第2話 王太子ロイスの初恋

「…………は?」


 突然の幼馴染の報告に私は変な声をあげて硬直してしまった。


「だ、だから……、す、好きな子が出来たんだ……」

「ち、ちょっと待って。それは分かったから」


 恥ずかしそうにしながら再び報告しようとするロイスを止めて顔を覆う。

 ロイスが、初恋。

 ふむふむと考えておよそ十秒。そして一つの思いが私の胸に占める。


 それ、私に言うこと?


 恋愛したのはいいと思う。しかし、なんで私が幼馴染の初恋しました宣言を聞かないといけないのだろう。分からなくて頭を抱えると、「メルディアナ? どうしたんだい?」と心配そうな声が落ちてくる。


「…………」


 顔をあげると澄んだ水色の瞳が私を捉える。十年の幼馴染だ。ロイスが心配してくれているのが読み取れる。

 色々と疑問はあるものの、ロイスに聞かないと何も分からない。

 小さく息を吐いたあと、ロイスに問いかける。


「別に何もないわ。それで? どうしてそんなことを私に? ステファンとかには言ったの?」


 ステファンはロイスの友人で侯爵家の嫡男で賢い少年だ。私も顔見知りで将来はロイスを支えてくれると思っている。


「こ、こんなこと言うのステファンに恥ずかしいよ。でもメルディアナなら大丈夫だから……。ダメだったかい?」


 いーいえ。しかし、男友達で一番仲の良いステファンはダメで私はOKとはどういうことだ。ま、いいやと頭の隅に追いやる。

 しかし、こんな表情は久しぶりだ。

 成長したロイスは聡明で穏やかな王子として通っていて、こんな姿は他の人間には見せない。

 こんな風にたじたじな姿はごく一部の人間にしか見せない。

 ちなみにステファンは私ほどではないがロイスとは長い付き合いで友人になって六年目になる。なので、私とロイスの関係性(姉御と舎弟)を知っているし、ロイスのこの性格も知っている。


