第4話 観察開始
同盟を結んだ翌朝、早速マーセナス嬢と友人になるべく、私とアロラは観察を開始した。
「でも領地も離れてクラスも違うから急に仲良くなるの難しいかもねぇ」
「私もそこが悩んでいるのよ。一応、彼女の趣味がピアノだって知ってるけど、私と彼女は楽器が違うから」
「うーん。ま、なるようになるよ。とりあえず、観察始めちゃおうか」
「ええ」
アロラに頷いてマーセナス嬢の観察を開始する。
マーセナス嬢の様子を観察するには休み時間を有効活用するのが一番効率的だ。……まぁ、問題はあるんだけど。
「メルディアナ様! アロラ様! おはようございます!」
「ああ、今日もお美しいですわ!」
「おはよう」
「おはよう~」
挨拶にやって来る令嬢たちににこやかにアロラとともに挨拶を返す。
「メルディアナ様! 先ほどの問題難しかったのに一番に解いて素晴らしいですわ!!」
「さすがメルディアナ様! 美しくて賢くて、わたくし、尊敬致します!!」
「そんな、大袈裟よ」
持ち上げて褒め称えてくる令嬢たちににこやかに微笑みながらやんわりと否定する。
「さすがメルディアナ様! 刺繍がお美しいですわ!」
「この繊細な花模様、わたくし感服致しますわ!」
「ありがとう」
過剰なまでに褒めちぎってくる令嬢たちににこやかに微笑む。
「メルディアナ様! アロラ様! 昼食ですか? では私もいいですか!?」
「わたくしもぜひ!」
「貴女邪魔よ!?」
「貴女こそ!!」
そして今、昼休みになって昼食を摂ろうとする私とアロラに令嬢たちが群がって来て、目の前で令嬢たちが激しいバトルを繰り広げる。
そう、問題はこれなのだ。
理由は分かる。私がロイスの筆頭婚約者令嬢だからだ。
名門公爵家の令嬢、ロイスの幼馴染、財力に権勢、あとは優秀な成績から私が次期王妃と皆思い込んで少しでも気に入られようと必死に話しかけてくる。
私は、昔からずっと王妃に興味ないって言ってるのに。
休み時間ごとにマーセナス嬢を観察しようとするもこうして話しかけられて、それを穏便に逃げ切るのに時間を食っている。
おかげでマーセナス嬢のことを少ししか観察できていない。
「皆さん、ごめんなさい。お昼はアロラと二人で食べる約束していたの。だから今日はいいかしら?」
「そうそう、ごめんねー。だから今度でいーい?」
少し困ったように話すと隣にいるアロラも援護するように明るく告げる。
私本人と伯爵令嬢で一番の友人であるアロラに言われると令嬢たちも食い下がるのは、と判断したようで、おほほほっと微笑む。
「まぁ、申し訳ございません。メルディアナ様、アロラ様。ではわたくしはこれで」
「わたくしも。失礼致します」
「わたくしも。また今度」
「ええ」
理解するとあっという間に解散してくれて廊下が歩きやすくなる。
そっと溜め息を吐くとアロラがそっと声をかけてくる。
「お疲れ様、筆頭婚約者様」
「アロラ、からかわないで」
「はいはい、ごめんごめん」
小さな声で揶揄ってくるアロラに注意すると、えへへと笑って謝ってくる。
そんなアロラを見て呆れながらも歩いていく。
「ほら、早く食堂へ行きましょう」
「うん! 今日は何食べようかなぁ」
楽しそうに笑うアロラと話しながら食堂へ向かい混雑具合を見る。今日は食堂で食べることが出来そうだ。
学園の昼食は食堂で食べることも出来るがテイクアウトも可能で、混雑している日はテイクアウトを取って東屋で食べることもある。
「今日は大丈夫そう。ここで食べる?」
「そうね。じゃあ頼みましょうか」
「了解~」
それぞれ食べたいメニューを見て、頼んでいく。
今日は私の好きな日替わりメニューがあったので注文して受け取ると、アロラがメルディ、と声をかけてきた。
「何?」
「メルディ、私まだ時間かかるから席取っててくれる?」
「分かったわ」
アロラに返事をして席を探す。
二人で食べるため、比較的場所は見つかりやすいけど、ふと、視界の端に目立つ珊瑚色の髪の女子生徒を見つけて目に留まる。……あれは。
さりげなく女子生徒の顔が見える席を取ってアロラを待つ間、視線に気づかれない程度に観察する。
一年生の証である真紅のリボン、ウェーブがかかったふわふわの淡い珊瑚色の髪はそのまま降ろされ、美しい淡い緑色の瞳を持つ少女はこの学年で一人しかいない。
そう、ロイスの想い人であるマーセナス辺境伯家の令嬢、オーレリア・マーセナス嬢がぽつんと端の席で一人で食事を摂っていた。
「お昼も一人か……」
寮の朝食と夕食は時間のずれもあり、見なかったけど、休み時間も昼休みもずっと一人で過ごしている。
他の令嬢は友人と一緒にいるのに、彼女だけ休み時間も移動教室も一人だ。
今はまだ入学して約一ヵ月。辺境出身で仲のいい友人がいないのも特別おかしくはないけど、調査だと明るい性格と書いてあったのにずっと一人だということに疑問を持つ。
今日は友人が休んでいるだけ? 偶然?
