誦でミス一つすることなく演奏をやってのけた。

 ヴァイオリンで最優秀賞を取った私が言うが、ちょっとやそっとの練習じゃ完璧に演奏出来ない曲だし、最優秀賞も取れないと言いきれる。


「っ……」


 するとぼぉっとして私の言葉に耳を傾けていたオーレリアさんが突然、一筋の涙をこぼす。

 そして決壊したかのようにポロポロと涙を流し始める。


「うっ、ひっく……。ず、ずっとまぐれで賞を取ったんだと思ってた……。一生懸命練習したのに……」

「オーレリアさん……」


 語尾を震わせながら泣くオーレリアさんの肩を優しく撫でる。ロイスのように叩いたりは決してしない。だって女の子だもの。

 それに、泣いているオーレリアさんが小さく、か細く見えてしまった。


「辛かったわね、悲しかったわね。よく、頑張ったわ」

「っ……め、メルディアナ様っ……!!」


 涙が溢れる彼女にハンカチを尋ねると、自身のハンカチを取り出して拭くのを見守る。

 本当は私の代わりにロイスがいたらよかったんだろうけど、生憎ロイスは生徒会のお仕事だ。仕方ない、私が代わりに側にいよう。

 そして涙が止まるまでオーレリアさんの側に寄り添い続けたのだった。




 ***




「もう治まった?」

「ぐすっ……はい。あの、お見苦しい姿を見せて申し訳ございません……」

「そんなことないわ。泣き止んでよかったわ」

「……ありがとうございます、メルディアナ様」


 ふふ、と笑いながら目元を拭うオーレリアさんはかわいく、つられて私も小さく笑う。

 そしてオーレリアさんが落ち着いたのを見て、あることを提案する。


「ねぇ、オーレリアさん。私と友人にならない?」

「メルディアナ様とですか……?」

「ええ」


 オーレリアさんが大きな目を見開いて尋ねる。

 公爵令嬢の私と友人になればシェルク侯爵令嬢たちも嫌がらせはやめるだろう。私を敵に回してまでオーレリアさんを嫌がらせはしないはずだ。

 僅かな時間でもオーレリアさんは普通の女の子だと分かった。だから、オーレリアさんと友人になって守りたいと思う。

 そして、ロイスに紹介出来たらいいなと思う。


「どうかしら?」

「わ、私でいいのですか……?」

「だからこうして尋ねているんでしょう? オーレリアさん、どうかしら」


 狼狽えるオーレリアさんがおかしくてクスクス笑う。なんだろう、守ってあげたいタイプの子だ。


「わ、私でよければ……。よ、よろしくお願い致します……!」

「ええ、よろしくね」

「あ、あの、さんはいりません。オーレリアと呼んでくだされば……」

「分かったわ、オーレリア。これからよろしくね」

「はい!」


 泣き腫らしていてもオーレリアの笑顔はかわいらしく、庇護欲が湧いてくる。


「じゃあ寮へ帰りましょう」

「でも、メルディアナ様は図書館に用があるんじゃ……」

「図書館はまた今度でいいわ。それより、泣き跡が残っているオーレリアを一人で寮へ帰らせるわけにはいかないわ」

「メルディアナ様っ……、ありがとうございます」

「いいえ。じゃあ帰りましょうか」

「はい」


 そしてオーレリアとお話をしながら一緒に寮へと帰ったのだった。


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