10-05:「私、もう駄目みたい」

 しかし誰しもすぐにそこまで覚悟する事は出来ない。


 アルヴィン当人ですら、本物のミロの存在が無ければ、とうの昔にうちひしがれて地に崩れ落ちていたかも知れない。


 だから悄然と肩を落とす彼女に、ミロと名乗っている今のアルヴィンは掛ける言葉がなかなか見つからなかった。


「私……」


 弔問客が居なくなった追悼会場で、アマンダの遺影を見上げながらカスガはつぶやいた。


「私、あの子と最後に何を話したのか覚えていないの」


 事件から一ヶ月。


 カスガは学園自治会長として、事後処理に当たっていた。


 その姿はミロやスカーレットからするとけなげどころか、むしろ痛々しい程であった。だが何かに集中している間、人は現実を忘れられる。


 それこそがカスガの救いだったのだろう。そして追悼式典の当日になり、カスガは現実へと引き戻されたのだ。


 ミロだけでは無く、スカーレットもかける言葉がない。


 自治会役員はアマンダとアーシュラが死亡。


 キースはファブリカント侯爵が手配してくれた医療設備の助けもあり何とか一命は取り留めた。


 しかし最新の再生医療技術を駆使しても、日常生活を送れるようになるまで何年かかるか分からない程の後遺症が残ってしまった。


 到底、学園生活に復帰は出来ない。


 追悼式典も一段落した。


 弔問客は会場のあちらこちらで立ち話をしている。


 VIPクラスのゲストは別室に案内されているところだ。典型的な弔問外交だ。不快感を禁じ得ないミロだが、それもまた現実なのだ。


「ミロ、スカーレット」


 カスガはやにわに振り返ると、笑顔を繕って言った。


「当面、ミロに会長代理をお願いします。スカーレットは彼を支えてあげて。適当な時期を見て会長選挙を行い、私の後任を選んで下さい。まあ結果は分かっているけど」


 その言葉にスカーレットは驚いた。


「ちょっと待って下さい、カスガ会長。まだ任期は残っています。しばらく休学されるというのならば、ミロも私も考えないでもありませんが、いきなり後任と言われても……」


 当惑するスカーレットにカスガは舌をぺろりと出して笑ってみせた。


「ごめんなさい。私、もう駄目みたい」


 それはミロとスカーレットが最初にカスガと会った時の、茶目っ気のある態度そのものだった。


 スカーレットは駄目という表現を自治会長を続けられない事だと解釈したたが、ミロはより剣呑な雰囲気を感じ取り、カスガの方へ歩み寄って言った。


「誰の言葉だか忘れたが『人間は全て志半ばで逝くものだ』と言っていた人がいる。ならば生き延びた人間は、死んだ人間の分も背負っていかなければならない。志だけではない。生きる意味、希望、夢。全てを背負っていかなければならない。それが出来るのは、故人を知っている人間だけだ」


 カスガはすぐには答えなかった。


 顔を伏せ黙り込む。


 だらんと下げられていた手はいつしか握りしめられ、そして小刻みに震え始めていた。


「……あなたは」


 カスガは絞り出すようにつぶやき、そして顔を上げるや黒髪を振り乱してミロに詰め寄った。


「あなたは、どうしていつもそうなの! 誰もあなたのように強くはなれないという事を、少しは理解してちょうだい! さもないとスカーレットにだって、いつかは……」


 ミロは平然としているが、スカーレットは自分に飛び火しそうになり狼狽えた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。二人とも。もう少し落ち着いて……」


 そんなスカーレットの背後から声を掛けた人間がいた。


「あの、そちらの方。カスガ・ミナモトさんですか?」


 突然、声をかけられカスガは向き直る。


 ミロもそれに倣って声の主の方へ頭を向けた。そこには赤ん坊を抱いた女性とその夫とおぼしき若い男性。


 そしてその背後にカスパー・キンスラーの姿があった。


 カスパーは苦笑して言った。


「これは取込み中だったかな。いやね、こちらのご夫婦がカスガさんにご挨拶しておきたいと言うものだから案内して来たんだ。アマンダ嬢のお知り合いらしい」


「あ、はい。私が学園宇宙船ヴィクトリー校全校自治会長のカスガ・ミナモトです」


 怒りをはぐらかされた形のカスガは曖昧に肯いた。


「良かった。私ハロルド・ガードナーです。こちらが妻のジェーン」


 男は自分と赤ん坊を抱いている妻を紹介した。


 ミロやスカーレットにとっては聞き覚えのない名前だが、カスガは何か記憶に引っかかった。


 そしてカスパーはその名を聞くなり、何かを知っていると見えて、露骨に顔をしかめた。


「お名前はかねがね。がお世話になっていたそうですね。ご主人様に代わって私が弔問に参りました。旦那様のブレア子爵も今回の件にはかなりショックを受けているようで、外出できる状態ではないようです」


「……はぁ。あ、あの私、奥さまとも面識がないのですが……」


 カスガはハロルドの言う『彼女』を妻のジェーンと勘違いしたようだ。


 その誤解にハロルドは苦笑して、カスガの肩ごしに『彼女』へと視線を送った。


「いえ、アマンダの事です。アマンダ・ブレア。私、実は彼女と交際していた事が有りまして」


 そう言うとハロルドは頭を掻いた。


 ああ! カスガの身体が震えた。何度かアマンダの口から直接、聞いた事がある。

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