第3話 調査と協力者
ロイスに協力すると言って数日、私は公爵家の力で集まったマーセナス嬢、そして辺境伯家の資料に目を通していた。
オーレリア・マーセナス。淡い珊瑚色の髪に淡い緑色の瞳を持つ、アルフェルド王国東部に位置するマーセナス辺境伯家の長女。
婚約者はおらず、性格は明るく天真爛漫で人懐っこくて家族思いの令嬢。
家族構成は父親の辺境伯、母親の辺境伯夫人、弟の四人家族で、家族関係は良好。
趣味はピアノで、好きな楽曲はラーゼル海の細波。ピアノは三歳から習っていて、音楽の造詣が深い。
王立学園入学までずっと領地で過ごしていて、王都の夜会にお茶会に参加した記録は全くの皆無。近隣の貴族の夜会とお茶会に数回参加したのみで、いわば社交界をあまり知らない深窓の令嬢。
父親の辺境伯は平時は領主として領地経営をしていて、経営能力は問題なし。また、辺境伯を賜っているが領民との距離が近く、農作業を手伝っているようだ。
また、辺境伯領はその土地柄ゆえ、隣国・ラヴェル王国の文化も比較的入っていて領都は発展都市の一つに認定されている。
そして重要なラヴェル王国との関係だが、ラヴェル王国とアルフェルド王国は同盟関係を結んでいて、良好な関係を維持している。
王家公認でラヴェル王国とは交易を行い、辺境伯領を通じて王都にもいくつかの品物が届けられている。
領地経営の数字に特におかしい点は見受けられず、領地経営には問題はないと考えられる。
「特におかしい点は見られないわね」
「マーセナス辺境伯家の資料を見ておられるのですか?」
声をかけられ視線をあげる。
そっとカップを置いて声をかけてきたのは侍女のケイティ。私の専属侍女で身の回りの世話から隠密まで出来る侍女だ。
「ええ、ちょっと気になってね」
「左様ですか」
「そうよ」
ケイティが淹れてくれた紅茶を一口含む。うん、おいしい。
現在、私がいるのは王都にある生家のカーロイン公爵邸だ。
マーセナス辺境伯家の調査が終わったとケイティから連絡を受け、学園の授業後終了後にこうして立ち寄ったというわけだ。
ちなみに、ロイスと初めて会って色々と仕出かしたのを両親に密告したのがこのケイティ。十年前から容姿が変わらない年齢不詳の侍女だ。
「お嬢様が突然辺境伯家を調べろと命じて、特にそこのご令嬢をよく調べてほしいと言われた時は驚きました。気に入らずに実家に圧力でもかけるのかと思いましたよ」
「ケイティ、貴女私のことなんだと思ってるの?」
「さぁ? 少し以前まで悪役令嬢の小説を読んでいたので真似るのかと」
「ああ、あれね。今ブームだから読んでいただけよ」
どうやらその小説に感化されて私も悪役令嬢になると思ったらしい。まったく、なんて失礼な侍女なんだろう。
「そもそも、悪役令嬢なんて最後は悲惨な末路じゃない。自分からなるわけないでしょう? ま、私が悪役令嬢なら最後の断罪イベントを利用して逆に相手を断罪に追い込んでやるけどね」
「逞しいですね」
「だって元々悪いのは浮気する婚約者じゃない。さっさと婚約破棄したらいいのにだらだら継続して断罪だぁ? ふん、そっちがその気ならこっちは言い訳出来ない証拠突きつけて慰謝料をたっーぷりいただいてやるわ。そして、浮気者には地獄を見せてやるわ」
ふふふふふ、と意地悪そうな笑みを作って笑ってみるとケイティはパチパチと両手を叩く。
「さすがです、お嬢様。売られた喧嘩は買う、ですね」
「私は負けるのが嫌いなの。ケイティも知ってるでしょう? 売られた喧嘩は買う主義って」
まぁ、相手側が仕掛けて来ない限りは嫌いでも私も手を出さない。理由? そんなことしている暇があれば剣の鍛練する方がよっぽどいいに決まっている。
「本当に逞しいですね。あとさきほどの笑み、まるで悪役令嬢のようでした」
「ねぇ、それ褒め言葉のつもり?」
ジトリと睨むもケイティはどこ吹く風のようにスルーをする。ねぇ、主人にしていい態度じゃないと思うのだけど。
「まぁまぁ、いいじゃないですか」
「どこがよ」
そうは言うものの、このやり取りは長年しているためもう慣れたため私もスルーする。
「ではどういう理由でお調べするように命じたのですか?」
「理由?」
一瞬、考える。
今はまだ話すべきではないだろう。ロイスの恋が叶うか分からないし。
「別に他意はないわよ。ただ友人になりたいって思っただけよ。……って、ケイティ、何よこれ」
ページを捲って書いていた内容を尋ねると、ケイティが覗き込んでくる。
「どこがですか?」
「これよこれ。誕生日はともかく、どうやって彼女の身長まで入手したのよ?」
ケイティに辺境伯家とマーセナス嬢を調べるように命じたけど、資料にはマーセナス嬢の誕生日と好きな食べ物と嫌いな食べ物、そして身長と、こと細やかに記載されている。ここまで調べろとは言ってない。
「身長なんてすれ違ったら分かりますよ」
「分かるわけないでしょう!? 何よ、この細かい数字は!」
何しれっとした顔で答えているんだ!
