09-05:「お前の好きにしろ、海賊」
突然、出現した海賊船に狼狽えたのは学園宇宙船の管制室も同様だった。
しかしその中でもミロは平然としており、そしてディスプレイに映る海賊船を確認したスカーレットは呆れた顔をしていた。
真紅の海賊船には狼の紋章と、何かが擦れたような跡が残っていた。
「……お前、付き合う相手は選んだ方がいいぞ」
「しかし言うだろう? 立っているものは親でも使えと」
呆れて言うスカーレットにミロは少し笑って答えた。
ミロの立場を考えると、皮肉の効きすぎている冗談だ。
ピネラ中尉たちは、そんな二人のやりとりに気付く余裕もない。
「Z-1173。当船とのランデブーに入りました。通信要請が来ました。皇子を出せと言っています!」
「皇子と言うと……」
通信士の報告に、ピネラ中尉はミロの方へ視線を巡らせた。
数時間前まではもう一人の皇子、ギルがいた。しかし今はミロだけ。あのリープ通信に応えてあの海賊船が来たのなら、当然、皇子とはミロの事だ。
ミロもそれは当然、予想していた。
「平文、音声のみなら承諾すると答えてやれ」
通信オペレーターはミロの指示に従い、海賊船へ返信、その答えはすぐに返ってきた。
「承知するとの事です」
「回線を開け」
通信士の仕事は早かった。
ミロが言うや否や、スカーレットにも聞き覚えのある事が管制室に響いた。
「よぉクソ皇子。借りを返しに来たぜ」
「相変わらず口が悪いな、海賊。わざわざリープ通信で借りを返す機会が有ると教えてやったというのに」
ミロは微笑みそう言った。
間違いない、通信相手は宇宙海賊ローボ・ロッホの首領ディエゴ・アルフォンゾだ。
「ほぉ、皇子だってのは否定しないんだな」
「お前が自分で調べたのだろう? ならばそう信じるか否かもお前自信の判断だ」
「相変わらず言ってくれるぜ、クソ皇子!」
「それよりも海賊。この前よりも少し船が増えたようだが、またスクラップを拾ってきたのか?」
シュライデン家の装甲客船シラキュースが襲われた時には、駆逐艦一隻と数隻の宙雷艇しかなかった。
しかし今は四、五隻の艦が学園宇宙船を取り囲んでおり、中にはローボ・ロッホの印である狼の紋章がないものもある。
「ああ、二隻はうちの穀潰しだが、他にもお前のクソ顔を拝みたいという物好きがいてな。勝手に付いてきた」
要するにローボ・ロッホ以外の海賊船のようだ。
「追っ払うかい? クソ皇子」
「お前の好きにしろ、海賊」
間髪を入れずに答えたミロに、アルフォンゾは笑い声と共に答えた。
「はははは。分かった、じゃあ放っておくとしよう」
◆ ◆ ◆
「ディエゴ・アルフォンゾだと!!」
ギャレットは思わず指揮官席から腰を浮かせていた。
ミロとアルフォンゾの交信は暗号化されていない平文で行われていた。
当然、それはアソーレスでも傍受されており、その音声はすぐさま分析され声紋照合の末、海賊船からの声の主が判明した。
いや、その前からギャレット司令には分かっていた。
なにしろディエゴ・アルフォンゾはギャレット司令の部下だった事が有るのだ。
優秀な海軍士官だったが、一般市民出身者は貴族の後ろ盾がないと将官には昇進できない。
それに不満を抱いていたアルフォンゾは部下と共に帝国宇宙海軍を脱走してしまった。少なくともギャレットはそう理解していた。
「いかがいたしましょう?」
ホプキンスに尋ねられてギャレットは我に返る。指揮官席に座り直すと命じた。
「構わん、引き続き威嚇砲撃を続けろ。学園宇宙船には当てぬようにしろ。しかし側にいる海賊船は別だ。当てても構わん。気にするな。砲撃が当たる場所にいるのが悪い」
「了解しました。引き続き威嚇砲撃。海賊船は気にするな!」
振り返るホプキンスは命令を伝達した。
しかしこんな所でアルフォンゾと出くわすとはな……。
ギャレットは己の身の不運を呪った。
アルフォンゾの能力に目を付けた
それをことごとく握りつぶしたのが、誰有ろうギャレット本人なのだ。アルフォンゾ本人もそれにはうすうす気付いていただろう。
貴族以外が帝国宇宙海軍の提督になるなど許されない。当時のギャレットはそう考えていたのだ。
その私が今や特権派と呼ばれる富裕市民階級の飼い犬とはな……。ギャレットには自嘲する気力さえ無かった。
「海賊船、反撃してきます!!」
アソーレス以下の艦隊からの砲撃が、海賊船の一隻に直撃したようだ。
撃沈は免れたようだが、多少のダメージが受けたと見える。そしてそれを合図に海賊船は一斉にアソーレスと駆逐艦に向けて反撃を開始したのである。
「ええい、たじろぐ事は無い! 敵は駆逐艦と宙雷艇、寄せ集めの改造船だ! 火力ではこちらが圧倒的に上である!」
声を張り上げて命令するが、ギャレットは言葉ほどに気勢が上がらなかった。
海賊船からの反撃が駆逐艦を掠め、そしてアソーレスにも命中した。
幸い装甲を突き破るには至らなかったが、乗員の、そしてなによりギャレット自身の闘争心を削ぐには充分過ぎた。
そしてやにわに海賊船からの攻撃が止む。
「海賊船『ローボ・ロッホ』から通信要請です」
通信士の報告にギャレットは思わず歯がみした。通信に応えねばまた攻撃するという事か。
舐められたものだ。
しかし今はそれよりも先程、傍受した通信内容に付いて問い質したいという欲求の方が勝った。
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