筆頭婚約者令嬢は、王妃の座を譲りたい!

水瀬真白

第1章

第1話 公爵令嬢メルディアナ

 メルディアナ・カーロインはカーロイン公爵家の長女だ。

 生家のカーロイン公爵家は建国当時から存在する歴史あり、過去には何人ものの王妃を輩出する名家中の名家で、父親で当主であるカーロイン公爵は公明正大な人物で国王の信頼も厚く、現在は内務大臣として国に仕えている。

 母親の公爵夫人も名門公爵家出身で、自身は社交界の華として君臨し、公爵夫人の父である先代公爵は国を守った大英雄で生きた伝説として有名である。

 そんな、二つの公爵家の血を引くのがメルディアナだ。


 父から譲り受けた全てを黒く染め上げそうな漆黒の黒髪は腰まで真っ直ぐに伸び、母から譲り受けた朱色の瞳は父親同様切れ長で力強く、華やかな顔立ちという言葉が似合う美少女。

 そして容姿だけではなく教養が高く複数の外国語を使いこなし、マナーやダンスは淑女の中の淑女と呼ばれるほどの技術を持ち、手先が器用で繊細な刺繍をいとも簡単に作り上げてヴァイオリンは演奏家が絶賛するほどの腕前でさらには剣まで使いこなす。

 容姿・家柄・財力・才能と全てを持つメルディアナは“非の打ちどころのない令嬢”として評されている。


 そんな彼女は今年で十六歳になり、王侯貴族が通うエルゼバード学園に入学した。


 同じ年には幼馴染で王太子であるロイスも入学し、幼少期から仲が良いことからいつ婚約するのかと貴族に国民たちは注目し、二人が婚約を結ぶのは時間の問題だと囁かされている──。




 ***




 いつまでも消えない噂に私、メルディアナは激怒した。


「だぁれが筆頭婚約者令嬢よ。王妃なんてこっちからお断りよ!!」

「メルディアナ、僕にそれを言わないでよ……」


 私の発言にロイスが困ったような声を出す。

 目の前に座るのはサラサラの柔らかそうな薄茶色の髪、優しそうな晴天の空のような水色の瞳を持つ、線の細い幼馴染。

 名はロイス・アルフェルド。この国、アルフェルド王国の王太子で私と同じ十六歳になる次期国王だ。


「何年も何年も噂があり続けたら腹立つわよ! 婚約する予定はないって言ってるのに、夜会に参加する度に『いつ婚約するんだ?』ってあちらこちらから聞かれるのよ!? 私はロイスと婚約することなければ他の誰かと婚約する気もないのにっ……。まったく、あいつらの耳はどうなってんのよ!」

「メルディアナ、どうどう」


 怒りに呑み込まれている私をロイスが宥める。慣れた手つきである。

 ここは王宮の王家の人間が生活する空間にある庭園だ。

 そんなところに婚約者でもない私がなぜいるかって? それはロイスに話があると呼ばれたからだ。

 王族の生活空間だけど、許可を貰えればこうして一緒にお茶を飲むことが出来る。

 王妃様もこの庭園で親しい人とお茶会を開くこともあり、母も来たことある。

 そしてそんな庭園にいるのは私とロイスの二人きり。私たちを昔からよく知る侍女と近衛騎士が遠くに控えているけれど、声は聞こえない距離だ。

 だから、取り繕う必要がない。


「ロイスだって私と婚約するのは嫌でしょう? 陛下と王妃様のようになるのよ?」

「それは……確かに嫌だね」


 私の発言にロイスが目を伏せる。ロイスの親である両親は母親の王妃様が父親の国王陛下を尻に敷いている。

 そして気の強い私と大人しいロイスが結婚したら間違いなく国王夫妻のようになるだろう。予言する。

 

「そもそもねぇ、王妃なんて荷の重い仕事やってられないわ。常に多くの人間に囲まれて王妃の仮面を四六時中被るなんてやってられないわよ! 私はね、お祖父様のような立派な騎士として働きたいんだから!!」

