09-08:「……あなたは何者だ」
巡洋艦アソーレスブリッヂの通信用ディスプレイに映ったのは、長身痩躯、黒髪に漆黒の瞳をした少年の姿だった。
これがミロ皇子なのか?
過去にも皇族と謁見した経験はある。しかしギャレットはその時以上に緊張していた。
過去の謁見は単なる行事。
言われた通り、決められた通りにしていれば良かったが、今回は違う。
何しろ相手が本物の皇子かどうかも分からない。そしてギャレットは形の上では敵対しているのだ。
座っていたシートから立ち上がった少年は、何も言うでもなくディスプレイの向こうからじっとギャレットを見つめている。
見据えるという雰囲気ではない。
口元には微かに笑みが浮かび、初めて見る動物を観察しているかにも思える。
個人認証システムがディスプレイの少年をスキャンするが、データ不足でミロ本人かどうかは判別できない。
なにしろミロ皇子の公式なデータは世に出ていない。
皇帝グレゴールの外見から逆算した結果では、少年が血縁者である可能性は40%弱と判定された。
微妙な数値だ。
だからといって偽物と決めつける事も出来ない。
そしてアルフォンゾが言ったように人が少年を皇子と認めれば皇子なのだ。
数秒、十数秒、そして数十秒の沈黙が続く。
その間にも学園宇宙船は移動を続けており、アソーレス以下の艦隊は追い詰められるようにじりじり後退していた。
向こうから口を開くつもりはない。
ギャレットはそう判断した。
それもそうだ。通信を求めたのはこちらなのだ。
しかし何と切り出す?
皇子と呼ぶべきか、それともあくまで停船を呼びかけるか。
分かってるだろうよ。
アルフォンゾの言葉が脳裏に響いた。
そうだ分かってる。
分かってるのだ、自分が尋ねたい事は。
ならば今はその衝動に身を委ねよう。ギャレットは決心した。
「……あなたは何者だ」
「私か」
静かな声だ。小さく首肯すると少年は続けた。
「貴官は分かっているはずだ。分かっていなければ、こうして私に確認しようとしないはずだ」
なんだこの禅問答は。
少年の返答にギャレットは混乱した。
完全に想定外の返答だ。
自らミロ皇子と名乗るか、あるいは逆に白を切り通すか。
そのどちらかと思っていたのだ。
「分からないから、確認しようとしたのだ!」
ギャレットは思わず声を荒らげて反論した。
「確認するという事は、貴官はすでに結論を出しているのだ。しかしそれが正しいのかどうか。まだ迷っている。だからこそ確認をするという行為に出たのだ。違うか?」
少年からの反論にまたギャレットは黙り込んでしまった。
普段ならば黙殺しても良いし、こちらからも屁理屈をこねて論破してやっても良い。だが今のギャレットにそんな余裕は無かった。
少年の言う通りギャレットは、彼が皇子であるかも知れないと考えて通信をしたのだ。アルフォンゾの言う事など頭から信用していなければ、こんな行動には出ない。
私はこの少年がミロ皇子だと思っているのか?
ギャレットは自問したが、すぐに答えは出てこない。
「そこまで分かっているならば、正体を明かしたらどうだ? 自ら正体を明かさないという事は、やはり偽物なのだな!?」
問い詰めたつもりのギャレットだが、少年から思わぬ反撃を受ける羽目になった。
「おかしな事を言う。私はまだ誰とも名乗っていない。誰でもない私が、何者の偽物というのか?」
微笑むそう言う少年にギャレットは何も言い返せなかった。そんなギャレットに少年は一層声を張り上げて言った。
「選択し、決断せよ。ジョン・ギャレット。貴官の望むまま、思うがままでいいのだ。貴官のなすべき事、進むべき道。それを選択して決断せよ。私は何も強制しない、強要しない。決断すべきは貴官だ」
それだけ言うと少年は一方的に通信を切ってしまった。
ホプキンス以下、ブリッヂクルーの視線が自分へと向けられているのを、ギャレットは感じ取っていた。
選択しなければならない。決断しなければならない。
ギャレットはメインディスプレイに映る学園宇宙船を見つめ懸命に考えを巡らせていた。
私が望むものはなんだ。求めるものはなんだ。その為に何をすればいいのか……。
「……司令」
一歩、歩み寄りホプキンスが声をかけてきた。
「分かっている、分かっている」
自分自身に言い聞かせるようにギャレットはそう繰り返した。
そうだ、分かっている。分かっているのだ。
あとは選択して、決断するだけなのだ。
「あの、司令……」
通信士が恐る恐る報告してきた。
「デルガド氏からリープ通信です。早く学園宇宙船を停船させ、人質になりそうな生徒、学生の身柄を確保せよとの事です」
その報告にギャレットは唇を噛んだ。
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