第4話 対面
「すいません。俺、嘘がつけなくて」
俺は謝った。奥さんの本当の姿を知りたいというのに、オブラートに包んで話すのがいいのかはわからない。それに、すべてを晒せば、彼も諦めが付くかもしれない。
「いいんですよ。大体、想像通りです。有田さんっていう人にも会いました」
「あ、そうですか」
「今は、普通に結婚してお子さんもいて幸せそうです」
「じゃあ、よかった・・・他にも会いましたか?」
「ええ。わかる範囲でできるだけ探しました」
俺たちはずっと暗がりで話していた。
旦那の顔は見えなかった。
でも、俺はその人をすっかり信頼してしまっていた。声が優しそうで、好きになってしまいそうだった。亡くなった奥さんの面影を追い続ける、健気ないい旦那。女性は、みんなこういう男を望むもんじゃないだろうか?2人で家を建てたんだから、どうして一緒に住宅ローンを返しましょう、とはならなかったんだろうか。別に貧乏でも、愛があればいいんじゃないか?
「奥さんはどうして亡くなられたんですか?」
「ああ、車の事故です。山道をドライブしてて、カーブを曲がり切れなくて」
「そうですか」
「単独事故でした」
もう12時くらいになっていたと思う。トイレにも行かず、水も飲まずに話していた。
「キスしてもらえませんか?」唐突に旦那が言い出した。
「えぇ?いやぁ・・・男同士だし・・・」俺は呆れて答えた。
「お願いします。一回だけ。あなたがどんな風か知りたくて・・・」
俺は困ったけど、彼の気が済むならと唇を重ねた。彼が俺の背中を抱いて来たから、舌を入れた。彼はぎこちなかった。これは下手だなと思った。
「やっぱり違いますね。自分のどこが駄目だったのかがわかりました」
旦那は笑いながら言った。
「とんでもない・・・。俺なんてクズですよ。情けない。それに、こんなこと言ったら気を悪くされるかもしれませんが、あなたみたいな誠実な人なら、また別な人と人生をやり直すことだってできるでしょう。是非、そうなさった方がいいですよ」
「私なんて、コールセンターの派遣ですよ。結婚なんて無理ですよ」
「そんなことありませんよ。共働きでいいって人が今は一杯いますよ」
旦那は黙った。
「江田さん、顔を見せてもらえませんか?声の感じからして、きっとイケメンなんだろうなって」
「いや、とんでもない・・・全然、普通ですよ」
俺はちょっと緊張した。キスした相手が不細工だったらどうしようと思った。
「あなたみたいに正直に話してくれた人はいませんでした。本当にありがとうございました。私も一歩踏み出せそうです」
「なら、よかったです」
俺はほっとした。そろそろ解放してもらえそうだ。
「これは今まで誰にも言ったことはありませんが・・・」
「はあ。何でしょうか・・・」
「妻の死因ですが・・・無理心中だったんです」
「え、あ、そ、そうだったんですか?」
「いえ・・・それも嘘で、実は、私・・・妻を殺しました」
「え?」
「無理心中しようと思ったんです。車で谷底に飛び込むつもりでした。
でも、できませんでした。私自身、死ぬのが怖くて。彼女とはドライブの間、別れ話をしていました。派遣先で知り合った20代の若い男にプロポーズされているから、別れてくれと言われたんです。私はそれまで彼女に捧げ尽くした人生を振り返って、到底、受け入れることはできませんでした。家だって彼女にせがまれて買ったんだし、仕事をリストラされたのだって、私が転勤や残業を拒否していたからです。それなのに・・・。将来性のある若い男に乗り換えようなんて・・・。
それで、カーブを曲がり切れなかった風を装って、彼女の座っている側から、思いっきりガードレールに突っ込んでやりました。助手席はめちゃくちゃになっていました。でも、その時、強く行きすぎちゃって・・・」
彼は部屋の照明をつけた。俺たちはその時初めて顔を合せた。
「あっ!」
俺は声を上げてしまった。
彼の顔半分が解けたように崩れていた。
「完全犯罪は小説の中だけですね」
彼は笑った。右側の唇は引きつっているのに、左側はまったく動かなかった。
浮気性の妻 連喜 @toushikibu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます