09-06:「イエスでノーだ」

「砲撃停止。回線を開け」


 ギャレットがそう言うと、すぐさま予想していた声と顔が、予想していた通りの言葉を投げかけてきた。


『よぉギャレットのオッサン。金持ちの飼い犬の気分はどうだ?』


 通信用ディスプレイに映ったアルフォンゾは出し抜けにそう言い放つ。無精髭が増えた以外は海軍にいた時と変わりないが、だからといってギャレットに感慨があるわけでもなかった。


「黙れ、海賊風情に言われる筋合いは無いわ」


『ほぉ、威勢のいい飼い犬だ。でもよ、飼い犬ってのは繋がれた鎖より遠くには行けねえんだよな』


 ギャレットはその挑発に乗らずアルフォンゾに尋ねた。


「アルフォンゾ。先程、お前が学園宇宙船と交わしていた通信だが……」


『お、立ち聞きしていたのか。常識の無い大人は嫌だねえ』


「ふん。平文通信という事は、聞かせるつもりだったんだろう」


 そう言うギャレットにアルフォンゾはにやりと笑う。


『そこまで分かっていれば話は早い。そういう事だ』


「そういう事では分からん!」


 ギャレットは思わず指揮官席の肘掛けを叩いた。


「皇子と言っていたな? あの学園宇宙船にはギル皇子しか乗っていなかったはずだ。そのギル皇子もリープストリーム中に避難艇で学園宇宙船外に出て失踪した。お前が話していた皇子とは誰だ!? 何者なのだ!」


『ミロ・ベンディット。ミロ・シュライデン・ベンディットだ』


 アルフォンゾはそうとだけ答える。すぐさまギャレットにホプキンスが耳打ちした。


「シュライデン家出身の側室がいたのは事実です。年齢的にも帝国学園に入っていてもおかしくはありません」


 ギャレットはその言葉に心ここにあらずといった表情のまま肯いた。その程度の知識はギャレットにもあった。


 そしてミロという名前には他にも思い当たる節がある。


「ナーブ辺境空域で偽辺境伯マクラクランを倒したという、あのミロと関係があるのか?」


『知らねえなぁ』


 にやにや笑い、ギャレットをからかうようにアルフォンゾは答えた。


「知らないはずがないだろう! アルフォンゾ、貴様は正体も分からない人間に仕えているのか!」


『イエスでノーだ』


 そう前置してからアルフォンゾは言った。


『確かに俺はミロが本当の皇子かどうかは知らねえ。しかしそんな事はどうでもいい。俺たちがあのクソガキを皇子と認めればそれは皇子だ』


「何を馬鹿な……」


 アルフォンゾはギャレットの反論を遮って続ける。


『俺たちだけじゃねえ。他の連中もそうだ。皆が皇子と認めればそれは皇子だ。皇位なんてそんなものだろう? 大体、今の皇帝陛下だって、前皇帝を追放して即位した。皆がそれを認めたから、皇帝でございと好き勝手出来る出来るわけだ。違うか?』


 ぐうの音も出ない。


 確かにアルフォンゾの言う通りだ。グレゴール一世と名乗る汎銀河帝国皇帝は、前皇帝ヘルムート一世に譲位を迫りその座に着いた。


 そして誰もがそれを認めている。元から大貴族の一員とはいえ帝位とは無縁。それを皆が皇帝を認めからこそ、今の地位があるのだ。


 ギャレットの迷いを見透かしたようにアルフォンゾは畳みかけた。


『それに俺はまだ奴に仕えてるつもりはねえよ。今も見定めてる最中だ。でもな、結構面白そうだぜ。オッサン。少なくとも海賊や金持ちの犬よりは、あいつと一緒にいる方が楽しそうだ』


 得意げにそう言うアルフォンゾにギャレットは苛立ちをぶつけた。


「何が言いたい!?」


『分かってるだろうよ』


 人を小馬鹿にしたような笑みのままでアルフォンゾはそう答え、そして付け加えた。


『言っておくが、あのクソ皇子は自分から退く事はしない。そうなるとあんたが選べる選択肢は三つだけだ。戦うか、逃げるか。後は好きにしろ。じゃあな』


 三つ目の選択肢を口にせぬままアルフォンゾは勝手に通信を切った。


「学園宇宙船、なおも接近してきます」


 通信が終わると同時に報告が来た。


 学園宇宙船は間に立ちはだかる巡洋艦アソーレスと駆逐艦が存在しないかのように、まっすぐリープ閘門へ向かって移動している。


 速度も徐々に上がっていた。


「砲撃を再開しますか?」


 ホプキンスが尋ねてきたが、ギャレットは逡巡した。


「現状のまま後退。学園宇宙船とリープ閘門の中間位置を保持せよ」


 そう命じてからギャレットは、心中で自らに毒づく。


 何をやってる。ギャレット。これでは何も変わらないではないか。攻撃か、撤退か、然らずんば……。


 三番目の選択肢が何なのか、ギャレット自身もよく分かっていた。


 自分を見るホプキンスの視線。そしてアソーレスブリッヂのクルーたちも作業の合間に自分へと一瞥をくれる。


 それに隠された意味をギャレットが分からぬはずもない。


 しかし、それには決断が必要なのだ。これでいいのか、それが良き選択なのか。良き選択ならばそれは誰にとってものなのか。


 ギャレットは自問していた。


 そうしている間にも学園宇宙船はアソーレスに迫ってきている。


 充分な距離を置きつつ後退を続けているはずだが、メインディスプレイに映る学園宇宙船は、ギャレットを圧倒するかのように巨大に見えた。


 学園宇宙船はもともと軍用の要塞艦。移動する軍港だ。建造後数百年経過しているご老体オールドタイマーだが、海賊船ローボロッホ以下の艦隊を引き連れて迫ってくるその巨体は、まるで軍艦だった頃に戻ったかのような偉容だ。


 分かっているだろうよ。後は好きにしろ。


 先程のアルフォンゾの言葉が思い浮かぶ。


 ギャレットは唇を噛み、そして決断した。


「学園宇宙船に通信を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る