「知っているよ、メルディアナの夢は。そして、メルディアナはそれを叶えられるだけの実力があるってことも」

「ふふん、そうよそうよ? なんたって生きた英雄であるお祖父様からお墨付きなのよ?」


 ロイスからおだてられてつい喜んでしまう。さすが幼馴染。私のことをよくわかっている。

 でも、孫には甘いけど剣に対しては厳しい祖父から認めてもらっているのは事実だ。騎士なれるくらいの実力は身に着けているはずだ。


「私もロイスも互いに友人だと思っているわ。でも、そこには恋愛感情なんて皆無なのにみーんな勝手に言ってね。困るよね」

「そうだよね。僕たちには親愛はあっても恋愛はないのにね」


 私の発言にロイスも困ったように苦笑する。どうやらロイスもその話は私と同様、かなり苦労しているようだ。

 周りはどうも誤解している。私たちの間にあるのは「親愛」、ただそれだけなのに。


「だけどね、メルディアナ。僕は一番の友人は君だと思っているよ」


 ロイスが言葉を区切り、まっすぐとこちらに目を向ける。


「王太子ロイスとして見ずに“ただのロイス”として見てくれて、昔から内気な僕を引っ張ってくれた君はかけがえのない友人だよ」

「ロイス……」


 ロイスの言葉にぱちくりと、僅かに目を見開いて息をこぼしてしまう。

 そして思い出す。初めて会った日のことを。


 私とロイスが出会ったのは十年前、二人とも六歳の時の頃だ。

 両親に連れられて初めて王宮に行った時、そこでロイスと出会った。

 ロイスのことは出会う前からよく聞いていた。

 国王夫妻の唯一の子どもで王太子。勉学が優秀で、読書が好きな穏やかで大人しい少年だと。


 しかし、両親はロイスと対面させたら自分たちは国王夫妻とともにどこかへ行き、私とロイスを二人きりにしたのだ。

 いや、正確には遠巻きに王家に仕える近衛騎士と王家と公爵家の侍女たちがいたが彼らは空気化していて、事実上私とロイスの二人きりだった。


 今思えば内気で人見知りのロイスと活発な私を仲良くさせてゆくゆくは婚約を、と考えていたのだろう。

 なぜなら私の生家は長い歴史を誇り王家に仕えている。両親は国王夫妻と友人で公爵令嬢と王太子と身分も釣り合う。婚約を視野に入れていたと思う。

 しかし、そんなこと全く知る由ない私はロイスと仲良くなった。

 姉御と舎弟として。


 ちなみに言い訳させてもらう。私は当時から生きた英雄である祖父に尊敬の念を持っていた。

 だからよく祖父の元に遊びに行き、剣術を教えてもらっていた。

 それと、母方の公爵領は自然の要塞で、自然豊かだったためよく従兄たちと木登りや森の探検をして公爵令嬢なのに随分活発的だった。

 お裁縫をするなら剣を、ダンスをするなら基礎トレーニングを、という具合だった。

 そんなやんちゃ令嬢と内気で大人しい王子様を二人きりにしたらどうなるか? 否、答えは分かるはずだ。


 まずは木登りなんてしたことない、というロイスに先に手本を見せて、一緒に登ると王宮の建物を二人で眺めた。当然、王宮の侍女たちに心配かけた。

 その次は剣が苦手というロイスに木剣を握らせてまずは姿勢を教え、さらに控えていた近衛騎士に突撃しては二人でともに剣術教えてもらった。当然、近衛騎士はいきなり巻き込まれて少し困惑していた。

 

 そんな感じでロイスや周りを振り回すこと二、三時間。恐らく談笑していたであろう互いの両親が私たちの様子を見に来た。

 両親の反応はすごかった。王宮ということ、汚れを落としたが服は皺になっていてずっと様子を見ていた侍女が密告したことで私のした所業が白日の下に晒された。裏切ったな、公爵家の侍女め。

