第3話 2人の思い出

「妻とのことを話していただけませんか?私は妻の携帯をずっと持っていて、長いことメールが来るのを待っていたんです。妻のことを知っている人に会って、妻のことをもっと話して欲しくて。だって、私の知らない妻の姿を、他の人が知っているなんて、不公平じゃありませんか?江田さん、妻とはどうやって知り合ったんですか?」

 俺は旦那のリクエストに応えようと決めた。そうしないと、彼は次に踏み出せない。

「じゃあ、正直に言いますよ」


***


 俺はAさんとの出会いについて、思い出せる範囲で話し始めた。彼女は、俺がいた部署に派遣で採用された人だった。外資系だったから、英語力がいる仕事だった。彼女はTOEICがほぼ満点で、同業他社の経験があったから採用された。採用したのは部長だった。美人だったから、入社してすぐの頃からフロア中の男たちの話題になっていた。


 最初に彼女と親しくなったのは部長だった。部長は既婚者で娘さんが2人いたが、すごく稼いでいる人だったし、男としても魅力的だったんだろう。年齢は50過ぎだったと思う。部長の愛人だから誰も声を掛けられなかったけど、並行して他の若い男とも浮気をしていると聞いていた。すごい人だなと思ったけど、俺は遠巻きに見ていただけだった。


***


 その会社は外資系だから福利厚生や設備がよかった。羨ましいなんて思ってはいけない。激務だしリストラは普通にある。

 休憩室にはマッサージチェアなんかもあって、俺は疲れた時なんかはそこで仮眠を取って、深夜まで残業をしたりしていた。俺がある時そこで寝てたら、隣に寝てたのが彼女で、同時に起き上がった時に目が合った。お互い笑ってしまった。だって、俺は正社員だけど、彼女は派遣なのに昼寝なんかしていたからだ。派遣は時給で仕事してるわけだから、苦情を言えば首になっても文句は言えない。


「見なかったことにしとくよ」俺は言った。

「すいません」彼女は笑っていた。俺は彼女の弱みを握っているような気分になっていた。俺が昼寝しに行くと、時々、彼女がそこにいることがあった。後で聞いたら体調が悪いのに無理して働いていたから、もう限界だと思ったら横になっていたそうだ。


 俺はそれを知らなくて、彼女が色々な男と浮気しているせいで、寝不足なんだろうと思っていた。俺は彼女に親しみを感じて、日常的に雑談をするようになっていた。

 そのうち、俺が残業していると、彼女も一緒に残ってくれるようになった。俺が彼女に仕事を手伝ってほしいと言ったからだった。本当は契約外の仕事をしてはいけなかったんだけど、彼女も稼ぎたくて残りたいと言ってくれていた。


 色んな男と浮気をしている人。俺にとってのAさんの印象はそうだった。だから、声を掛けるハードルは相当低かった。断られる気がしなかった。深夜会社にいることが多いから、会社の中でもやっていたそうだ。部長を入れて、5人の男と浮気をしていた。そのフロアーには20人くらい男がいたけど、そのうちの20代、30代の若い男の半分くらいとやっていたことになる。

「何が楽しいの?」

「病気なの。多分。依存症」

「そんな依存症あるの?」

「うそ。そんなの言い訳。でも、いいよね。外資系で稼いでる人ってアグレッシブで自信に満ち溢れているから」


 俺は同僚と比べられたくなかったけど、みんなが気に入っている女性なら自分もという気持ちがなくはなかった。俺は、会社でなんてとんでもないから、ホテルに行っていたけど、やがて彼女は『うちに来れば?』と言うようになった。


「浮気は何回もしたけど、家に呼ぶのは初めて」

 彼女が言うので、俺は他の男より優位に立ったような気がして嬉しかった。彼女によると、旦那はダム工事の出稼ぎに行っているそうだ。危険だから給料が高いらしい。

「旦那さん可哀そうだね」

「いいのよ。リストラされる方が悪いのよ。普通に働いていたらリストラなんかされない」

「そうでもないよ。給料が高い人の方が切られたりするし」

 俺は旦那さんが可哀そうになって、取り敢えず庇った。

「仕事ができない人なのよ」

「そうとは限らないって」


 彼女はよく旦那の悪口を言っていた。悪口というよりも笑い者にしていた。旦那は早漏で物足りないと言っていた。

「もう付き合いきれないわ。帰って来ないで欲しい」

「何で離婚しないの?」俺は不思議だった。すると、病気で子どもが産めないと告げられた。

「彼は保険なの。健康で文化的な最低限度の生活をするための。今は全然帰って来ないから快適」

「別の男と再婚すればいいじゃない?」

「私なんかと結婚する人はいないって。タバコ吸うし。酒飲むし。誰とでも寝る女だから」

「でも、君のこと本気で好きな男もいるんじゃない?」

「そういう人は嫌いなの。有田君とか・・・真面目過ぎて面倒くさい」

「あ、そうなんだ。彼、独身だよね。いいじゃん、乗り換えちゃいなよ」

「はは。絶対、彼が不幸になるから嫌」


 俺たちが終わったきっかけは、有田君から「彼女と付き合うのをやめてください。僕たち付き合ってるんで」と言われたからだった。俺は2人の幸せを願って身を引いた。俺たちが続いたのは半年くらいだろうか。


 彼女は毎週予定を入れるのが好きで、一緒に旅行に行ったこともあったし、他の男とも泊りで出かけていた。旦那が戻って来る時だけは家にいたみたいだけど。

「死んじゃえばいいのに。そしたら補償金いっぱいもらえるから」

「やめなよ」

 俺はたしなめた。

「愛してないの?」

「ぜんぜん」


 俺は包み隠さず旦那に話した。


 

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