「それにしても急な報告ねぇ……。でもまぁ、おめでとう」

「ありがとう」


 私の祝福の言葉に、ロイスは初めて会った時と変わらないふわっと穏やかな笑みを見せる。

 その笑みにつられて私も表情が柔らかくなる。

 しかし、ロイスが初恋とは。そう思うと悪戯心が芽生えるのは必然で、ニヤリと笑ってしまう。

 ロイスも私の変化を感じ取ったのか、びくっと肩を揺らす。


「メ、メルディアナ……?」

「で? 相手は誰なの? 学園の子? それとも違うの?」

「えっ!?」

「まさかただ『好きな子が出来ました』だけで終わるつもり? 王宮ここまで来たのよ、白状しなさいよ」

「えええっ……」

「ほーら。白状しーなーさーいー!」


 姉御に命令されたら逆らえる舎弟はいない。否、逆らわせない。

 私がせっつかせると、ロイスは小さい声でぼそぼそと白状し始める。


「あ、相手は辺境伯家の令嬢で……。名前は……オーレリア・マーセナス嬢っていうんだ」

「マーセナス……。……ああ、確かこの間の一年の音楽演奏会でピアノの部で最優秀賞を受賞した」

「覚えてる? そうだよ」


 ぼそりとこぼすとロイスが食いついてくる。

 音楽演奏会は毎年四月の末に開催されていて、一年生から三年生の学年別で最優秀賞と優秀賞を決める。

 ちなみに私たちが通うエルゼバード学園は三年制で今は一年生である。

 一年生は入学して一ヵ月もしないうちに例の演奏会が行われるため、入学前から賞をもらうために参加する生徒は練習を重ねている。

 種類は我が国でよく習うヴァイオリン・ピアノ・フルートの三つで、演奏会には主に女子学生が参加するが音楽家の家系の男子学生も参加する。

 私もヴァイオリンで参加した。得意なヴァイオリンで難関な演奏をミス一つなく披露して最優秀賞を手にしたのは記憶に新しい。


「でもクラスも違うでしょう? まさか演奏会で一目ぼれ?」


 エルゼバード学園では一学年三クラスに分けられていて私とロイスはA組、例のマーセナス嬢はC組だ。


「うーん、一目惚れというか……彼女の音色に惹かれたんだ」

「音色?」


 どういうことだろうと思っていると、ロイスが説明し始める。


「ほら、僕生徒会役員だろう?」 

「ええ、そうね」


 ロイスの言葉に頷いて返事をする。

 ロイスは王太子ということもあり、一年生ながら生徒会に所属し、今は会計をしている。

 ちなみに私は生徒会に所属していない。理由? 面倒だからだ。

 生徒会に入ったら忙しくなる。剣術の修行をする時間がなくなるじゃないか。


「生徒会の部屋に行く時に長い廊下があるのは知ってるかい?」

「ええ、知ってるわ」


 生徒会に所属していないが、校内の造りは知っている。生徒会に行くまでに長い廊下があったのを思い出す。


「あの廊下を通るといつもきれいな音色が聞こえていたんだ。初めは誰か音楽演奏会で練習しているんだって思っていたんだけど、時折廊下を歩いているとふざけているのかかわいらしい童謡の演奏が聴こえて……いつしかそれを聴くのが楽しみになったんだ」

「なるほどね。それで気になっていた音色の持ち主が、マーセナスさんだったってことね」

「ああ。音楽演奏会であの演奏を間近で聴いた時は心が震えたよ。その表現が正しいのかわからないけど、衝撃的で美しい音色に泣きそうになったんだ」

「まぁ、彼女他の一年生とレベルが違ったものね」


 私も彼女のピアノを聴いた。

 彼女の演奏は他とは一線を画していて、まるで音色が生きているかのようにいきいきとしていたなと感じた。

 だからこそその音色の持ち主がマーセナス嬢だと分かったのだろう。


「あの演奏主がマーセナス嬢と知って……、それからずっと彼女のことを考えてしまうんだ」

「恋煩いね」


 ズバリと言うとぼんっ!とロイスの顔が熟したりんごのように赤くなる。


「こ、恋煩いって……」

「違う? いつも彼女のことを考えしまうんでしょう?」

「…………はい」

 

 否定しようとするも私の視線に耐えきれず、はい、と認めた。


「それにしてもロイスが、ね」


 最高級品質の紅茶を飲みながら呟いてしまう。まさか先を越されるとは思っていなかったので少し悔しい。

 だけど、幼馴染が恋をしたのは嬉しいことだ。上手くいけば婚約の話が消え去ってくれるのだから。


「それで? 婚約はいつするの?」

「こ、ここここ、婚約っ!!?」

「ねぇ、噛みすぎじゃない?」


 顔を真っ赤にして狼狽えるロイスに素早く突っ込む。噛みすぎだと思う。何もおかしいこと言っているわけではないのに。


「何よ。貴方は王太子でしょう? 今はよくても学園卒業したら絶対に婚約者作らされるわよ。それなら好きな子と婚約した方がいいじゃない」

「そ、それはそうだけど……。僕は彼女と接点はないし……。それに……僕の我儘で婚約者にしたくないんだ」

「ロイス……」


 ああ、そうだ。ロイスはこんな性格の子だったと思い出す。

 幼い頃から王太子だからといって我儘放題するのではなく、他人を思いやる性質の少年だった。

 自分の一存で一人の令嬢を苦しめたくないのだと理解する。


「…………」


 今が平和な時代でよかったと思う。戦乱の時代なら一国の国の主である国王は時に冷酷な判断をしなければならない。

 穏やかで優しいロイスには、荷が重すぎる。


 しかし、これは千載一遇のチャンスだ。

 私たちの間には恋愛感情はないけど、王家と公爵家の縁組は一定の国益を生む。そのため、今は私たちの気持ちを尊重してくれているけど、このまま互いに婚約者がいなければ「幼馴染だし」って理由で婚約というルートもあり得る。そんなの、冗談じゃない。