不思議に思いながらもそっとマーセナス嬢を見つめる。
「…………」
「メルディ、お待たせ」
「アロラ」
考え事をしているとアロラがやってきて視線を向ける。
そして、そのトレーに乗る昼食の量に思わず声が出る。
「……相変わらずすっごい食欲ね」
「えへへー、それほどでも」
「褒めていない」
照れ笑いするアロラに即座に突っ込みを入れる。
アロラのトレーには日替わりメニューにパスタ、魚介スープにサラダ、サンドイッチ四つにデザートのフルーツゼリーが所狭しに乗っている。
アロラは見た目は美少女なのにこれで損していると思う。実際、アロラを見つめていた子息たちがトレーの量を見て引いている。
本人は
「あれ? あれって例の子じゃない?」
「ええ、そうよ」
アロラが食事をしながらマーセナス嬢に気付いたようで返事する。
「一人なんだ。まだ友だち出来ないのかな?」
「そうかもね。辺境伯は彼女一人だし」
辺境伯を賜っている家が少ないのも関係しているけど、今年度入学した子で辺境伯家出身は彼女のみだ。中々馴染みにくいのも仕方ないと思う。
特に王都に近い領地の令嬢と辺境だと流行や文化が異なることもある。
しかし、音楽演奏会で優勝したのだから目立って友人が出来てもいいはずだが。
「まぁ、観察するしかないわね」
まずはマーセナス嬢を観察することが重要だ。それから行動だ。
そして私も食事を始めたのだった。
***
キーンコーンカンコーン、と本日の授業の終了を告げるチャイムが鳴り、担当教師が授業の終了を告げて黒板を消していく。
そして席の近いロイスが私たちに声をかけてくる。
「メルディアナとアロラはこのあとどうするんだい?」
「私は今日は王都へ買い物に行く予定です」
アロラがこのあとの予定をロイスに告げる。大食いのアロラのことだ。何か食べるのだろうと予測する。
「そうか。メルディアナは?」
「私は剣の鍛錬を。殿下は生徒会ですか?」
「うん。今日は生徒会の仕事があるから」
苦笑しながらロイスが教えてくれる。どうやら今日は生徒会のお仕事があるようだ。頑張ってくれ、と心の中で応援する。
ちなみに、学園ではロイスのことを基本的に“殿下”と呼ぶようにしている。“ロイス”と呼ぶと親密に感じ取られるからだ。
学園でロイスと呼ぶ時はアロラとステファンしかいない時のみにしている。
それぞれ予定があるため挨拶をすると別れ、学園敷地内にある鍛錬場へと足を向ける。
学園の授業は基本は皆同じ授業を受けるが一部は選択科目制となっていて、私は剣術実技を入れて週に二回、剣術の授業を受けている。
剣術実技は王家に仕える近衛騎士を目指す子息、国を守る騎士を目指す子息、趣味として受けている子息が中心だ。
教師は元王宮に仕えていた近衛騎士で祖父とは違い、守るのに特化した技術は洗練されていてまた一つ勉強になっている。
そして時間がある時はこうして鍛錬場へ向かって自主練習に励んでいる。
理由は祖父のような立派な騎士になりたいから。
私が騎士になりたいと思ったのは祖父の武勇伝を聞いたこともあるけど、実際に剣捌きを見たからだ。
ロイスと出会うさらに前のこと、祖父と母の三人で王都を散策中に盗人と遭遇したことがあった。
当時の私はひ弱な令嬢で短剣を持つ男に怖くて動けなかったが、祖父が私を母に預けて華麗な剣捌きで男を一撃で制圧したのだ。
少ない動作で制圧する姿、人々を守る姿に私は心を惹かれた。
国を守り、人々を守る騎士の姿はとても眩しく見えて、“騎士になりたい”という思いが芽生えた。
