08-13:「それはまずいな。まずいぞ」

「……間に合った」


 そこにはミロがいた。


 開け放たれたドアは緊急避難用のもの。


 エアロックが閉じなくなった場合に備えて、通路とは反対側に開くようになっており、さらに厳重に気密されている為、開くまで向こう側の気配に気付かなかったのだ。


 ミロの目の前にはルーシアを抱えて拳銃を向けたギルの姿があった。


「いたのか?」


 ミロに続いてスカーレットも通路に出てきた。そしてギルの姿を認めるなり、スカーレットも無言で拳銃を抜いた。


「さて、兄上」


 ミロはギルに歩み寄った。


「迎えに来ました。我が妹と共に安全な場所へ避難しましょう」


 すぐには従わないと分かっていながらミロはそう言った。そんなミロにギルは銃口を向けたままだ。


「お前に助けられるわけにはいかない。ミロ・ベンディット」


 ギルはそう言った。


「俺は俺自身の力でこの事態を解決しなければならない。もともと俺の言動が原因で起きた事件だ。その上、貴様に助けられては俺は皇位継承争いから確実に脱落する」


 そんなギルにミロは冷笑を返した。


「なるほど、ご自分が原因というのは理解されているようですね」


 そして一歩また一歩とギルに歩み寄る。銃は持っているが出す気配はない。それが余計にギルを混乱させた。


「近寄るな、ミロ!!」


 しかしミロは応じる気配はない。


「ミロ、気をつけろ。奴は何をするか分からないぞ」


 スカーレットはギルへ銃口を向けたままでミロに注意を促した。


「分かっている」


 そしてミロはギルのすぐ目の前で足を止めた。


「正体と言わないまでも、俺が何者かは察しているのだろう。ギル・ベンディット」


 偽物だという事か。そこまで言わずともギルは理解した。


「だからなんだ。お前が何者であっても同じだ。周囲の人間はお前をミロ・ベンディットとして見ている。その女も、学園長も、自治会長も、学園の連中も!! そして俺もだ! 血統などどうでもいい。逆に俺は皇子なのに一族からも軽んじられている。その気持ちが分かるか!!」


 これは厄介だ。


 表情に出さぬよう、ミロは懸命に考えを巡らせていた。


 何とかギルを説得してルーシアを取り戻す。テロリストを放逐した功績などギルに与えても良い。


 それを見返りに出来ないかと考えていたのだが、迂闊にそう提案したら逆にギルのプライドを傷つけそうだ。


 まったく皇族とは厄介だ。


 苦々しく思う。


 どうギルを説得すればいいのだ。


 銃を奪い取ろうとしても、ルーシアがいては危険だ。ここへ入る直前、テロリストの動きを確認したが、すぐ側まで来ている。ルーシアを奪還しても、テロリストに見つかってしまえば元も子もない。


 迅速に事を進めなければならない。しかしどうやって?


「俺はルーシアを連れて一旦、ウィルハム宇宙港へ戻る。そこで旧王朝派と取引するつもりだ。そしてベンディット、シュトラウス両皇家の血統を継いだ連合王朝を築く」


 ギルのその言葉にミロは慌てた。


 しまった、こいつ……。学園宇宙船がリープストリームに突入する事を知らないのか?


 その狼狽がミロの表情に出た。そしてさらに背後のドアから爆発音が響いた。銃口を向けていたスカーレットもそちらに気を取られたようだ。


 ギルはその隙を見逃さなかった。最後の切り札を使った。


 まだ失神したままのルーシアをミロの方へ突き飛ばしたのだ。ギルの思惑通り、ミロは反射的にルーシアを受け止めようとした。


 そんなミロにギルは銃口を向けたままだ。


 しまった!


 拳銃を抜こうにもこの体勢からでは後れを取るのは必至。下手に避けたらルーシアに命中しかねない。


 狼狽するミロを楽しむかのようにギルは一つ呼吸を整えてから引き金を引いた。


 死ぬのか、俺は。


 ここで。本当のミロとの約束も、故郷の皆、仲間たちとの約束も守れずに!


 ここで死ぬのか!


 そして銃声が響いた。


 銃声の中でミロはルーシアの身体を受け止めた。そしてルーシアの感触を腕に感じたミロは、自分が生きてる事を、怪我もしていない事を知った。


 ギルが放った銃弾は天井に命中している。


 引き金を引く直前、利き腕に銃弾を受けたのだ。そしてその銃弾を放ったのはスカーレットだ。


 背後の爆発音に気を取られたのは事実だが、目と銃口はギルから離さなかったのだ。


「くそ!」


 ギルは二の腕を押さえて罵った。


「無事か、ミロ!」


 スカーレットはギルに銃口を向けたままで尋ねた。


「ああ、ルーシアは無事だ」


「え、ああ。それは良かった。それでお前はどうなんだ」


「あ、そうか。いや何でも無い」


 気遣う二人に隙を見たギルは背後にあるドアまで一気に駆け寄った。


 そして緊急オープンスイッチを押す。これならほぼ瞬時にドアが開くはずだ。


「待て、ギル! 学園宇宙船は……」


 ミロが言い終える前にギルはエアロックを閉じてしまった。


「まずいぞ、学園宇宙船はもうリープストリームに突入しているはずだ」


 そんなミロにスカーレットは言った。


「私はギルを殺すつもりだった」


 訝しげな視線を向けるミロにスカーレットは続けた。


「頭を狙ったんだ。だが外れた。だから放っておけ。生かしておく価値も無い。存外、お前も甘いぞ。ミロ」


「いや、学園長を忘れてるぞ。スカーレット。先に避難船デッキに入っている可能性がある」


「……あ、そうか。それはまずいな。まずいぞ」


 ミロにそう言われてようやくスカーレットは学園長の事を思い出したようだ。しかしエアロックに駆け寄る前に背後のドアからまた爆発音が響いてきた。


「ここは駄目だ。テロリストがルーシアを見つけたら、ターゲットをこちらに変更するはずだ。避難船デッキには管制室から連絡を取って貰おう」


「分かった」


 スカーレットはミロにそう答えると、失神したルーシアと共に緊急避難用のドアへ逃げ込んだ。


 間一髪、ドアが閉まると同時にテロリストたちが突入してきた。

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