逢魔が時

高岩 沙由

あやかしの里

 僕は原宿にある浮世絵専門の美術館から出て、駅に向かう路地を歩き始める。


 今日見てきたのは、夏らしく、浮世絵に描かれた魑魅魍魎を集めた企画展で、葛飾北斎が描いた、百物語を題材にした幽霊たちや歌川国芳の土蜘妖怪図に相馬の古内裏など。


 歌川国芳と言えば無類の猫好きとして知られ、猫を描いた浮世絵は何点もみてきたが、相馬の古内裏に描かれていた、がしゃどくろの迫力はやはりすごかった!


 3枚続きの浮世絵でそのうちの2枚を使い、右側から大きく骸骨が身を乗り出したこの浮世絵を1度は見てみたい作品だった。


 やっと見ることが叶った絵を頭の中で思い浮かべながら歩いていると、足元から鈴のような音が聞こえてきた。


 なんだろう、と思って足元を見ると赤い着物をきている白い猫がちょこんと座って僕を見上げている。


 よく見ると猫の尻尾は二股に別れていて、もしかして猫又というやつだろうか?


「やあやあ、人間!」


 んん? 猫ってしゃべるのか? 僕は慌てて顔を上げて周りを見回すと見知らぬところに立っていて、何度が目をこすってみたが、景色は変わらなかった。


「いつの間にか僕は死んだのか?」


「あ~いや、死んでいないのだ。ただ、迷っただけなんだ」


 足元では相変わらず、風鈴の音のような声で話しかけてくる猫がいる。


「たまに、この時間に迷い込んじゃう人間がいるんだよね」


 猫は耳を横にしてやれやれとでも言いたそうな表情を浮かべながら話している。


「時間、って今何時なんだい?」


「今は七つ半かな? んと、そっちの時間で言えば、夕方の5時過ぎ位だよ」


 ああ、いわゆる、逢魔が時、という時間帯だろうか?


「君はまだこちらには必要のない人間だから、出口まで送るよ」


 そう言うと猫は大きくのびをしながら歩き始めた。


「ここはいったい?」


 僕は二股のしっぽが揺れている猫を追いかけながら話しかける。


 周りは長屋があって、その店頭では浮世絵が売っていたり、かんざしを売っていたりしていて、足元は石畳が続いていた。


「まあ、あやかしの里、っていうのかな? いろんな妖怪たちが暇そうな人間を連れ込んじゃうんだ」


 そう言っているそばから、長屋の屋根越しにろくろ首がにゅ、と出てきた。


「ああ、おとろしさん、人間で遊ばないでね」


 猫の声にろくろ首から地面に視線をもどすと、ざんばら髪の顔が落ちていた。


 おとろし、って百鬼夜行にでてくるあれか! そう思いながらじっと見ているとおとろしは牙をむき出しにしながらにや、と笑っている。


 僕は絵でしかみたことのない妖怪たちに遭遇して興奮してきた。


「人間さんは妖怪とか好きなのかな? でも今日は帰ってもらうよ」


 猫は僕が興奮しているのを感じたのか呆れた声で言うと、突然あたりが光に包まれる。


 光はどんどん強くなっていき、やがて真っ白になった。


「人間さん、またね」


 その言葉に振り返った時、原宿駅の駅舎が見えた。


 僕はしばらく呆然とした後に、先ほどのあやかしの里のことを思い出しながら改札を通る。


 またいつか行けたらいいな、と願いながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逢魔が時 高岩 沙由 @umitonya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