報告書にはマーセナス嬢の身長が小数点まで記載されていて恐怖を感じる。これ、外で落としたら完全にストーカー扱いだ。部屋に厳重に保管しておこう。
「ご安心下さい。体重まではさすがに分かりかねますので記載しておりません。あ、でもお嬢様の身長と体重、スリーサイズは把握していますよ」
「恐ろしいこと言わないでくれる!?」
ぞくっとなって鳥肌が立つ。恐ろしいこと言わないでほしい。今日はもう立ち去ろう。
溜め息を小さく吐いて、ケイティが調べた資料を記憶して鍵付きの棚に収納して立ち上がる。
「調べてくれてありがとう。もう寮へ帰るわ」
「そうですか。お気を付けて」
「ええ」
そして屋敷にいる母に挨拶し、帰りに有名菓子店の詰め合わせを受け取って学園の寮へと帰った。
***
数日後、私は学園の談話室でロイスと会い、辺境伯家の調査を報告した。
私の方でもロイスの方でも特に問題点は見受けられなかった。
「よし、問題はなさそうだし、協力するわ」
「メルディアナ……!」
ぱぁぁっと花が咲くような笑みに苦笑する。
「こら、まだどうなるか分からないんだから。それで、王妃様にはまだ内緒よ?」
「分かってるよ。母上が知ったらどうなることやら……」
「ロイスかわいさに勝手にマーセナスさんとロイスを婚約させる確率が九割ね」
「だよね……」
私の言葉にロイスが肩を落として呟く。
王妃様は明るくていい人だけど、ロイスが恋をしたと知ると喜んで勝手に婚約を打診して結んでしまう可能性が高い。
そのため、王妃様には黙っていた方がいい。あくまで王妃様に伝えるのは二人が成就してからだ。
「あとは協力者ね」
そろそろ来るはず、と時計を見るとコンコン、とドアがノックした。
「どうぞ、入って」
「はーい、じゃあ失礼するね」
ガチャっと音を鳴らして入室してきたのは二人の男女。
どちらも一年生を表す真紅のリボンとネクタイを着用し、女子生徒はドアの入り口で目を見開く。
「あれ、殿下? え、私たち邪魔じゃない?」
「そんなことないよ。二人とも、座っておくれ」
「そうですか? じゃあ失礼しますね」
女子生徒が驚くもロイスが許可すると私の隣に座ってくる。
「もう、メルディったら。殿下がいるなら言ってよ」
「ごめんなさいね」
「いいよ、許してあげる」
ふふ、と笑う女子生徒に苦笑してしまう。
「ステファン、君も座っておくれ」
「では失礼します」
一緒に来たもう一人の男子生徒も礼儀正しく返事をしてロイスの隣へ腰がける。
やって来たのは私とロイスの友人だ。
私の隣に来たのはアロラ・オルステリヤ。金髪に茶色の瞳を持つ、名門オルステリヤ伯爵家の令嬢で私の幼馴染で私のことを「メルディ」と呼ぶ。
領地が隣同士で昔から深交があり、明るくて面白いことが好きなお嬢様だ。
そしてロイスの隣にいるのはステファン・ルドミラ。深緑の髪に灰色の瞳を持つ、歴史の長いルドミラ侯爵家の嫡男でロイスと同じく生徒会に所属する。
ちなみに
ステファンとはクラスが違うけど、私とロイスとアロラは同じクラスだ。
「なぁに? なんか大事なお話?」
首を傾げて尋ねてくるアロラに頷く。
「ええ。実は、二人に協力してほしくて。実は──ロイスに好きな人が出来たの」
しん、と場が静まる。
しかし、ロイスの恋愛が成就するには二人の協力が必要だ。
私とロイスだけでは無理がある。それに、二人でこそこそしてても妙に勘の鋭いアロラには勘づかれる可能性が高い。
ならさっさと言っておいた方がいい。幸い、ロイスも学生生活を送る中で一緒に行動することが多いこの二人にずっと隠し通すのは難しいと分かっていたようで話そうとなった。