 私の行いを知った父は自国の王太子にした所業に顔を青ざめて、母は卒倒しかけた。まさかこんなお転婆なことをするとは思わなかったようだ。

 しかし、逆にころころと笑っていたのは王妃様だ。「メルディアナが男の子だったらよかったのに」と笑っていた。陛下? 空気だった。

 王妃様はころころ表情豊かに笑っていたけど、両親は平身低頭だった。娘を庇えるだろうか、と戦々恐々していたが──ここで意外な言葉が出てきたのだった。


 ロイスが「ねぇ、次はいつ来てくれるの?」と言い出したのだ。


 私に随分引き摺られていたにも関わらず、当のロイスは頬を朱色に染めて楽しそうに笑い、また私の訪問を尋ねてきたのだ。

 両親の安堵はすごかった。お転婆娘の行いに顔を青ざめていたけど、当の本人は楽しそうにしていて、楽しそうに笑うロイスに陛下たちは喜んでいた。


 それからはロイスと定期的に会って過ごした。

 母から怒られ厳しい淑女教育をする羽目になったが、おかげで今は刺繍もマナーもダンスも完璧と言われるようになったため感謝している。

 ロイスは私を友人(姉御)として懐いて、少しずつ変化していった。

 苦手な剣術も私と一緒に練習して苦手意識を克服し、勉強も互いに競いあって以前より増して頑張るようになり、大人しいながらも聡明で落ち着いた王太子へと成長していった。


 それを一番よく知っているのはやはりロイス自身のようで、私のことを一番の友人だと言ってくれる。

 ロイスの変化を身近で見てきた両陛下にも感謝され、王妃様なんて実の娘のように私をかわいがってくれる。

 王妃様からは婚約も二人が望むのなら婚約すると言われているも、当の私たちは友人としか思っていないので二人そろって丁重に断っている。

 そんな私たちの態度に両陛下も私の両親も政略結婚より子どもの意見を尊重する姿勢をとってくれている。

 きっと王家と公爵家が仲がいいからだろう。強制的に婚約させられることがなくてよかったと思う。


 しかし、ロイスが一番親しくしているのが私だというのは知れ渡っているので、周りの貴族は私たちが婚約するのをいつかいつかと興味津々だ。

 どちらかがさっさと婚約したらいい話だけど、互いに好きな人もいないため、婚約者がいないのが今の現状だ。


「メルディアナと出会わなければ僕はきっと内気で人見知りのままだったと思う。メルディアナのおかげで近衛騎士たちとも仲良くなれたんだ」

「ロイス……。そんな大したことはしていないけど、私だってロイスのことは一番の友人だと思っているわ。今思えば昔の私はやんちゃ過ぎたわと反省しているくらいだし」

「そうだよね、メルディアナったら女の子なのにお転婆だったね」


 クスクスと当時のことを思い出して笑うロイスを睨み付ける。うるさい。


「一言余計よ、昔のことはもう忘れて。それで? どうしたのよ? こうして呼び出して」


 本題を話せと暗に伝えてみる。

 今日、私が王宮に来ているのはロイスから頼まれたからだ。

 王太子からの呼び出しとなれば様々な憶測を呼ぶので、王妃様も協力して王妃様が私を呼び出したという設定で本日やって来た。

 王妃様と母は友人で、お茶会では時折私を招待するので特におかしくない。そのため、今回はその形で王宮までやって来た。


「何かあったの?」


 頬杖しながらロイスに尋ねる。

 昔は友人としてよく一緒にいたけど、年頃の年齢になると周りが婚約かとうるさくなってきたため、極力会わないようにしていた。

 どちらかが婚約者が出来たらそんな話はなくなるだろうけど、そうしたらこんな風に二人きりでお茶会なんて出来ないのは分かっている。


 だから婚約のことを言われないように学園でも気を付けるようにしている。挨拶や少しくらい話しはしても人前では長時間話さないように心がけている。

 そんな中での呼び出し。何か緊急事態かと考えていると、ロイスがぼそりと何かを言い出した。


「…………が、出来たんだ」

「え? ごめん、聞こえなかったわ。もう一度言って?」


 はっきりと告げるとえっ、と困ったような声をあげられたが聞えないものは聞こえない。だからもう一度言うように促す。


「はっきり言いなさいよ。男でしょう?」

「わ、分かったよ……。……だから……その、好きな人が出来たんだ……」


 線の細い顔立ちは美しく、目は伏せて、頬は朱色に染めたロイスはか細い声で一番の友人である私、メルディアナに自身の初恋を報告したのだった。

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