 私の夢は今も昔も祖父のような立派な騎士になることだ。王妃になったらそれが不可能になる。それだけは回避したい。

 ロイスは大切な幼馴染だ。例え王妃じゃなくてもロイスが苦しい時は助言を惜しまないつもりだ。だから王妃は勘弁願いたい。

 

「…………」


 私とロイス。互いが幸せになる方法。それを叶えるには、一つしかない。


「……つまり、マーセナスさんがロイスを好きになれば問題ないのよね?」

「…………へ?」

「ロイスは自分の我儘でマーセナスさんを王太子の婚約者にさせたくない。なら両想いなら問題ないわ。幸い、マーセナスさんは辺境伯の娘。我が国の辺境伯は侯爵家と同等の権威を持つわ」


 国によって異なるも、少なくともアルフェルド王国の辺境伯家は国境を守る重要な役割を担っているので侯爵家と同等の位を持っている。

 王家に嫁ぐには最低でも伯爵家以上の娘と決まっている。辺境伯令嬢なら十分可能だ。

 淡々とロイスに事実を述べると困惑の表情を浮かべながら、口をわなわなと震えさせる。


「メルディアナ……、もしかして……」

「私とロイス。どちらの夢も叶えるためだもの。上手くいくかはわからないけど──二人がくっつくの協力するわ」


 ニコリと笑うとロイスがぱぁっと花が咲くように笑って私の両手を握る。


「ありがとう……! ありがとう、メルディアナ!」

「お礼を言われるのはまだ早いわ。上手くいくかはなんて分からないんだから。……こんなこと言うのは酷だけど、もしマーセナスさんに好きな人がいたらどうするの?」

「好きな人……」


 ロイスがぼそりと呟いて目を伏せる。

 協力はするつもりだけどマーセナス嬢に想い人や恋人がいる可能性も考える必要があるのも忘れてはいけない。

 その場合はロイスには悪いけど、協力することが出来ない。

 私は相変わらず筆頭婚約者と言われたままだけど、オーレリア・マーセナスという少女の幸せを壊してまでというわけではない。全員が幸せになれる糸口を探したいだけだ。

 ロイスの答えを待ちながらじっと見つめていたら、ロイスが顔をあげた。


「……苦しいけど、諦めると思う。好きだけど、一国民である彼女の幸せを壊してまでこの恋を成就したいわけじゃないんだ」


 苦しそうに言うロイスに私も少し辛くなるが、それでこそロイスだと思う。ロイスなら言うと思った。


「そうね。あくまでマーセナスさんに相手がいないのが前提条件ね。相手がいたら潔く諦めることね」

「……うん、分かってる」


 ロイスの回答に頷いて考える。

 まずはマーセナス辺境伯家だ。家柄は合格だけど、財政と領地手腕に評判と調べることはたくさんある。

 同時にマーセナス嬢本人の調査も必要だ。婚約者がいるのか、何が好きなのか調べる必要がある。

 

「まずはマーセナス家について調べるわ。公爵家の力を使えばいけるはずだから少し待ってくれる? 協力はそれからよ」

「わかった。僕の方も少し調べてみるよ」

「ええ。資料は多い方がいいもの。それまでは今までどおりマーセナスさんには接触しないでね」

「分かっているよ。メルディアナ、姉みたいだ」

「実際私とロイスはそんな感じでしょう? いつも私が引っ張ってきたし、あながち間違いじゃないんじゃない?」

「はは、そうだね」


 姉御と舎弟の関係の私だが、友情は確かにある。さて、ロイスの初恋のお手伝いをしようか。

 エルゼバード学園に通う私とロイスは今は寮生活を送っている。門限があるからそれまでには帰らないと。

 そして互いの顔を見て笑い合ったあと、私は実家のカーロイン公爵邸に向かったのだった。

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