二人は王妃様の性格を知っているので頼めば黙っておいてくれるはずだ。
そう考えながら待っていると、先に声をあげたのはアロラだった。
「え、殿下が!? おめでとうございます!」
驚きながらも少し楽しそうにアロラが祝福の声をあげる。
一方、ステファンは驚いたままだ。
「それは本当ですか……?」
「あ、ああ。その、恥ずかしいけどね……」
「それは……、おめでとうございます」
やや呆然としながらもステファンは納得したように頷く。
「ねぇ、メルディじゃないのよね?」
「違うわ。他のクラスの一年生よ。マーセナス辺境伯の令嬢のオーレリア・マーセナス嬢よ」
「へー。それで? メルディは好きな人いないの?」
「残念だけど、アロラのほしい答えはないわ」
「えー、つまんないの。メルディと恋バナしたかったのに!」
「はいはい」
拗ねるアロラを置いてステファンに話しかける。
「私はロイスの恋を応援するつもりよ。それで、二人も知っててほしくて」
「なるほど……。しかし、メルディアナ様、よろしいのですか? 貴女なら立派な王妃になれると思いますが」
「私は王妃なんか興味ないわ。それに、私とロイスの間にあるのは友情や親愛だけよ」
王妃に相応しいというステファンにはっきりと言いきる。
ステファンはきっと私を評価してくれている。だからこう言ってくれるのだろう。
だけど、ステファンには話していないが私が目指すのは今も昔も祖父のような立派な騎士になることだ。
「分かりました。殿下の恋愛です、協力しましょう。王妃殿下にはまだお伝えしないのですか?」
「ああ。まだ母上には伝えていないんだ。ステファンなら分かるだろう?」
「それは……、そうですね」
「そうですねー」
ステファンに続いてアロラも返事する。
「計画はまず私がマーセナスさんに接触。アロラはたまに手伝ってほしいってこと。そのあとにロイスと顔合わせさせて両想いになるようにロイスが努力する。私も裏で手伝うつもりよ」
「私は手伝えばいいんだね。了解っと」
「そう、お願いね」
楽しそうに敬礼するアロラを視界の端に入れながら、ロイスの肩に手を置く。
「いい、ロイス? 貴方にかかってるのよ? 筆頭婚約者と呼ばれる私を助け出せるのはロイスしかいないの。分かってるわね? ね? 仮に失敗しても絶対私を婚約者候補から除外するのよ?」
「わ、分かったから……、メルディアナ痛い痛い」
「あら、つい。ごめんね」
詰め寄ってロイスに何度も何度も念押しするとロイスが悲鳴をあげながら返事する。見るとギリギリと音を鳴っている。つい力入れすぎてしまった。
ロイスから手を離してここにいる三人に告げるように声を張りあげる。
「これより同盟を結成する! メンバーは私、メルディアナ・カーロイン! ロイス・アルフェルド! アロラ・オルステリヤ! ステファン・ルドミラ! 同盟名は『ロイスの恋応援団』! えいえいおー!」
その日、学園のとある談話室で一つの同盟が結ばれた。
メンバーは私、メルディアナ。
「同盟? わぁ、なんか本格的で楽しそう! えいえいおー!」
面白そうと判断して笑いながら私の真似をするアロラ。
「な、名前恥ずかしいんだけど……おー……」
何か意見を言っているロイス。
「これで上手く行くのでしょうか……」
片手で顔を覆いながらぼそりと何かを呟いたステファンの四人の同盟がこの日、誕生した。
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