08-12:「俺が生まれてきた意味がねえだろう!」
「
管制室のメインディスプレイには、学園宇宙船の目前に迫った揺らぐ水面のような空間を映し出していた。
それがリープ
リープストリームは通常空間と物理法則が異なる。リープストリームに乗れば光速を遙かに超える速度で恒星間を移動可能だ。
しかしどこへでもいうわけにはいかない。
リープストリームは河川や海流のように銀河系空間を縦横無尽に『流れて』おり、うまく目的地へ向かう流れに乗らなければならない。
支流のように途中から枝分かれしている事もあり、分岐点を間違えるととんでもない場所へ漂着してしまう。
リープ閘門以外からリープストリームには突入できないが、
途中で
しかし周囲にリープ閘門がない場所でリープストリームから出てしまうと、二度と突入する事が出来ない。即ち超光速飛行が出来ないのだ。最悪、宇宙の迷子になってしまう可能性がある。
水面に映る星空のようなリープ閘門が迫ってきた事で、ピネラ中尉は決断せざる得なくなった。
「
「しかし警備隊長、それではテロリストの目的通りに誘導されてしまいます」
「やむを得ん」
部下の言葉にピネラ中尉は唇を噛んだ。
◆ ◆ ◆
「カートはここから先には入れません」
スミスはドアの前でカートを停めると、背後を振り返ると折りたたみ式の電子双眼鏡で確認した。
一見すると大昔の双眼鏡と大差ないが、中には赤外線や動体、音響等各種センサーが仕込まれている。
この通路は中央区画の地下を走っている。貨物の搬入や各種施設の維持管理用だが、それほど頻繁に使われるものでは無い。
「テロリスト共が追ってきています。奴らもカートを手に入れたようですね」
そう言うとスミスは持ってきたライフルを構えた。
「皇子、私はここでテロリストを押さえます。避難船で脱出してください」
「分かった。後は頼んだぞ」
ギルはそう言うと失神したままのルーシアを抱えてカートを降りる。14歳の少女にしては軽い方とはいえ、ルーシアを抱えたままで走るのはそれなりの労力が必要だ。
「おい、学園長先生よ。あんたが先に行って避難船の準備をしておけ。学園長権限なら起動もエアロック解除も出来るだろう?」
「そ、そりゃあ出来ますが、一体どうして? 外へ出るよりどこかに隠れて助けを待った方が……」
「少しは考えろ、貴様、それでも学園長か!」
一つ怒鳴りつけてから改めてギルは説明した。
「こいつを餌に取引をする。テロリストのクライアントはこのルーシアを手に入れたいんだ。死なせるわけにはいかないだろう」
そしてミロも必死になってルーシアを奪還しようとするはずだ。しかしギルはそこまで説明しなかった。ミロが学園宇宙船の指揮を執っているなど想像もしない学園長は、ギルの説明にまだ釈然としない顔だ。
「はあ、それもそうですが……」
「いいからさっさと行け!」
「は、はい!」
さらにどやしつけられて、学園長は背後のドアをくぐり、避難船デッキへ向かった。
見殺しにされるのならばまだましだ。
ギルはそう考える。最悪なのはミロに助けられる事。それでは皇位継承争いでミロの下に置かれるのを甘んじて受け入れるのと同じだ。
皇位継承権こそミロよりも上位だが、それはただ単に産まれた順番を示すだけだと皇帝自身が言ってる。
次の皇位は実力で奪い取った者に与える。そうも言っている。
ただでさえ不利な状況に置かれている。母や叔父も自分には期待していないと分かる。
ここでミロに後れを取ったら……!
「俺が生まれてきた意味がねえだろう!」
ギルは自分を叱責すると、ルーシアを抱えたままドアを開けた。
その背後ではスミスが応戦を始めていた。ドアが閉まると銃声は聞えなくなり。避難の際にしか使わない通路だ。
飾り気は全くなく、途中に与圧服やサバイバルキットが用意された荷物室や緊急避難用ドアがあるが、それ以外はエアロックまで一直線に通じていた。
学園長が通ったばかりなのか、ちょうど内側のエアロックが閉じたところだった。エアロックから上に出れば、そこにギルが予め注文しておいた避難船があるはずだ。
まずウィルハム宇宙港へ帰還する。
ロンバルディ家にルーシアを確保したと連絡して、身の安全を保証できる戦力を送って貰う。
そして旧王朝派と交渉だ。
ルーシアと結婚すれば前皇帝と現皇帝の血統を一本化できる。そうすれば万事丸く収まると主張すれば、賛同する貴族、経済人もいるだろう。
そうだ、これでいい。
俺の計画に間違いは無いはずだ。ミロやテロリストの出現で、多少の変更は余儀なくされたものの、結果的に成功すればいいのだ。
あと少し、あと少し……。
ギルはルーシアを抱えたままエアロックへ向かう。
手を伸ばせばエアロックに届きそうになった時、ギルの背後で突然、音が響いた。スミスが突破され、通路のドアが開いたにしては距離が近い。
ギルはルーシアを抱えたまま、拳銃を抜き振り返った。
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