第2話 ホテルの部屋
『久しぶりに、会えない?』
突然、彼女が切り出した。旦那と上手くいっていないか、欲求不満なのか・・・。
『いいの?旦那さんは』
『旦那とはレスで・・・』
『今もそうなんだ・・・君がよかったらいいよ』
俺たちは金曜の夜に約束した。
『俺は10時くらいまでしかいられないけど』
『私はちょっとゆっくりしたいから、ラブホテルじゃなくてビジネスホテルを取ってもらってもいい?』
『いいよ。後で払うから予約しておいて』
『江田さん、できれば予約してくれない?』
『別にいいけど』
『ダブルルームがいいな』
一瞬、金に困っているのかと思った。俺は相手が言う通り、ちょっと広めの部屋を予約しておいた。当日、ホテルの最寄り駅に行ったら彼女は『もうチェックインしちゃった♡』と書いて送って来た。
男と歩いている所を人に見られないように警戒してるんだろうか。女性は大体食事して、自然な流れでホテルにというのを望む人が多い。いきなり部屋で待ち合わせはちょっと奇妙だった。
俺は軽く食事をしてから、ガムを噛んでホテルに向かった。
部屋に着いて、ドアをノックした。すると、中から開けてくれたのだけど、部屋の中は真っ暗で、女は異常な速さで暗がりに消えていった。そういうのは、ドアを開けたけど、服を着てない場合にやるような行動だった。もしかしたら、別人かもしれない。俺は警戒した。
でも、それはやっぱりAだんだ。後ろ姿が、トレードマークのストレートのロングヘアーに、バスローブ姿だった。香水も彼女がつけていたものだった。ドルガバの何とかいうやつ。
もしかして、美容整形に失敗して、顔を見られたくないのかな、と俺は思った。
部屋に入ると彼女はすでにベッドの中にいた。
まるで、赤ずきんの童話のようだった。
「こっち。こっち」と、手招きするので、俺は近づいて行った。
ちょっとおかしいな、とは思っていた。何だろう・・・でも、メアドは間違っていない。
「どうしたの?」
俺は彼女の顔を覗き込んだ。
すると、女はガバッと起き上がって、ふいに俺の手首を掴んだ。
「うぁあ!」
俺はびっくりして声を上げた。
物凄い力で、手ががっちりしている。
それが男のものだと気がついた。
俺も必死で手を離そうとしたが、どうしても抜けなかった。無理やり引き抜いたら、手首がはずれそうだった。
「落ち着いて。手荒な真似はしたくないんで」
その声はまともそうな感じだった。
「旦那さんですか?」
「はい」
「すいませんでした。奥さんと浮気してて。でも、相当前なんですよ」
「いいんですよ。怒ってるわけじゃないんで」
「え?」
彼は手を緩めた。
「すみません。痛かったですよね・・・あなたを引き留めるためだったんです。こんなおかしなことをして、すみませんでした。でも、お願いですから、帰らないでください」
「何か用があるんですか?僕に?」
「妻のことについて聞きたくて・・・」
「でも、僕たちが会っていたのは、10年も前ですよ」
「もちろん・・・いいんです。妻のことを聞かせてください」
「浮気の話を?」
「ええ」
「嫌な話になっちゃいますよ」
「いいえ。何でも聞きたいんです。妻のことなら。・・・だから、むしろよかったと思うんです。浮気しててくれて。そうでなかったら、妻のことを知ってる人なんてほとんどいませんから」
「え?」
「妻は同性の友達が少なくて・・・・だから、たくさんいてくれた方がいいんです」
物腰柔らかな紳士のようなその人は、静かに語った。
世の中には、妻に他の男と浮気してもらって、嫉妬で興奮するという人がいるらしい。そんな性癖の人かもしれないと俺は想像を膨らませた。
「本人にお聞きになったらどうですか?」
「無理ですよ」
「なぜですか?」
「妻はもう亡くなってますから」
「え?」
俺は固まった。
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