第10章:終幕の彼方~星よ、集え

10-01:「手の平など何度返しても減るものではない」

 汎銀河帝国は常備軍として宇宙海軍、惑星陸軍、軌道海兵隊の三軍。そして統合中央軍、統合打撃軍、近衛軍が常設されている。


 その他に各貴族の領地や各自治圏それぞれに戦力、軍事力を持つ事が認められていた。これらは一括りに『領域軍ステイトミリタリー』と呼ばれている。


 領域軍は有事に際して帝国軍に編入される事になるが、平時に置いては各領主や自治圏が任命した司令官に従う。

 各領域軍の主な任務は領地、自治圏内において武装した犯罪者、つまり宇宙海賊や不正居留者スクワッターへの対処である。


 帝国軍に編入された際に混乱が生じないよう、階級制度や装備も出来るだけ正規のものに合わせるよう定められていた。しかしながら現皇帝グレゴールは各自治圏の権利を次々と剥奪しており、領域軍もまた例外では無かった。それが混乱を招き戦闘にまで発展する事は珍しくない。


 しかし皇帝グレゴールは戦乱こそが人類の恒久発展に繋がると信じている。


 まさに予想通りの展開となっているのだ。


 自治圏だけではなく、皇帝グレゴールは貴族の領地替えとそれに伴う領域軍の解体にも着手している。だがまだそれは緒に就いたばかり。


 シュライデン一族のような大貴族に対してはまだ手つかずの状態だ。そしてなにより皇帝グレゴールは戦乱を続ける事が望み。いずれ大貴族には戦争をやって貰わねばならない。


 その時の為にと意図的に戦力を残しているのは明白であった。


          ◆ ◆ ◆


「帝国学園に入学してからまだ半年も経たないと言うのに、アルヴィンはやってくれましたな」


 シュライデン公爵マリウスは興奮気味にそう話した。


 目の前に浮かぶのは巡洋艦に駆逐艦数隻。そして宙雷艇や各種艦艇。


 場所はシュライデン公爵領の首都惑星となっているドルパート軌道上。


 現当主マリウスとその父ゼルギウスは装甲客船『シラキュース』に乗って、新たにシュライデン一族に臣従を誓った将兵とその艦隊の観閲を行うところだった。


 学園宇宙船ヴィクトリー襲撃事件から一ヶ月が経過している。学園宇宙船を助けた海賊艦隊と寝返った元帝国軍艦隊は、この惑星ドルパート軌道上に来ていた。


 ただし学園宇宙船ヴィクトリーとミロ本人はこの場にはいない。


「艦隊だけではありません。キンスラー子爵、ワインボウム男爵、ファブリカント侯爵も我らシュライデン家の皇子を推すと非公式に打診してきます。貴族以外にもJ&MXエンターテイメント社、クレイズグレイン社も皇位継承争いになった場合、我々に与すると言ってきております」


「……まだだ」


 興奮気味の息子マリウスとは対照的に、ゼルギウスは醒めた口調でそう言った。怪訝な顔のマリウスに構わずゼルギウスは続けた。


「結局のところ、あの少年に付いた方が利があると判断しただけだ。無論、今はそれで構わん。しかし利が得られぬと分かった時、そういう連中はいとも簡単に手の平を返す。手の平など何度返しても減るものではないからな」


「それもそうですな……」


 父の言葉にマリウスは現実へと引き戻された。ゼルギウスはシュライデン家に、いや正確にはミロに臣従を誓った艦隊を見つめ、口元に皮肉な笑みを浮かべて言った。


「そして人が集まれば集まるほど、あの少年は身動きが取れぬようになる。人の幸福を貪り繁栄する帝国というシステムを破壊するだと……? 出来るものならばやってみるが良い。自分を慕い集まってきた人間を犠牲に出来るのならばな……!」


 ゼルギウスはいまこの場にいないミロに向かってそう言った。


          ◆ ◆ ◆


「今さらだが我々は追悼式典に出席しなくてもいいのか?」


「出るわけにはいかねえだろう。お互い。俺は海賊、そしてあんたは今回の騒動を起こした連中に使われていたわけだ。のこのこ顔を出せる立場じゃねえだろう」


『シラキュース』船内に用意された控え室で、アルフォンゾとギャレットはそんな会話をしていた。これからシュライデン公爵マリウスと引退した前当主ゼルギウスに拝謁するのである。


 その間、二人は控え室でテレビ中継を見ているところ。中継はリープ通信で行われ、数千光年先からリアルタイムで送信されていた。


「一ヶ月前まではただの海賊だったのに、これでまたあんたの部下か。お~~やだやだ、またこのオッサンと一緒に仕事する羽目になるとは」


 冗談めかしながらそう言うアルフォンゾに、ギャレットは真面目な顔で答えた。


「それはシュライデン公爵とミロ皇子が決める事だ。しかし私はお前の部下でも良いと思っている」


「はぁ?」


 ぽかんとするアルフォンゾにギャレットは言った。


「船乗りとしての能力は正直お前の方が上だと前々から思っていた。私はお前の能力に嫉妬してのは事実だ。それに関しては謝る。申し訳ない」


 座っていた椅子から立ち上がるとギャレットは深々と頭を下げた。


「おいおい、気持ち悪いな。簡単に謝るなよ、オッサン。性根の悪い野郎が改心すると、すぐに死ぬってジンクスを知らねえわけじゃあるまい?」


「ははは、折角見つけた新たな働きどころだ。すぐに死ぬわけにはいかないな」


 ギャレットは笑いながら座り直し、そして続けた。


「これまでは階層や階級に拘っていた。なぜならば自分の働きどころに満足していなかったからだ。ろくに身を守る術を持たぬ自治領や弱小貴族を、帝国海軍の艦隊で蹂躙してどうなる? しかしミロ皇子の下ならば充分な仕事が出来そうだ。なにしろ当面の目的が出来たから」


「おう、そりゃあそうだ」


 アルフォンゾもにやりと笑う。言葉に出さずともお互いの目的は分かっていた。


 ミロ・ベンディットを次の皇帝にする事。それが二人に共通した目的となっていたのだ。


「失礼します。拝謁のお時間です。お部屋にご案内いたします」


 ドアが開き入ってきた衛兵がそう告げた。アルフォンゾとギャレットは立ち上がり、そして互いに握手を交わした。


 控え室を出る直前、テレビの方を振り返ったアルフォンゾは、そこに映る光景を見て小さく舌打ちした。


「やれやれ、ようやくこれからクソ皇子の出番だって言うのによ」


 テレビ中継されているのは、帝国学園宇宙船ヴィクトリー校襲撃事件の追悼式典。


 画面では学園自治会長のカスガ・ミナモトが入ってきた所。


 そのすぐ後にミロの顔が見えたと思ったら、テレビのAIは視聴者が部屋を出て行くと察知して映像を消してしまった。

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