08-11:「ああ、まずい」

『ハイドランジアリーダー、こちらフロッグアリーダーだ。聞えるか』


「こちらハイドランジアリーダーだ。フロッグリーダー、何とか聞こえる」


 ギルの寮まで迫りながら、肝心の本人に逃げられたフロッグチームからハイドランジアチームに連絡があった。


『ハイドランジアリーダー。どうだ、姫殿下は確保できたか? こちらはギルに逃げられて追跡中だ』


 ようやく繋がった通信に安堵しながらフロッグリーダーはそう答えた。


「安心しろ、ギルならばこちらへ来た。どうやら姫殿下を拉致しようと考えたようだ」


 ノーブルコース区画のゲートを突破したハイドランジアチームは、ルーシアの寮まで到着していた。


 ハイドランジアリーダーは周囲を警戒しながら、ルーシアの寮の中へ入るところだ。


『それで姫殿下は無事か?』


「寮の庭に戦闘の痕跡が残っている。また血痕が寮の中まで続いている。現在、内部を確認中だ。誰かが負傷して妃殿下の寮内まで逃げ込んだようだ」


 ハイドランジアリーダーがそう答えた時だ。寮の中から仲間が声を掛けてきた。


「寮内に姫殿下の姿はありません。別の女子生徒の死体が一つ確認出来ました。死因は太ももの刺し傷からの出血で、どうやら血痕はその死体のもののようです」


「そうか」


 フロッグリーダーは肯くと通信機に答えた。


「どうやら姫殿下はギルに拉致された後のようだ。行き先は今のところ分からないが、どこかに立てこもるつもりかも知れない」


『学園宇宙船の内部構造ならば、そちらにもデータは転送してある。そちらの方が近いだろう。どこか心当たりはないか?』


「そうだな……」


 ハイドランジアリーダーは携帯端末に学園宇宙船の構造図を表示させた。


 管制室でフロッグチームが作業中、密かにコピーしたものだ。それを転送してもらっていた。


 最重要機密部分は、秘匿されているが、他の情報と擦り合わせれば、そこに何がありどこと繋がっているかは大凡の想像は付く。


「ノーブルコースのゲートは一つだけ。学園の警備兵から反撃されたという報告はない。ノーブルコース内の別施設に立てこもった可能性も有るが、移動に使っていたカートがないから、また別の所へ移ったのだろう。もっとも可能性が高いのは……。VIP用の避難船ゲートだ」


『なるほど、避難船デッキならば頑丈だ。しかしそれはそれでまずいな』


「ああ、まずい」


 時刻を確認してからハイドランジアリーダーは答えた。


『避難船デッキに立てこもるだけならばともかく、リープストリームに突入した状態で学園宇宙船から発進すると大変な事になる。ギルはともかく姫殿下だけは、その前に奪還しないといけない』


「分かった。目標は同じになったわけだから、フロッグチームと合流したい。合流地点を送信してくれ」


『了解した。……送信した、我々もすぐに向かう』


 ハイドランジアリーダーは、部下に向かって言った。


「聞いての通りだ。ギルは姫殿下を拉致して逃走中である。これよりハイドランジアチームと合流してギルを追跡、殺害。姫殿下を奪還する。以上だ」


「あの、ハイドランジアリーダー。一つ訂正です」


 寮の中を捜索していた部下がそう言ってきた。


「なんだ?」


「先程、女子生徒の死体が一つあったと報告しましたが、再確認したところまだ息はあります。生存してます。もっとも意識不明で虫の息ですから、それほど長くはないでしょうけど。ええと、どうしましょうか」


 ハイドランジアリーダーは何か言いかけて止め、そして少し考え込んだ。


「いや、そのままでいい。但し学園宇宙船の医療班が来た時、すぐに分かるような場所に移動させてやれ」


「イエスサー」


 首を傾げながらも部下は命令に従った。


 ハイドランジアリーダーは少女がルーシアの友人である可能性に思い至ったのである。


 ルーシアを奪還できた場合、見捨てたと分かっては心証を悪くする。だからと言って連れて行ったり治療を行う余裕もない。最低限の事はしておき、後は運に任せておくのが良いと判断したのだ。


「良し、移動だ」


 死体と勘違いしても無理からぬほど血色を失ったポーラ・シモンを、寮のドアのすぐ側に移動させたのを確認してハイドランジアリーダーはそう命じた。

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