09-07:回想「君は何になりたいんだ?」
◆ ◆ ◆
それは一年ほど前の出来事……。
「人は誰しも自分はこう有りたい、こうなりたいという願望がある。大抵の人間は現状に不満を抱きながら生活しているからね。だからこそそこを刺激されると弱い。ここぞという所で、その点を突かれると案外簡単に崩れるものさ。しかしそれは押しつけでは駄目だ。自らの意思で選択して決断させなければ意味が無い」
「なるほどねえ。そりゃ凄い」
アルヴィン・マイルズはわざとらしく感心してみせた。
「その理論は君の経験かい。ミロ」
「さてね」
ミロという名前しか覚えていない少年は苦笑した。
彼が自分自身について知ってるのはミロという名前と、脱出カプセルで惑星エレーミアに漂着した際に持っていた写真の少女が、ルーシアという名で自分の妹だという事だけだ。
「誰かから教えて貰ったのかも知れないし、本やドラマで学んだのかも知れない。ただそういう知識があるのだけは確かだ」
名前と妹を除けば自分に関する個人情報は全て失っていたミロだが、受けてきた教育の内容や各種知識についてはきちんと記憶していた。
その教育内容もかなり高度で特殊な分野にも及んでいるようで、辺境の惑星エレーミアで育ってきたアルヴィンにとってかなり興味深いものだったのだ。
ミロは自分と瓜二つの少年アルヴィンに、その知識を授ける事には躊躇しなかった。いや、むしろミロの方から何かに取り憑かれたように、積極的にアルヴィンに教えていったのだ。
「いずれにせよ、この知識は君の役に立つ。いや、君はこれを役立てる立場にならねばいけないんだ」
あの日、アルヴィンの私室になってるレストランの屋根裏部屋でミロはそう言った。
今にして思えばミロは自分に残された時間が少ない事を悟っていたのかも知れない。その頃には歩くさえにも支障をきたしていたのだ。
そんなミロにアルヴィンは尋ねた。
「ミロ、そういう君は何になりたいんだ?」
聞かれたミロは苦笑した。
「君は意地悪だな。自分が誰なのかも分からない人間にそれを聞くか?」
「それもそうだな。もうこんな時間か。下に行ってコーヒーのお代わりを貰ってこよう」
すでに日は暮れていた。
アルヴィンはコーヒーポットを手に座っていた椅子から立ち上がった。そんなアルヴィンにミロは聞き返した。
「アルヴィン、君はどうありたい? 何になりたいんだ?」
「俺か、俺は……」
ドアの前で振り返りアルヴィンは答えようとしたところで口ごもってしまった。
「俺は一体……」
◆ ◆ ◆
そして今、アルヴィンはその親友の名ミロを名乗っている。
ミロ、俺はまだ自分がどうありたいのか、分からないのかも知れない。
一年ほど前の出来事を思い返しながらアルヴィンはミロにそう語りかけていた。
「ミロ殿下。前方の巡洋艦から通信です。こちらの責任者と話をしたいそうです」
アルヴィン・マイルズは現実に引き戻され、再びミロ・ベンディットとなった。
「所属と氏名は連絡してきたか?」
ピネラ中尉にそう尋ねた。
「いいえ。通信を要望する旨以外はなにも」
「まぁそうだろうな」
ミロは苦笑した。そんなミロにピネラ中尉は補足して報告する。
「責任者と言っていますが、学園宇宙船の責任者ではないようです。現時点に於ける学園宇宙船の全行動に関する責任者と言ってきています」
要するに学園長を出せと言ってるのではないという事だ。同時に警備責任者であるピネラ中尉でもない。
「学園宇宙船はこのまま速度を維持してリープ閘門へ向かい前進せよ。前方の艦隊は無視して構わん。踏みつぶすつもりで進め」
このように命令している人間と話がしたいと言ってるのだ。そしてミロは改めて命じた。
「通信回線を開け」
目の前の通信用ディスプレイに口ひげを生やした神経質そうな壮年の男性が映る。
すぐさま個人認証システムが働き、99%以上の確率でジョン・ギャレット本人と確認した。
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