08-10:「まったく、お前という男は……!」
カスガの渡してくれた船内データで、ノーブルコースへ直接向かう事になったミロとスカーレットだが、またもや普段は使用していない整備用通路を徒歩で移動する羽目になっていた。
「どうした、ポーラ。よく聞えない」
スカーレットは中央区画の地下にある薄暗い整備用通路を走りながら、通信機にそう呼びかけた。
今しがたポーラから連絡があったのだが、声がかすれがちで何を言ってるのかよく分からないのだ。
「申し訳ありません。ルーシアさまを攫われてしまいました」
「相手はギルか?」
スカーレットは足を止めて叫ぶ。その名に先を走っていたミロも戻ってきた。
「はい……。抵抗したのですが、残念ながら力及ばずに……」
「分かった、それでギルはどうした?」
近くに来たミロも通信機のやり取りに耳を
「スタンガンで気絶させたルーシアさまを連れて、どこかへ……。確かVIP用の避難船デッキとか……」
懸命にかすれる声を振り絞ってポーラはそう言った。いても立ってもいられず横からミロが口を挟んだ。
「分かった。ポーラ・シモン。怪我をしているのだろう、それ以上喋るな」
「大丈夫、私は大丈夫です。それよりもルーシアさまを。学園長も一緒に……」
「ルーシアは俺が助ける。お前は休んでいろ、ポーラ。スカーレット、通信を切れ。無理をさせるな」
「分かった」
スカーレットはミロに言われるまま通信機を切った。代わってミロが自分の通信端末を取り出した。管制室に連絡を取ってみると、幸いすぐに繋がった。
「ピネラ中尉か、私だ。ミロ・ベンディットだ。ノーブルコースにある私の妹の寮がテロリストに襲われて被害が出たらしい。医療チームを向かわせてくれ。妹はギル殿下が確保。どうやらノーブルコース内を通って一緒にVIP用避難船デッキに向かったらしい」
ピネラ中尉を混乱させぬ為、敢えて拉致や誘拐という言葉は使わない。
「こちらにも情報が入ってきています。すぐに医療班を向かわせます。ミロ皇子、実は他にも想定外の事態が起きています。避難船デッキにギル皇子専用の船がありますが、そこへ向かったとなると、まずい事になるかも知れません」
「どういう事だ?」
尋ねるミロにピネラ中尉は困惑した様子で答えた。
「再び自動操船プログラムが乗っ取られました。現在、学園宇宙船はリープ閘門に接近中です。
「そうか。リープストリームに突入中に、避難船が離船してまう可能性があるという事か。それはまずいな」
さすがのミロも焦りを隠せない。リープストリームに突入、超光速飛行出来るのは
「分かった。こちらにはカスガ会長から受け取った非公式の通路図がある。それを使って先回りして、何とかギル皇子に合流して状況を説明してみる」
「お願いします……」
そう答えたものの、ピネラ中尉はその疑問を口にする誘惑には抗えなかった。
「しかしミロ皇子、一つ疑問なのですが。なぜギル皇子はノーブルコースを通りVIP用避難船デッキへ向かったのか。そして避難船デッキへ向かった以上、船外へ脱出するおつりもなのでしょうが、なぜそうする必要があったのでしょうか?」
ミロにはおおよその見当が付く。ルーシアを人質にしてテロリストやそのクライアントと交渉するつもりなのだ。
それには一旦、船外へ出た方がやりやすい。テロリストも小型船にルーシアと一緒に乗っていると分かれば攻撃は出来まい。
だがミロはピネラ中尉にルーシアの件を明かすのをまだ躊躇っていた。
「宇宙港へ逃げ込むつもりかも知れないな。あちらでもテロはあったが、宇宙港でこれ以上の戦闘になるのは、向こうも避けたいだろう」
「なるほど、そうかも知れませんな」
ピネラ中尉もミロがまだ何か隠しているのは察したが、今はこれ以上追求しても意味は無いと悟ったようだ。すぐに引き下がった。
「医療班はすでに向かっております。こちらも自動操船プログラムの回復と、
「頼んだ」
そう答えるとミロは通信を切った。
そして携帯端末の映像をカスガから受け取った非公開通路のマップに切り替えた。VIP用避難船デッキ周辺に向かう通路がないかと探してみるが、さすがに重要な区画の中でも最重要とされている場所だ。
肝心な部分のデータは入手できなかった見えて空白のままだ。
「どうするミロ?」
尋ねるスカーレットにミロはしばし黙考してからマップ表示を指でなぞった。
「全体的な構造から察するに、少し先から分岐しているこの通路は、VIP用避難船デッキの少し手前まで繋がっている可能性が高い。そこに作業用カートが放置されている。それに乗って直行すればギルに先回りできるかも知れない。ルーシアと学園長が一緒にいるのならば、ギルもそれほど急げないだろうからな」
「なるほどな……」
気乗りしない調子で相づちを打ち、スカーレットはミロが指示した通路の方へ頭を巡らせた。
今でも埃だらけで所々に建材の破片やゴミが落ちている。消えていた照明を点灯しても足下がようやく見えるほどでしかない。
確かに放置された作業用カートが有るが、ここをまた移動するのは有り難いとは言えない。
だがわがままも言っていられない状況なのである。
「分かった、急ごう」
「済まないな」
ミロからやにわにそう言われて、スカーレットは虚を突かれてしまった。
「い、いや別に、私は建前ではあるが、お前の婚約者という名義上で……」
「どうした、置いて行くぞ」
しどろもどろになるスカーレットに構わず、先に行ってしまったミロは振り返ってそう声を掛けた。
我に返ったスカーレットはいささか面白くない顔でその後を追った。
「まったく、お前という男は……! 分かった、すぐに行く!!」
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