09-14:「面白そうな少年だ」
「本当だったら困った事になったぞ。しかしギルめ、報告通りなら軽率な事をしてくれたものだ」
ロンバルディ侯爵ロイドは先程から忙しなく部屋の中をうろうろしているだけだ。
ロンバルディ家の屋敷には先程、ギルがリープストリーム中で失踪したという報告が入った所。
ウィルハム宇宙港からの続報を待ってるところだが、向こうも混乱しているようで、なかなか新たな情報は無い。
「リープストリーム中で
今度は椅子に座りそう嘆くロイドに、妹でありギルの母であるアリシアは侮蔑の視線を送った。
「なにをおっしゃいますか、兄上。兄上が散在した財産の何十分の一に過ぎませんわ」
「馬鹿を言うな、アリシア。ギャンブルや骨董品集めは本来の目的じゃない。貴族としての当然の付き合いと文化的な活動だ」
そう反論してからロイドはすぐに現実へ引き戻された。
「いや、今はそんな事を言ってる場合じゃないな。これで我がロンバルディ家は皇位継承争いから脱落か……。いや、そうなるわけにもいかないな」
そんな兄をアリシアは叱咤する。
「そうですわ、兄上。どうせギルに皇位を継ぐなど無理だったのです。かくなる上は、また私が皇帝陛下の側室となり、新たな子を……」
「おいおい、アリシア。お前、いま何歳だ。それにさすがの陛下ももう高齢だ。これ以上の子は無理と聞いて……。ああ、アンドリューか。いま忙しいんだ。後にしてくれないか?」
途中でドアが開く音に気付いたロイドは頭を巡らせた。
部屋に入ってきたのはかなり歳が離れた弟のアンドリューだった。そのアンドリューにアリシアは怒りの矛先を向けた。
「せめてあなたが女だったら、陛下の新たな側室と出来るものを……!」
「そりゃ無理だろう。アリシア。側室は一族に付き一人と決まってる」
「そんなもの、どうとでもなりますわ!」
いがみ合う兄と姉を醒めた目で見ていたアンドリューだが、歩み寄りやにわに口を開いた。
「申し訳ありません。兄上、姉上。お二人を本日付で帝国検察庁に告発いたしました。容疑は贈収賄、公文書偽造、不正賭博、不正取引、横領などです」
アンドリューはそう言いながら告発状を差し出した。
一目でそれは公的なものであり、容易には複製できない特殊印刷が施されているのが分かった。
しかしロイド、アリシアの兄妹は、それを聞き流した。
「他の皇位継承者に付くというのはどうだい? ジル皇女が有力候補じゃないか」
「駄目ですわ、ジル皇女はグレゴール陛下の路線を堅持すると仰っております。我がロンバルディ家とは相容れませぬ」
その時だ。アンドリューが入ってきたドアから黒服のセキュリティガードが数人なだれ込んできた。
ロイドはそのセキュリティガードたちに目を留め、アンドリューの方へ顎をしゃくると面倒くさそうに言った。
「ああ、これを外に連れて行ってくれ。あと告発とか何とか言ってるが、そんなものはどうでも……」
しかしセキュリティガードたちはアンドリューでは無く、ロイドとアリシアを取り囲んでいた。
「失礼いたします。ロイドさま、アリシアさま。お二人をこれより帝国検察庁に引き渡す事になりました」
セキュリティガードのリーダーがそう言って、ようやくロイドとアリシアはアンドリューの告発が、たちの悪い冗談でも脅しでも無い事を悟った。
「ちょっと待て、どういう事だ。アンドリュー」
慌てるロイドにアンドリューは冷ややかな表情のままで答えた。
「いま言った通りです。兄上、姉上は個人的にロンバルディ家の資産を流用した他、それを隠蔽する為、各種文書の偽造や贈賄を行っておりました。またギルフォード皇子に便宜を図るように、各種機関、個人に不正な働きかけを行っていた証拠もあります」
しかしアリシアはそう言うアンドリューをせせら笑った。
「そんな程度、どこでもやっているわ。それにロンバルディ家を思ってやった事。後ろ暗い所はありません!」
矛盾を矛盾とも思わないアリシアの厚顔な物言いに、セキュリティガードたちも思わず顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
「もういい。今はギルの件で大変なんだ。おい、お前たち。アンドリューを連れて行け! こちらの方からお前を告発してやる!!」
ロイドは苛立ちに任せてそう言ったが、セキュリティガードたちは動く様子はない。
「何をやっているの! すぐにアンドリューを連れて行きなさい!」
アリシアが命じても同じだ。
「兄上と姉上を、検察に引き渡してくれ」
その言葉にセキュリティガードのリーダーは答えた。
「承知しました。ご主人様」
その言葉にロイドとアリシアは呆気にとられるだけだ。そんな二人にセキュリティガードは先程の言葉を繰り返した。
「失礼いたします。ロイドさま、アリシアさま。お二人をこれより帝国検察庁に引き渡す事になりました」
ようやく二人は、自分たちが置かれている立場を理解した。
「ま、待て。話を聞け、アンドリュー! これはロンバルディ家の為なんだ!!」
「そうよ、アンドリュー。第一、あなた卑怯よ! ギルが死んだかも知れないという時に……! アンドリュー、聞きなさい! あなたにロンバルディ家をまとめるなんて無理よ。絶対に後悔するわ!! 今からでも遅くはないわ、アンドリュー!!」
二人は口々に喚きながら、部屋から連れ出されて行った。
アンドリューは一つ嘆息すると、自分一人だけになった部屋を見回して独りごちた。
「確かに皇位継承権争いは火急の問題だな。このまま静観というわけにもいかない。立場をはっきりとさせないと、それこそロンバルディ家存続の危機だ。問題は誰に付くか……」
アンドリューはロイドが前にしていたテーブルに目を留めた。
そこにはギル失踪の報告書が置かれている。アンドリューは何気なくそれを手に取り目を通す。
報告は短いものだったが、アンドリューを興奮させるには充分だった。アンドリューが興味を持ったのは、甥に当たるギルの運命では無かった。
「ミロ……、皇子ミロ・ベンディットか……。この報告通りなら、面白そうな少年だ」
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