10-02:「歳は関係ない!!」

 帝国学園宇宙船ヴィクトリー校襲撃事件の追悼集会の映像は、汎銀河帝国各地に中継されていた。とある恒星系に潜んでいるその大型宇宙船もまた例外では無かった。


「ほお、なかなかのイケメンではないか。到底、あのグレゴールの息子とは思えんな」


 豪奢な椅子に座った少女はそうつぶやいた。画面ではちょうど学生代表の一人としてミロが映っていた。


「お言葉ながら、総帥。このミロ・ベンディット。本人ではないという噂があります。現在シンジケートの総力を上げて事実関係を調査中でございます」


「あー、良い良い。そんな調査など止めてしまえ。のう、ツーサン」


 傍らに控えていたワン貿易CEOのワン・ツーサンは、その言葉に恭しく頭を垂れた。


「はい、総帥。私も同意見でございます。この少年、なかなかの胆力。そして人を引きつける魅力を持っているようでございます。その才能がたまたま皇子と名乗っているだけ。よしんば本物のミロ皇子が他にいたところで、果たして役に立つものかどうか」


「うむ、その通りだ」


 総帥と呼ばれる少女は、チャイナドレス風の衣装を翻して立ち上がった。


 そう、少女だ。


 ワンシンジケートの総帥はと呼ばれているが、その正体は高級幹部しか知らない。と男性敬称で呼ばれているが、それは正体を隠蔽するためなのだ。


「宜しい、この男を私の夫とする。そしていずれ皇位に就けてやろう。そうすれば我がワンシンジケートが汎銀河帝国を裏から支配するようになるであろう」


 ツーサンは我が意を得たりとにんまりと笑うが、他の側近たちは総帥を翻意させようと慌てた。


「お待ち下さい、総帥。まだ判断を下すには性急でございます。皇帝グレゴール陛下もお歳とはいえ、まだまだご健勝。それに皇位継承権を持つ人間は他にもおります」


「なぁに、唾を付けるのは早い方がいいであろう? さすがのグレゴールも、私やこのミロ殿より先に逝くのは道理」


 見事な竜が刺繍された扇で口元の笑みを隠して総帥は言った。


「それはそうでございますが、お輿入れを考えるのならば、皇位継承権をもつ男性のほとんどがまだ独身でございます。海の物とも山の物ともつかぬ男よりも、次期皇帝有力候補とされるシド皇子やラド皇子はいかがでございましょうか?」


 側近の一人からそう言われた総帥は、面倒くさそうに扇を振ってみせた。


「あ~~、あやつらは駄目じゃ駄目。ラドは堅物過ぎるし、シドは何を考えているのか皆目見当が付かん。それになんといってもあやつは気持ちが悪い」


「……はぁ」


 進言した側近は総帥からのその反論に返す言葉もない。


「それに私も女じゃ。抱かれるのならば、好みのタイプが良い。それに歳が近い方が何かとやりやすいだろうて」


「それは、まぁそうですが……」


 側近は困ったように言葉を濁した。


「よろしい、それでは決まりだ。私はミロ・ベンディットを夫として、ゆくゆくは汎銀河帝国をこのワンシンジケートの思うがままとする。それにはまずミロに近づかなければならぬな。ミロが帝国学園を卒業するには、まだしばらくかかるのであろう?」


「はい、総帥。まだ入学してから半年も経っておりませんので」


「では私も帝国学園に入学する。学友ならば何かと接触するチャンスもあるだろう。それとなく近づいた方が不審にも思われぬはずだ。……どうした、お前たち?」


 ツーサンをはじめとする側近たちが、今の言葉に困惑しているのを見て総帥は首を傾げた。


 ミロを紹介したツーサンが責任を感じたのか、最終的にその事実を告げる役目を自ら引き受けた。


「総帥、大変申し上げにくいのですが……。今の総帥には帝国学園への入学は無理でございます」


「どういうだ、ツーサン! 貴族の推薦が必要なら、いくらでも取って来られるはずだ。寄付金も使い切れぬほど払ってやる。将来、帝国を手にできるか否かという勝負だ。金など惜しんでいられぬ!」


 ツーサンは頭を掻き、恐る恐る言った。


「推薦や寄付金ではございません。入学規程でございます。総帥」


「入学規程?」


 そしてツーサンは総帥にその残酷は事実を告げた。


「帝国学園への入学資格は12歳以上。残念ながらシンファ総帥は、つい先日11歳になられたばかりにございます」


「歳は関係ない!!」


 ワンシンジケート総帥、シンファ・ワンは年相応の態度でツーサンに反論した。


「私を何だと思っている! 影の帝国とも言われるワンシンジケートの総帥であるぞ!

 私の一声で数億ISポンドが動くのだ。惑星の一つや二つ、熨斗を付けてプレゼントしてやるのも朝飯前だ。その私がなぜ帝国学園に入学できぬのだ!」


「いえ、まぁ。そこは授業の内容や、全寮制の為、身の回りの事は一通り自分で出来ないと困りますので……」


「朝もちゃんと起きられる。今年に入ってから侍女の手を煩わせた事は無いぞ。顔も洗えるし、歯も磨ける!!」


 手にした扇をぶんぶん振り回してシンファは反論した。そんな総帥にツーサンはほとほと困り果てているようだ。


「はい、それはもう立派な大人でございます。総帥。しかしこれは帝国教育法で決められている事でございますから……」


「よし、ならば改正だ! 今から帝国議会に改正案を提出させて、すぐに11歳でも入学できるように……」


「あの、総帥。今から法案を提出しましても、可決成立までにはどんな急いでも一年はかかるかと。いくら何でも喫緊の問題とするわけにもいきません。それにミロ皇子も最低向こう一年間は在学しているで有りましょう」


「待てぬ!」


 シンファはふくれっ面でそう言い放った。


「待てぬわ! 今回の件でミロは耳目を集めすぎた。あやつを狙う女の百や千、出てくるであろう。一年有ったら子供も作れるぞ!」


 わがまま放題のシンファだが、その理屈には確かに一理ある。嘆息してツーサンは答えた。


「分かりました。何か方法を考えましょう。しかしどうにもならない場合は、一年お待ち戴く事になります」


「吉報を待っておるぞ」


 ツーサンの気苦労もどこ吹く風。シンファは扇をパンと叩いてそう言った。

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