第16話 エピローグ

「リデル……。どうした?」


「えぇ~と。これまでの戦いを通して魔奏士としてまだまだ未熟と感じたので修行してきます!」


「それなら一緒に旅しながらでも出来るだろ」


「今のままではティルスさんの足手まといになる、何回も助けられてそう思いました。それに、魔奏士としてレベルアップするなら少しでも沢山の楽譜を覚えなければなりません。私、王立音楽院の試験を受けてみます!」


 いつになく毅然としたリデルの瞳は輝いていた。燃え上がる焚火の様な力強さすら感じさせる輝きの奥底にある信念、その熱気が伝わってくる様な気がした。


「ティルス、そういうわけだ。僕達が帰る方向には王都がある、リデルちゃんを送り届けるから安心してくれたまえ」


「ティルスさん! うちの夫がようやく王都に店を構える決断をしてくれたの、こんなに嬉しい事はないわ!」


 バーディル夫妻は『竜の押し出し』に帰るわけではなく王都への移住と『迅雷亭』の新装開店を決めた様だった。山頂での経営は火の車だったところが、掃魔討戦で人々がごった返すキャンプ地でやってみたら大のつく黒字になった。それは変人の妙なこだわりを翻意させるほどの記録的な売り上げだったらしい。


 兎に角、リデルが夫妻の家で音楽院の試験に備え、そこから通う事になるのであればこれほど安心な事はない。


 リデルとベルデさんが王都での生活をスタートさせれるのであれば両人の友である者も進む道を合わせるのだろうか?ナリスの顔を覗き込んでみた。


「ナリスも『迅雷亭』で酒を出すのか?」


「ティルス、これからの道中、よろしく頼むぞ! 単刀直入に言うよ、私がいかに魅力的だからと言って手は出すんじゃないよ!!」


「はぁ?」


 ナリスの言う事がすぐには飲み込めずにいた。一緒に旅をすると申し出ているのはわかったが、どうしてそうなるのか?思い当たる理由はなかったのだ。


「ティルスさん。カモミ村を追放された後、私達はどんな旅の目的を持ったのでしたっけ?」


 一緒に流転の旅を始めたリデルの問いが俺の頭を揺さぶる。カモミ村を追われて呆然としていた俺は、リデルに指摘されて喪われた双剣の一振り『キドラ』、既に諦めていたそれを再び掴む目的を得ていた。


 腰の右側のある空の柄を見ながらバーディルが話を続けた。


「ティルスがうちのパーティに来た時、その柄には既に何も入っていなかった。そして、いつ? どこで? どの様に? キドラを喪ったのかも覚えていない有様だったのを今でも覚えているよ。そんな不思議な事ってあるのかな、とね」


「そうだろうな……。しかし、本当にわからないんだ」


「おかしな話だがティルスがそう言うのだから本当にそうなのだろうね。それはそれとして、手元に遺っているヴァジュラの方も随分と不思議な剣だと思ったものだよ」


 ヴァジュラは俺の手元から離れても独りでに鞘に戻ってくる特徴を持っていた。そして、これは俺だけが感じている事かもしれないがヴァジュラは攻撃よりも俺自身の防御を優先する傾向がある。俺が反応するより速く刀身が飛び出していく様な感覚をうすらと持っていた。


「双剣の内、一振りは姿を消したままの行方不明。もう一振りは絶対に持ち主の身から離れようとしない。キドラを探す一番の近道はヴァジュラに尋ねる事、かもしれないよ?」


「剣に訊く!?」


「意思を持つ剣ならば、その意思の正体は何なのか? 剣の中に何か込められているのではないか? 道具の中に人の意思の様な物が込められる。ティルスは見ているはずだよ」


 バーディルが指摘したのは人間の夢を封じ込めた赤い石、それを造っていた豚面の魔族が『幻魔石』と呼んだ物の事だった。


「はっきり言って、そんな事あるか? という様な妙な話だ。でも、『剣神島』へ渡ればそんな妙な事を見られる、はず」


『闇夜の魔剣市』以降、剣マニアであるナリスは剣について調べ直す日々を送っていた様だ。そして、古い文献の中から見つけたのがその島の存在。剣に精神を込めて戦う、剣に己の人生を投影させる人々のいる地らしい。


「で、その『剣神島』とやらはどこに?」


「この大陸を船で出てひたすら東へ、半年間もそうすれば辿り着く」


「半年間の船旅だと!? その船は? そんな旅の資金はどうするつもりなのだ!?」


「はっきり言って、私達にはそんな船もなければ金もない」


「そうだろう……。土台、無理な話だ」


「だから、持っているヤツを呼んでおいた!」


 その時、馬のいななく声が聞こえた。そちらの方を向くと騎乗する人影が見えた、その数は2人。ただし、その内の1人には頭がない……。近づくにつれ、その者が頭を左脇に抱えている様子が見えてきた。


「お待たせしちゃったわね! ルデット侯爵令嬢、ヴァレット。ここに参上しましてよ!!」



 リデル、ナリス、それにヴァレット。一時的にではあるが『鷲ノ双爪』傭兵団で過ごしていたらしい3人は久し振りの再会に湧いていた。


「あの娘もリデルちゃんの友人なのね? それにしても、お友達には変わった娘が多いのね……」


 ベルデさんの視線の先には首を左脇に抱えたヴァレット弐式の姿があった。


「ふむ、ナリスにヴァレット。両手に華で随分と楽しい旅になりそうじゃないか?」


「バーディル、俺は少々頭痛がしてきたぞ。じゃじゃ馬娘とお転婆娘のお守りをしなければならないのだからな……」


「まあ、子育ての練習とでも思えば、それを事前に体験出来る望ましい機会になるよ」


「なるほど、物は言い様か。ならば、2人はしっかり娘の子育て体験でもしてもらうか、リデルを頼むぞ」


「ああ、任せておくれ。じゃあ、ティルス、またな!」


「バーディルも、またな!」


 騒いでいた3人娘が話し疲れたのか腰を下ろした。屈託のないリデルの笑顔に俺の口元が少し緩んだ時、一陣の風が辺りを吹き抜けて行った。





 剣神島への旅の果てで俺は妻を迎える事になった。と言うか、妻を取り戻したと言った方がいいかもしれない。


 双剣の一振り『ヴァジュラ』の中に封じ込められていた妻のナスティを救う事が出来たのだ。そして、『キドラ』の中に封じ込められていた俺の記憶を取り出す事も出来た。


 俺の、いや、俺とナスティの幸せを奪い取った魔族を討つ。


 その旅に出る前に、俺はナスティとの喪われた時を取り戻そう。剣神島の東端、妻の肩を抱きながら岬に立ちそう思った。

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スキル【心気楼】を持つ一刀の双剣士は喪われた刃を求めて斬り進む!その時、喪われた幸福をも掴むのをまだ知らない カズサノスケ @oniwaban

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