10-04:「理不尽に憤る心を忘れてはならない」

 世界は理不尽だ。


 ミロ・ベンディットと名乗っているアルヴィン・マイルズはそう思う。


 あの日、惑星自治領アルケーで平和に暮らしていたアルヴィンは、皇帝グレゴール自らが指揮する帝国近衛軍の襲撃を受け家族を失い、ナーブ辺境空域の惑星エレーミアまで流れ着いたのだ。


 無論、家族を失ったのはアルヴィンだけではない。


 僅か一日、いや数時間前まで平和を満喫して、皇帝の唱える国内主戦ドメスティックジンゴイズム主義など対岸の火事と思っていた市民たちも多くを失ったのである。


 アルヴィンは彼らを知っている。そのごく一部ではあるが、親しい人々もいた。


 パン屋のウォーレンは気さくでよくアルヴィンや妹にパンをおまけしてくれた。


 教師のハヤシは結婚したばかりなのに妻に頭が上がらず、授業中だというのによくぼやいていた。


 隣家のチャン老人は、アルヴィンの祖父に盆栽をよく自慢していた。


 同じクラスのケイトはアルヴィンの事が好きだったようだ。アルヴィンもそれを耳にしてまんざらでも無く思っていた。


 フットボールアルケーリーグで活躍するジョーンズ選手はアルヴィンの憧れだった。試合会場に行って一度だけサインを貰った事がある。あの年はシーズン前に怪我をしてようやく復帰したばかりだったはずだ。


 彼らがどうなったのかは知らない。


 登校途中だったアルヴィンは、自治政府の特別顧問をやっていた祖父アーサーからすぐに戻るよう連絡を受け自宅へ引き返したのだ。


 満員になった避難用シャトルシップに妹を乗せる為、アルヴィンは自分から降りドアを締めた。


 泣きじゃくる妹と両親を乗せたシャトルシップは上空へと舞い上がり、そして爆発四散した。近くにあった領域軍飛行場と帝国軍の戦闘のあおりを受けたのだ。


 呆然とするアルヴィンは、いつの間にか別の避難用シャトルシップに乗せられて脱出していた。


 その時、撃墜された軌道戦闘機が町に墜落したのを見た記憶がある。


 町は業火に飲まれ、避難先になっていた学校やフットボールスタジアムも炎上していた。


 アルヴィンの家はどうなったのかも分からない。それが最後に見た故郷の姿だ。


 ミロ・ベンディットと名乗るようになってから、アルヴィンは惑星アルケーの事を調べた。


 惑星自治領アルケーは解体され、帝国直轄領になり貴族の総督が赴任していた。


 戦禍を受けた都市は見違えるほどに綺麗に修復されていたが、かつての町並みを思わせるものは何も残っていなかった。


 被害者や脱出者の具体的な情報は何一つ無かった。


 ただ多くの被害が出ており、未だに詳細は把握されていないというのが帝国の公式な見解だった。


 総督は被害の全容把握を進めると表明していたが、これ以上の進展がないのは火を見るよりも明らかだ。


 惑星自治領アルケーはもうない。そこにあるのは帝国直轄領アルケー空域だ。


 何の落ち度も悪意も無く、ただ平和に暮らしていた人々が、その生活を奪われたばかりか、無残にも死に至らしめられる。


 そして後から来た人間たちが、彼らが生活していた土地を均し、何事も無かったかのように新たな日々を送る。


 世界は理不尽だ。


 かつてそう言ったアルヴィンに、在りし日のミロは言った。


「世界を理不尽だと思うのは人間だけだ。だからその理不尽に憤る心を忘れてはならない」


 本物のミロも何かの陰謀に巻き込まれ、自分の個人情報に関わる記憶を奪われ、最愛の妹からも引き離されたのだ。


 これが理不尽でないはずがない。


 だからこそアルヴィンはミロと誓ったのだ。


 人の幸せを貪り糧として反映する、この帝国というシステムを破壊する。


 それにはその中枢までに登り詰めなければならない。自分の命の火が尽きると察したミロは、アルヴィンにその願いを託したのである。

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