それから祖父のような騎士になりたい、その一心で従兄たちが受けていた厳しい訓練に私も混じった。
騎士に必要な座学から基礎の体力作りから素振り、剣技に戦術理論と難しい内容や実技にも必死に食いついて追いかけた。
それも全て、騎士になるために。
「……よし、やりましょうか」
長い黒髪を後ろに高くまとめてポニーテールにする。
鍛錬場は広く、人も少ないので安心して素振りと剣技が出来る。保管されている木剣を手にして黙々と練習する。
昔から何千回もしているけど、基礎的な練習は大事だ。
時計を見ながら心の中で数を数えて木剣を振るい続ける。
鍛練に励んで学園を卒業したら、騎士の試験を受けたいと考える。
いつかは結婚はしないといけないだろうけど、それまでは夢だった騎士として働いて国民を守りたい。
そのため、ロイスの恋に協力しながらも練習をし続けないといけない。
先日教師に教えてもらった剣技の復習を終えると、今度は祖父から教えてもらった剣技の復習を二時間ほど続ける。
「はー……、いい汗かいた」
ふぅ、と息を吐いて額を拭う。
時計を見てそろそろ帰ろうと考える。明日も授業だ。部屋で予習復習もしないといけない。
そうと決めたら木剣を片付けて鍛練場から立ち去る。
「あ、そうだ。学園にある図書館で本を借りよう」
学園の図書館は本が豊富だ。ついでに借りて帰ろう。
ちなみに借りるのは兵法書だ。新刊が入荷されたと聞いたので借りてみようと鍛錬場から図書館へと向かう。
「あら?」
その途中でマーセナス嬢を見つけたのは偶然だった。
複数の令嬢たちの後ろを俯きながら歩いている。
「友人じゃ……ないわよね」
とても友人といるように見えないその表情にそっと後をつける。
やがてたどり着いたのは学園のとある校舎の裏庭だった。
「──、──!?」
「──!!」
「──!」
「……?」
声が聞こえて始めたので耳を傾けると、はっきりと聞こえ始めた。
「生意気なのよ! 辺境の田舎者のくせに!」
「アマーリヤ様を差し置いてピアノの最優秀賞を受賞したからって調子に乗るんじゃないわよ!」
「田舎者は大人しく隅にいなさいよね!」
小説に出てくる悪役令嬢のように令嬢たちが続々と暴言を吐く。
中央にいるのはシェルク侯爵家のアマーリヤで、シェルク侯爵令嬢の他に三人の令嬢がいる。あれは彼女の友人たちだ。
「ねぇマーセナスさん、辺境にずっといたから分からないのかもしれないけれど、わたくしは王都の近くに領地を持つ中央貴族なの。あんまり、田舎者が調子乗らないでくれる? はっきり言ってめざわりなのよねぇ」
シェルク侯爵令嬢がそう言ってマーセナスさんに告げる。
四人でマーセナス嬢を取り囲んで次々と暴言を吐くも、マーセナス嬢が詰まりながら否定する。
「わ、私そんな……。ち、調子になんか乗っていません……」
「田舎者のくせに口答えするんじゃないわよ!」
「いっ、たっ……」
シェルク侯爵令嬢の隣にいた令嬢がドンッと突き飛ばしてマーセナス嬢が尻餅ついて倒れる。この……女の子に何しているんだ!
その光景にかっとなって居ても立っても居られなくて飛び出してしまった。
「あんまり調子に乗るんじゃないわよ。わたくしの手にかかればあんたの家なんて簡単に潰せ──」
「やめなさい!」
不穏な言葉を話すシェルク侯爵令嬢の言葉を遮るように、私は声を張り上げたのだった。
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